今日は、お台場に来ていた。
まあ、いわゆるデートってやつ。
昼前に着いて、一通り遊んで、もう日の落ちた午後8時。
帰る前に一応海でも見とく?と、俺達が来たのはビルから出てすぐにある整備された砂浜だ。
階段を下り、足を下ろすと白い砂がしゃりっと鳴った。
視線の先に広がるのは暗く蠢く東京湾。
人工的な狭い砂浜には、まるで全員でルールを決めたかのように、一定の間隔をおいてカップル達が落ちている。

「こういうとこ、日本人って感じだよねぇ」
「しゃけ」

そう言いながら、誰かがいなくなったばかりとおぼしきひとつ飛ばしの空白に座った。うん。なんだか癪だけど、やはり自分達も日本人だ。

「今日は楽しかったねぇ〜、久々に東京来た」
「高菜」
「だってあそこ東京って言える?言えないでしょ周り何にもないもん」

そう笑いながら名前さんは黒い海を眺める。
彼女の言う『あそこ』とは、当然、普段自分達が過ごす高専のある一帯を指している。
名前さんは俺の一つ上、呪術高専の三年生だ。恋人同士になってからは、おおよそ半年ってところ。

付き合い始めたことを知られた時はパンダ達にだいぶ茶化された。告白はどんな流れだったのか。初デートはどこに行くつもりか。むしろもう行ったのか。勿論俺は喋らない。結果……まあ当初から想定されたことではあったが、名前さんが詮索の標的になってしまったのは申し訳ないなと思っている。

『交換日記でもしたらどうだ?』

…まったく、余計なお世話だな。
そう思う反面、真希の言葉の意図するところは自分でもよくわかっていた。

俺は愛の言葉を吐かない。
吐かない、というより、吐けない。厳密に言えば、吐きたくない、が正しいか。
好きだ。大切だ。愛してる。
通常の恋人同士だったら伝えるであろう相手への好意を、声にして伝えない。

俺は、狗巻家の末裔だ。

呪言師として生きていくしかない俺の身の上は彼女も当然承知している。
だから、これは仕方がない。それでも付き合うことを決めたのは名前さんだ。例えここに不満があってもそれは俺を選んだ彼女の責任。俺にはどうしようもない。
と、言い捨てて自分を正当化できないのが、自分の弱いところだというのは知っている。

好きだ。
きっとこの言葉自体に強制力はないだろう。呪いになることはない。でも、不用意に言葉を発するということは、言葉へのハードルを無意識に下げる。いつどこで何をきっかけに呪いを放つかわからない。俺はその方が怖い。仲間や大切な人を傷つけるのはもう懲り懲りだ。

……もっと、俺が強ければいいのに。

隣に座る彼女の左手に自分の右手を重ねると、彼女は嬉しげに笑って、指を絡めた。
そのまま彼女は楽しそうに今日の出来事を振り返る。
お昼に食べたパスタ美味しかったね。しゃけ。観た映画はなかなか面白かったけど、あの場面はちょっと展開が早すぎたと思うなあ。おかか。ええ!?棘くん的にはあれが正解!?ええ!?うそ!まじで!?

コロコロ変わる彼女の表情。
いつまでもこのまま変わらずに隣にいてくれたらいいのにと思う。
ああ、声にならないこの想いは彼女に伝わっているのだろうか。

「……………ツナマヨ」
「…ふふ、私も幸せ」

軽く指先に力を込めれば、同じく反応が返ってくる。
伝わっているようにも思う。けど、俺の言った単語と彼女の受け取るその意味が、イコールかどうかなんて俺にはわからない。
本当に、好きなんだ。
叫び出したくなる時がある。
頼む、伝わってくれ!
けど、きっと俺がそう言うと、彼女は当たり前みたいに『知ってるよ』と笑って、俺を肯定するんだ。

絡めていた指を解き、薄く砂浜をなぞる。
彼女が横から覗き込んだ。

『すき』

衝動的な行動だった。
どうしようもなくそう思ったから。
でも、出来上がった文字列を見て気づく。
…たった今、俺は凄まじくクサいことをしたかもしれない。

慌てて手のひらでそれを消す。
舞った砂が服を汚した。
ちらりと名前さんを窺うと、少し驚いた表情で彼女は俺のことを見ていた。
そして、とんでもなく嬉しそうな屈託のない笑顔にそれを変える。


「うん、知ってるよ」


やっぱり彼女はそう言った。


その二文字に愛を込めて