黒い悪夢を緋色に染めて


 リクエスト小説
 時間軸は本編後、恋人同士になった後



 闇夜に浮かぶ、銀の髪。

 冷たく光る、黒の銃口。

 折り重なった、屍の山。


「テメェが最後だ」


 不敵に笑う鴉の後ろ。

 陽だまりの邸は、業火に呑まれた。





 うなされて、目を開けた。

 飛び起きる様にして身を起こせば、それが夢だったと知る。


「…………っ」


 息が荒く、身体は汗ばんでいる。

 酷く痛む頭を手で押さえ、下を向いた。


 最近は見る事の減った悪夢。

 不意打ちにも等しい、久方ぶりに見たそれは、今まで以上に恐ろしかった。


 抵抗がないわけではない。

 内容は多分、今までと同じだから。

 だが、最近は一人で悩む事が格段に減った事もあり、それらに対して身構える事が少なくなった。

 だからなのか、いつにも増して恐怖をあおる。


 目を閉じる事は出来ない。

 暗闇の中、感じた恐怖を想い出してしまうから。


 皐は悪夢を忘れる様に、暗い寝室の中で考え始めた。


 組織が関わる事件は、まだ先のはず。

 何か自分が忘れている事件があっただろうか。

 それとも、原作から外れる何らかの予兆か。


 考え始めれば、不安は尽きない。

 自分だけが焦ったところで、何かが変わるわけでもない。

 しかし、夢見たそれが何の意味もないモノだとしても、皐には無視できなかった。


「皐?」


 頭を悩ましていれば、低く、かすれた声が名を呼んだ。

 声がした方を向けば、隣で眠っていた赤井がこちらを見ている。


「すみません。起こしてしまって……」


 互いの思いが通じ合ってからは、共に眠る事が増えて。

 最近は沖矢の変装を自分でも出来る様になったおかげか、就寝時には変装を解いて休むようになった赤井。

 悪夢を見たせいか、そんな事も忘れてしまった皐は、誤魔化すように笑った。


「どうした」


 しかし、皐の微妙な変化に気づいたのか、赤井は身を起こして彼女に尋ねた。


「……夢見が少し、悪かっただけです。本当に……それだけですから……」


 苦笑しながら言う皐を、赤井はただ見つめる。


「そうか……」


 赤井はゆっくりと片腕を伸ばし、そっと皐を抱き寄せる。

 自然と赤井の胸に顔を埋める形となった皐は、一瞬だけ身を強張らせた。


「皐」


 だが、赤井の囁きと共に力を抜き、皐は彼の胸板に寄り添う。


「皐」


 何度も優しく名前を呼ばれ、何度も優しく頭を撫でられる。

 繰り返し。

 繰り返し。

 素肌の奥で鳴る、力強い赤井の鼓動を聞いている傍ら。

 それらの動作は皐が落ち着くまで続けられた。





「……すみません。もう……大丈夫です」


 落ち着いた皐が見上げると、その瞬間に目元へ優しいキスが下りてきた。

 それは場所を変え、何度も繰り返される。


「……あか、っん」


 顔のいたるところに口づけられ、照れた皐が彼の名を呼ぼうとしたところで、声をさえぎる様に重なる唇。

 交わる様に響く水音は、無防備な彼女を甘く痺れさせた。

 口の中で柔らかい赤が絡み合う度、皐の息が乱れてゆく。


「ふっ……っ……ん」


 重なり合う唇の隙間から、吐息と共に漏れる声。

 与えられる甘さに震える細い手が、なんとか溺れずに逞しい胸板を力なく押す。

 だが、その頃には頭を支えられ、腰には腕が回り、退路は断たれた後。

 既に皐は、赤井の手によって柔らかな檻の中に入れられていた。


「…………はっ」


 甘露の海に溺れたように、離れゆく唇は濡れている。

 零れ落ちた雫が二人を繋いでいた糸を切る頃には、見つめ合う瞳は熱をはらんでいた。


「赤井、さ……なに、を……?」


 荒く息をしながら頬を上気させ、皐は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 その問いに答える事なく、赤井は酸欠が生み出した涙を拭いながら皐の頬に掌を添えた。


「…………妬けるな……」


 小さく呟かれた言葉に、皐は目を見開いた。

 意外すぎるそれに、彼女は何も言えない。


「それが例え悪夢であっても、お前を悩ませるのが俺ではなく、あの男だと思うと……」


 掌が添えられている方とは逆の耳に顔を寄せ、熱い吐息と共に低い声を吹き込む赤井。

 ついでとばかりに唇だけで耳を挟んだ後、チロリと軽く舌を這わせれば、華奢な肩が大きく震えた。


「いくら愛しの恋人とは言え、血の涙を流したくらいでは許せそうにない」


 物騒な言葉を響かせながら、頬に添えた掌を肩へと滑らせる。

 後を追うように唇を首筋へと向かわせ、その白い肌を――


 吸った。


「はっ」


 慣れない感覚に身体を震わせ、皐は甘い吐息を吐いた。

 思わず、衣服をまとわぬ胸板へ置かれた手に力をこめる。

 だが、肩から背中へ滑り落ちた手と、腰に回された腕に阻まれ、赤井との距離は広がらない。


 耳から鎖骨までを何度も往復する、薄い唇。

 小さな痛みが白い肌を赤く染める度、華奢な身体が揺れ動く。


「…………あ、あの……」


 ゆっくりと身体を浸食し始める熱。

 その熱に犯されながら、それ以上の広がりを止めようと。

 話をそらす様に、か細い声で皐は尋ねた。


「私、赤井さんに、夢の内容、言いましたか?」


 尋ねると同時に、赤井の動きが止まった。

 そのまま動きを見せず、時が音をたてずに流れていく。


 成功したのだろうか。


 そう思いながら皐が恐る恐る視線を下げれば、上向きになった鋭く光る翡翠の瞳と視線が合った。


 一瞬の沈黙。

 そして、不敵な狙撃手が笑う。


「やっ!?」


 予告もなくベッドに押し倒され、皐の視界は上半身が裸の赤井と天井だけ。

 この瞬間、皐は自身の選択肢を間違えた事に気がつく。


「眠っている間、呟いていた……」


 しかし、もう遅かった。

 熱に浮かされた瞳から、目が離せない。

 鍛え抜かれた見事な肉体美と合わさって、その色気の艶めかしさは絶大だ。


「…………ジン。と……」


 ゆっくりと近づいて来る赤井の顔。

 顎に手をかけられ、節くれだった指先が皐の唇を軽くなぞる。


「俺の名は、呼んでくれないのか?」


 捨てられた子犬の様に、すがる瞳を向けるのは、その奥に潜む獣を隠すため。


「皐」


 逃げ場は既になくなった。

 夢で見た時と同じように、胸に向けられた銃口。

 後はもう、引き金をひかれるのを待つばかり。


 そう悟った皐は、ゆっくりと目を閉じた。


「…………秀一、さん」


 用意されたそれで、自らの胸に向かって引き金をひいた皐。

 撃たれた彼女は、その身を緋色に染めながら、白い海へと沈んでいった。


黒い悪夢を緋色に染めて
(貴方の腕の中で、眠れぬ夜を過ごす)

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