純太は自転車が大好きだ。

毎日が部活漬け。部活じゃない時も自転車のことばかり考えている。でも私はそんな彼が好きだ。自転車を好きな彼が。
純太は今時の男子高校生だ。口が回るし冗談もよく言う。人を喜ばせるのが好きでノリも軽い。でも、熱くて、愚直で、努力家で、自転車に賭ける想いは半端なものじゃない。私はそんな彼が好きだ。

「青八木がその時にさ」

そんな純太の口から幾度となく出てくる名前。
今もそう。目の前の純太はまた彼の話をしている。部活の話、自転車の話の半分くらいには彼の名前が出てくるんじゃないだろうか。部活じゃない話でもよく出てくる。

自転車に関する昔話は純太の口から何度か聞いたことがあった。中学生の頃の話。才能のなさを実感して、もう自転車を辞めようと思っていたこと。高校に入って青八木くんと出会ったこと。それで自転車を辞めるのを思いとどまったこと。二人ともなかなか成績が伸びなくて悩んでいたこと。二人で協力して努力してきたこと。去年は一年生に負けてインターハイに出られなかったこと。そこからも二人で死に物狂いで練習してきたこと。
純太は今、自転車競技部のキャプテンを務めている。その重責はなかなかなものでしんどい時も多そうだ。でも、「皆に支えられてんだオレは」って純太は言っていた。中でもやっぱり青八木くんの存在は大きいみたい。

相方ともいえる青八木くんはとても無口だ。
あれだけ喋らないのに、純太は彼のことをとても理解している。見るたびにすごい信頼関係だなと私は感心する。

でもさ。

ああ、ついに逆説の接続詞を使ってしまった。
「しかし」「けれど」「にもかかわらず」
逆説の接続詞の後に作者の本音が表現してあります、なんていつかの国語の授業で習ったな。

そう、ここからが私の本音。

青八木くん、純太と仲良すぎではないですか?
仲が良すぎて嫉妬してしまうんですが?
というか純太に甘えすぎではないですか?
喋らない性格なのは知ってるけれど、ちょっと純太の横にいると更に酷いんじゃないですか?

「(コクッ)」
「!」

いやいやそれ全然伝わらないから。
伝える気あるのそれ。
って思うけど純太がわかっちゃってるのがまた憎らしい。
ねえ青八木くんホントはちゃんと喋れるでしょ?
見たよ、前に、後輩らしきオレンジの頭した男の子とたくさん喋っているのを。
私は驚愕したよね、青八木くんってあんなに喋ることあるんだ!?ていうか喋れるじゃんちゃんと!って!
ちょっと純太のエスパーのような推測能力に頼りきっていませんか?
あれですか、黙ってれば純太に構ってもらえるとでも思っているんですか?
だとしたらずるくないですか?
私だってもっと純太に構ってもらいたい。
私も黙っていればいいのかな青八木くんのように。
いやでも私は黙り続けるなんて多分できないけど。
そして「何やってんの名前どうかした?」なんて純太には私の気持ちわかってもらえない気がするけど。
なんなのずるい。ずるいよずるい。
一緒にいる時間も長いしさ。
いいよね青八木くん。いいよね。
ああもういっそ青八木くんになっちゃいたい。

そうです。
青八木くんが羨ましいんです。嫉妬しちゃう。

「そんで青八木がさぁ」

畳みかけるような純太のセリフ。
もうわかってるの君達がとても仲が良いことは!
もうよく知ってる!わかってる!

「で、青八木が言ったんだよ、」

ねえ純太!青八木くんの話はもういいよ!

「青八木ったらさあ」

青八木くんが何を考えてるかなんてわかんなくっていいから、私の考えてることわかってよ!

「ぷはっ」

突然、目の前の純太が吹き出した。

「わりぃ、苛めすぎたな」

純太は笑ったせいで出てきた涙を指先で拭う仕草をした。
何よ、何笑ってんの。
私の気持ちを汲み取ったかのように、彼は私の顔を覗き込んだ。

「いやあ、名前、青八木の名前出すとどんどん顔険しくなってくからさ、ごめん、最後どうなんのかなって思っちゃって」

……何それ!!

「性格悪い!」
「自覚してるよ」

まだ面白そうに笑ってる。
私は顔が熱くなるのがわかった。
バレてた上にからかわれてたとか!
ひどいんじゃない!?

「嫉妬すんなって」
「するよそりゃあ」
「青八木は男だろ」
「関係ないよ、私、青八木くんになりたいとすら思った」
「ちょっ、待ってくれよ」

純太は笑いながら、おどけたような表情をする。

「さすがにオレ困るわ、そんなことになったら」

そして、少し企んだような悪い顔。

「名前にしか出来ないこと、色々したいんだからさ」

そうやって意味深なことを言って私を見つめてくるんだから純太は卑怯だ。
もうずるいずるいずるい。
さっきは青八木くんにずるいと思って、今度は純太にずるいと思う。
私ばっかり好きでやきもきしてこんな風になって。

でもその数秒後、頬に触れた手のぬくもりと、重なってきた唇の感触、それだけで私の気分は急上昇。
たった一回のキスだけで機嫌を回復できるなんて、どれだけ単純な女なんだろう私は。

「まだ青八木になりたい?」

唇が離れて、ニヤニヤした純太に頭をポンポンとされた。
むっとして睨みつけるともう一度彼の唇が私に近づいてきた。
目を閉じてその感触を受け入れながら私は思った。

やっぱり、青八木くんにはならなくていいや。

「青八木になんなくっていいって思った?」

また唇が離れると、純太は完全に言い当ててきた。

「エスパーか」
「名前は青八木よりわかりやすいよ」
「嬉しいような嬉しくないような」

ああもう悔しいな。
でも嬉しいな。

青八木くんのことだけじゃなく、純太はちゃんと、私のこともわかってくれていたみたいだ。


私は青八木くんになりたい