『あの、御堂筋君?』
「キミ、ボクから逃げるなんてええ度胸しとるわ」


お昼休みの真っ最中、購買に向かう途中で正面から御堂筋君が歩いてくるのが見えた。気付かれないようにさっと進路変更をしたのだけど時既に遅し。目敏く見付けられてしまったらしく私は追いかけてくる御堂筋君に捕まった。
人気の無い方に逃げたおかげで廊下はシンと静まりかえっている。遠くから昼休み特有の喧騒が小さく聞こえるだけで、後は私と御堂筋君の二人だけだった。廊下の壁を背にして正面には御堂筋君がいて、彼は私を逃がさないとでも言うかのように壁に手を付いている。
所謂壁ドンと言うやつだろうか?けれど初めての壁ドンがこんなに怖いものになるだなんて思ってもみなかった。
恐る恐る顔を上げると不機嫌そうな御堂筋君の真っ黒な瞳が此方をぎょろりと見下ろしている。居心地が悪くなって再び俯くこととなった。


「キミなんやの」
『え』
「ついこないだまであないしつこく付きまとってきとったやろ。それが最近は顔を見れば逃げるておかしいで」
『えぇと』


どう話したらいいんだろう?どう話したら解放してもらえるのだろう?考えてもさっぱり分からなかった。私だってまさかこんなことになるだなんて想像していなかったのだから。


御堂筋君との出逢いは高校一年の春のに同じクラスになったのがきっかけだった。最初はただ物静かなクラスメイトだとしか認識していなかった。
それが変わったのは友達に付き添って自転車競技部のレースの応援に行ってからだ。委員会が同じで仲良くなった石垣先輩の応援に行きたいと友達が言うのでそれに同行したのだ。そこでレース中の御堂筋君を見付けて一気に興味が湧いた。自転車に乗る御堂筋君は教室にいる時とはまるで別人で、本当に同一人物なのかと疑ってしまうくらいだった。
それから御堂筋君と話すようになったのだ。最初はかなり嫌がられたことを覚えている。それでもしつこく自転車競技のことを問うと暇な時は教えてくれるようになった。そうやって少しずつ少しずつ御堂筋君と話す回数が増えていく。
最初は単に珍しい動物を近くで観察してみたい、そんな軽い気持ちだったと思う。御堂筋君の反応はどれも辛辣で、けれどそれが私には新鮮で、話せば話すほどもっと色んな反応を見たくなった。ただそれだけだった。


季節が過ぎて二年になり違うクラスになってもそれは変わらなかった。暇があれば隣のクラスの御堂筋君のところへと顔を出す。教科書を借りてみたり、世間話をしにいって嫌がられたり、それがただ楽しかった。
この関係が壊れたのは卒業した石垣先輩と付き合い始めた友達の一言だった。


「は?あんたらまだ付き合うてへんの?」
『は?』
「その反応はなんやの」
『付き合うって誰と』
「御堂筋しかおらへんやろ」
『えぇ!?いやないない!』
「何アホなこと言うてんの、あんたの行動見とったら御堂筋のこと好きだとしか思えへんやろ」
『えぇ!?』
「アホらし。この年になって無自覚とか」


この話をしてる時は自分じゃなくて友達がアホなことを言ってるとしか思えなかった。だから頭ごなしに否定出来たのだけど、後からじわじわとこの会話が私を悩ませることになった。
御堂筋君のところに遊びにいってもこの時の内容が気にかかって会話に集中出来ない。何故か変に御堂筋君を意識してしまう。結果的にどぎまぎして御堂筋君のところへと遊びにいくのを止めた。
そうしたらこの変なもやもやも落ち着くと思ったのに今度は逆に教室外で御堂筋君のことが目につくようになった。遊びにいってた頃はそんなこと全くなかったのに、だ。
それが原因なのか結局また変に意識してしまうことになり、御堂筋君を見付けるたびに進路変更したり目を反らしたりして避けるようになった。そんなことを続けた結果、こんなことになっている。


「はよしい」
『えっ』
「キミがおかしくなった原因や、はよ説明しい」
『そうは言われてもですね』
「ボクは忙しいんやで」
『えぇとそれならば私に構わずにですね』


刺々しい言葉が頭上から落ちてくる。どうやら機嫌がかなり悪いみたいだ。別に御堂筋君の機嫌が悪いのはいつものことなのだけど、原因が私らしいのでいたたまれない。


「キミがさっさと理由を言ってくれたら済む話やろ」
『えぇ』
「キミは神経図太いから今更ボクの言葉に傷付くとは思えんのや」
『まぁ、それは確かに』
「せやったら何があったん?」


御堂筋君は私がおかしくなった理由を話すまでここを動くつもりは無いらしい。微動だにせず淡々と言葉を続ける。理由を伝えたら諦めてくれるのだろうか?それなら私がお昼ご飯を食いっぱぐれることも無いだろうか?さっきからポケットの中のスマホがブーブーとうるさく喚いている。購買にジュースを買いにいったまま戻らない私を友達が心配しているのかもしれない。そっとそれに手を伸ばそうとしたところで御堂筋君の空いてる手に阻止されることになった。


「まだ話は終わってへんよ」
『御堂筋君お昼食べないの?』
「キミがさっさと喋ったら食べれるわ」
『うう』
「ボクに言えんこと?」
『別にそういうわけではないんだけど』
「ほなさっさと喋り」


私の右側は御堂筋君の左手が壁ドンしているし、左手首はがっしりと掴まれて身動きが取れない。
こうなったら促されるままに喋ってしまおう。御堂筋君はきっと私が何を言っても諦めないだろうし。すうっと大きく息を吸って友達に言われたあの会話のことを洗いざらい御堂筋君に話してしまうことにした。


『あの、御堂筋君?聞いてる?』


半ばヤケクソになりながら友達との会話と御堂筋君に会いにいかなくなった理由を伝えたと言うのに返答が無い。困惑して顔を上げれば御堂筋君は固まっていた。さっきまでの刺々しさも見た感じなくなっている。電源でも切れたのだろうか?


『充電切れた?』
「誰がロボットや」
『あ、オンになった』
「キミ、ほんま頭弱いな」
『一年の時は御堂筋君に勉強までお世話になったもんね』
「半ばムリヤリやったけども」
『御堂筋君がなんだかんだ教えてくれたからだよ』
「さいですか、もうすぐテストやけど今年は大丈夫そうで良かったわ」
『あ!』
「理由も聞けたからボクそろそろ行くで」
『待って!勉強!テスト勉強!』
「なんやキミまだ勉強出来へんの?」
『…うん』
「せやったらボクに聞きに来るしかないなァ」
『いいの?』
「嫌って言うても来るやろ」
『じゃあいくね!』
「…はよ教室戻り」


話してしまえば悩みがすっきりしたのか意外と普通に話すことが出来た。前みたいに楽しく会話が出来てるから一安心だ。左手が解放されて、帰り道を遮断していた壁ドンがなくなり、御堂筋君が促すようにしっしと手を振るので言われるがまま教室に戻ることにする。久しぶりに御堂筋君とちゃんと話せてかなり楽しかった。


「あんたらほんまアホや」
『勉強また教えてくれるって!』
「付き合いきれんなぁ」
『これ以上変なこと言わないでよ』
「はいはい、もう言わへんよ。先輩に任すわ」
『石垣先輩?』
「なんやかんや御堂筋と仲良うやっとるみたいやで。よう連絡無視される言うとったけど」
『じゃあ今度三人で御堂筋君の応援に行こうね』
「あんたら鈍い同士ほんまお似合いやわ」


教室に戻って遅れた理由を説明するも友達は呆れた顔をするだけだった。


(御堂筋、お前がちゃんとせんとあの子は多分あかんで)
(久しぶり会って最初に言うことがそれとか色ボケしとるなァ石垣クゥン)
(頭のええお前のことやから分かっとるか。せや!差し入れ持ってきたから運ぶの手伝ってや御堂筋)
(キモ、その自分分かってますみたいなんキモいでェ)
(オレはお前の先輩やからな、当たり前や)
(……キモォ)


きらきらめぶく