ただのファンのひとりです


 その電話が工藤邸にかかってきたのは、とある休日の昼下がりだった。


「居候……?」

『うん……ダメ、かな?』


 半年前に頼もしいから可愛らしい姿に変わってしまった甥から、相談の電話がかかってきたのだ。

 内容は、火事で住む場所を無くしてしまった男性を工藤家に住まわせたいとの事。


「……優兄さんと有希姉さんは、何か言ってたの?」

『ごめんなさい。オジサン達には、まだ何も言ってないんだ……』


 申し訳なさそうに話す甥――コナンの言葉を聞き、皐の思考は目まぐるしく回転する。


 基本的に工藤家の人々は皐に対してかなり過保護である。

 義兄の優作は昔から何をするにしても一緒だったし、義兄の妻である有希子にも、遊びやショッピングなど、事ある毎に連れ回されていた。

 それを嬉しいと思う反面、二人のデートの時まで一緒に連れ出されそうになった事もある。

 他にも、二人の結婚後、新婚カップルの新居に「一緒に住もう」と言われた時には、今は亡き両親と共に苦く笑ったのを覚えている。

 しかも両親が亡くなった後は、狙ったかのように一も二もなく兄夫婦と同居する事になったのだから、もう笑うしかない。


 親二人がそんな態度を取るものだから、必然的に彼らの子どもである新一にも伝染した。

 彼の両親が何をどう新一に吹き込んだのかは知らないが、子ども特有の純粋さもあって、新一の皐に対する過保護さは彼の両親以上の物だった。

 どのくらいかと問われると、今でこそ皐と仲がいい蘭と園子との仲を考えればすぐに分かる。

 何せ一時はその二人にかなり嫌われており、皐の事で新一と園子が喧嘩をし、蘭が泣きそうになる事は日常茶飯事だったのだから。


 これで皐に男の影が見え隠れすると、家族揃って品定めする上に、最近では蘭も参加してくる始末。

 婚期が遅れるどころか「婚期って何それ、おいしいの?」の次元である。


 それは新一がコナンになってからもそうだった――と言うより、余計に拍車がかかってしまった。

 新一がコナンになる原因となった組織に目をつけられては困ると、何かにつけて戻って来るようになった工藤夫妻。週末には必ず戻って来るコナン。

 最近では蘭や園子も頻繁に工藤邸へと出入りしている。隣家の阿笠博士や灰原については言わずもがな。

 とにかく、色んな人が入れ代わり立ち代わりに工藤邸へとやって来るようになった。


 それはひとえに、皐の厄介な特異体質のせいだろう。

 何せ常日頃から船を漕ぐ。一週間に一度は一日起きない。二週間に一度は激しい睡魔に襲われて、廊下で倒れてそのまま。酷い時には、数日は眠り続ける事もある。

 そんな人間を放っておけるかと、声を揃えて皆に言われたのはいつだったか。我ながら情けないと遠い目になってしまう。


 閑話休題、話を戻そう。

 過保護筆頭とも呼べるコナンから、住居を失った見知らぬ男性を住まわせていいかの打診。

 しかも、両親である優作や有希子には相談していないと言う。コナンの口ぶりを聞く限りでは、事後承諾でも恐らく許可は出ると推測。

 男は誰であろうと威嚇し、時には優作や有希子と結託して排除してきたコナン。

 その事を考えれば、天変地異の前触れかと本気で思ってしまう。それが見知らぬ男性であれば、尚更である。


『皐さん?』

「……その人、名前は何て言うの?」


 となると、残る考えは一つ。


『……あのね、沖矢昴さんって言うんだ』


 今コナンが追っている組織に関係のある人物なのだろう。





「……それで、この人が新一兄ちゃんと一緒に住んでる工藤皐さん」

「初めまして、沖矢昴です」

「……初めまして」


 コナンの紹介を受けた後、柔和な笑みを見せながら挨拶をする沖矢に、皐は静かに頭を下げた。


「いきなり押しかけてしまって、申し訳ありません」


 困った様に言う沖矢に対し、皐は小さく微笑んだ。


「いえ……お困りの様ですので…………」


 重たくなる瞼を何とか開けながら、皐は言葉を紡ぐ。


「……皐さん。眠いなら無理しちゃ駄目だよ?」

「……まだ、大丈夫よ」


 すぐに察したコナンは、皐を気づかうように声をかけた。その表情は、不安一色に染まっている。


 そんな顔をさせたいわけじゃない。


 心配させたくなくて、ニッコリと笑う。だが、コナンの表情は曇るばかりで、皐の方も困ってしまう。


「沖矢さんに、案内を、しないと……」


 強まる眠気と戦いながらコナンに言えば、勢いよく横に頭を振られた。


「沖矢さんには僕が説明しておくよ!! 皐さんの事も言っておくから! 大丈夫。僕、やれるよ」


 皐の限界を悟ったのか、必死に「僕、出来るよ!」アピールをされてしまう。

 コナンにここまでされてしまえば、皐とて引き下がらないわけにはいかない。強引にこのまま居続けても、眠気に負けて倒れてしまう可能性もある。

 そう考えると、コナンにも沖矢にも迷惑がかかってしまうと考えた皐は、軽く息を吐いた。


「じゃあ、おまかせ……するね。すみません、沖矢さん。詳しい事は、コナンくんがご説明、しますので……」

「いえ、具合が悪いようでしたら、無理はしない方がいいと思いますので……」


 コナンと沖矢のそれぞれに言った後、皐は寝室へと戻って行く。

 寝室に戻ってベッドに倒れてしまえば、自然と下りてくる瞼。


 最近は日を追うごとに酷くなっていく気がするな。


 そんな事を考えながら、皐は意識を手放した。


ただのファンのひとりです
(私と貴方の距離感は、それくらいから始まった)



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