そんな予感はしてたんだ。
少しずつ短くなるメール、少しずつ弾まなくなる会話、少しずつ遠くなる次の約束。そしてその先にあるのは予想通りの別れ話だった。
こればっかりはしょうがねぇ。他にいいやつ現れたのか、相性が悪かったのか
などと潔いふりをしてたのに、彼女から告げられた理由に心が砕かれた。

「純太って気が利きすぎるんだよね」

だってさ。
駄目なの!?彼女に気を利かせたら駄目なのか!?

「色々してくれるし楽しいんだけど、気を使われ過ぎて気を使う、みたいな」

みたいな、何だよ!色々しちゃ悪いか?好きでやってんだよ!

「私なんかにそこまでしてくれなくていいじゃんって気が引けちゃうっていうか」

もっとつれないのが良かったのか?だったら最初から俺以外を選べよ!俺はそういうタイプじゃねぇから!それ俺じゃねぇから!

って言えたらスッキリしたのかもしんないけど、言えないのが俺だ。あ、こういうこと言えるやつが良かったのか?
自問自答を繰り返し、かといってフラレた痛手から回復するでなし。失恋には時間薬っていうけど、どれくらい服用したらいいものか誰か教えてくれ。

部活まで時間がある。
でも学内にいて彼女、いや元彼女に会うのが複雑だ。どうせ顔を合わせたら、何てことないから気にしてないからって顔をする自分が想像に容易い。
なので大学近くのコーヒーショップに行くことにした。
元彼女ともよく来たけど、別に他の友人とも来たし、一人でも来てたし、悲しい思い出の場所じゃないからな、と自分を慰めながら店に入る。

注文カウンターには列が出来ていた。最後尾に並んでぼんやり考える。
どうして付き合ってたんだろう。仲の良い内輪の群れの中での延長で始まった関係だったけど、思ってたのと違ったってことなのか。
難しいわ、女子難しい。
曲がり角でぶつかったり、本屋で同じ本を取ろうとしたりするような始まりじゃなくていい。
君が好き、俺じゃなきゃ駄目
そんな風に思ったり思われたりしたい。
もしかして、俺のそういうとこが面倒臭い?暑苦しいのか?夢見すぎなのか?


「あの…お次のお客様…」

気付けば俺の番になってた。
振り返れば俺の後ろにも並んでいる人がいて、あからさまに早くしろって顔してる。
何を注文するか全然考えてなかった。

「あ、えーっと…」
「期間限定のフレーバーがお薦めです」
「んじゃ、それお願いします」

店員に言われるがままに頼んだ品は
…芋の味がするな。さつま芋だよな。スイートポテトなんだ…秋を感じるな…
積まれたホイップと甘い芋の味は、傷心の俺の胃にずっしりともたれかかった。


※※※


時間薬はなかなか効いてこない。
元彼女のことが忘れられないんじゃなく、人を好きになるって何なんだっていう真理を探し始めちまったよ。
望まれたから応える、それも悪かないんだろうけど、恋の始まりってそんなだったっけ。

「お待たせしました。お次のお客様どうぞ」
「コーヒーお願いします」
「有難うございます。カウンターの右手でお待ち下さい」

またあのコーヒーショップにいた。何せ近いからな。
今日はさっさと頼んだ。この前の失敗は繰り返さねぇし。普段はあんまり飲まないけど、コーヒーでも飲んで頭をスッキリさせておこう。

「コーヒーお待ちのお客様」
「はいはい」
「期間限定、お口に合いませんでしたか?」

ん?
カウンター越しに店員がコーヒーを差し出しながら話してきた。期間限定って、この前の芋…
確かに俺には重かったな。

「難しい顔されてたから」
「あ、いや、そんなこと…」

上目遣いでこちらを見てくる店員に、美味かったですって答える俺…俺ってやつは…
カップには店員が中身を間違えないようにペンで印が書かれてる。俺の受け取ったそれにはコーヒーを示すアルファベットと
右に傾いた小さな星
何てことないのに、何だかちょっと和んだ。



それからそのコーヒーショップに行く度に、俺のカップには星がくっついてきた。誰かと行っても、星は俺だけ。
俺だってわかって書かれてるのか?

「お待たせしました」

いつだったか、俺に話しかけてくれた店員が微笑みながらカップを差し出す。
切り揃った前髪の下の睫毛が上を向いていて、くっきり描かれた眉、ぱっちりと縁が描かれた目。大学でもよく見かけるメイクが施されてる。こういうやり方が流行ってるんだろうな。でもそういうのを追いかけてる女の子って嫌いじゃないし、そういうとこが可愛いだろ。

まさかこの子?

いやいや、勘違い甚だしいことにはなりたくない。ちょっと浮わついた気持ちになりつつ、小さな星を眺めた。




気になり出したら気になる。
コーヒーショップに足を運ぶ頻度が上がる。
そんなある日、例の子はいなかった。まぁそんな日もある。
それなのに
俺の受け取ったカップには星。
目の前には男の店員。
あの子じゃなかったってことか。
カウンターを見渡したけど、男しかいねぇ…マジか…男だけって、よりによって男だけって!
一体誰なんだよ……



俺の足はコーヒーショップから遠退いた。
沈んで、ちょっと浮上して、また沈んで、何やってんだろ俺は。時間薬がどうこうじゃねぇわ。
机に伏せて自己嫌悪に陥る。

きっと俺は誰かの一番になりたいんだ。何となくじゃやなんだよ。この面倒臭くて暑苦しい俺を選んで欲しい。何て情けねぇ承認欲求だよ。
俺に付けてくれるあの小さな星、それだけでちょっと浮かれる程度の男なんだよ、俺は。

伏せたまま溜息を何度も吐いた。
その顔の横で机を叩く音がする。
顔を上げたら、難しい顔をした名字さんがいた。

「手嶋くん、頼んでおいた資料ある?」
「あ、今日要る?持ってきてねぇわ」

名字さんは難しいままの顔だ。しかも一瞬眉間にぴりっと皺を寄せた。
ゼミの研究発表するのに同じグループになった。すげぇ真面目で几帳面、縁の四角い眼鏡がやたら似合う。素っ気ない口調がこれまた似合う。

「ないならいい。でも早めにお願い」
「了解」
「あと追加と途中経過。また見ておいて」
「おう」

愛想笑いもしない名字さんが去った後、残されていた紙の束を見る。何の色も付いてない銀色のクリップで綴じられた一番上に手書きのメモが貼られていた。
追加資料について書いてある。

ちょっと待て。
これ見覚えある。
メモに書かれている小さな星。
俺のカップに書かれてたのと同じ
少し右に傾いた小さな星。



久しぶりに来たコーヒーショップ。
カウンターには俺が危うく勘違いをするとこだった子、そして男の店員しかいない。
注文したコーヒーのカップには右に傾いた小さな星。
カウンターの脇から覗き込んだら
いた。

「名字さん」

コーヒーマシンの影、客席側からは見えない場所にいた名字さんは、俺の呼び掛けに驚いて手に持っていたカップを落とした。

「これ書いてたの、名字さんだったのか」
「……」

カップの星と並べて、あの手書きのメモを見せた。

「……そうよ。悪い?」
「悪くない悪くない」

名字さんは一瞬眉間に皺を寄せてから、視線を逸らす。

「何で?」
「ああ、手嶋くんだな、と思って」
「それだけ?」
「それだけよ」

ずれてもいない眼鏡を指で直してる。

「ここでバイトしてたんだ」
「大学近いから」
「なるほど」

いつものように素っ気ない返事をする名字さんの角張った眼鏡の奥の目は斜め下を見てる。でもその眼鏡が乗った鼻の頭も、目の下も少し赤い。

あれ、何だろ。この感じ。

「限定フレーバー、今日で終わりだけど」
「いや、いいわ」
「前は飲んでたじゃない」
「実はあんまり得意じゃない」

また眉間に皺を寄せて難しい顔をしたけど、すぐにレンズの向こうの目元を少し緩めて笑った。

俺の手には小さな星がふたつ。
傷心を癒すには時間薬と
降ってくる恋だ。


そして彼女と恋をする