振り回される眠り姫


※組織壊滅後のお話です。


 物静かなのは、考えてから言葉を告げるから。下手な事を言うと眠ってしまう自分への予防線。

 思慮深いのは、ただ考えすぎるだけ。何度も夢見た悪夢に怯え、その悪夢が訪れぬようにしていただけ。


 母のように美人でもない。


 父のような才能もない。


 兄のように強くもない。


 人よりも異常な程に眠りが長い、独り立ちも出来るか分からぬ、ちっぽけな小娘。

 ただ少しの間だけ共に過ごした。家主の妹と居候の関係。

 それがどうして、こんな事になったのだろうか。


「赤井さん……あの、でも……」

「俺では、不服か?」


 皐を膝にのせ、彼女の髪を触っている赤井。

 触られている皐は、ほんのり頬を赤く染め、困惑しながら下を向く。


「違うんです。そうじゃなくて……赤井さんには、もっと、素敵な女性が似合うと思から……」


 想い起こすのは、今は亡き美しい人。

 手の届かない人だからこそ、彼女と同等にすらなれない。


「ホー。それでは、君を素敵だと思う俺の目は狂っていると?」

「そんな事!!」


 下げていた顔を反射的に上げると、熱を持った翡翠の瞳と視線が合った。


――しまった。


 そう思った時には遅く、力強い真っ直ぐなそれに心を射抜かれてしまう。


「っ」


 気おされて、反射的に視線を赤井から外そうとした。だが、その前に自分よりも長く太い指に顎の下から掬い上げられた。


「愛している。その言葉を撤回するつもりはない」


 鼻先が触れ合いそうなほどに近く、お互いの吐息を感じる。

 芯の強い瞳を前にしてしまえば、皐は言葉を詰まらせた。


「で、も……私は、子ども、で……」

「今時、年の離れた男女の結婚など普通だろう? 君の体質も理解している」

「ずっと、貴方の傍には、いられないかもしれない」

「そんな事にはならない」


 消えそうな声が、優しい声に包まれた。


「何度でも繋ぎ止めるさ。お前の手を、離しはしない」


 いつの間にか、大きな掌に両の頬を覆われて――優しい彼の眼差しから視線を逸らせなかった。


「……っ」


 悲しくはない。


 寂しくもない。


 けれど、何故だか目頭が熱い。


 泣いてしまいたいほど、感情が高まる。


――どうして、貴方は……


 欲しい言葉をくれるのだろうか。


「赤井、さん……」


 しばらく見つめ合って、皐が名を呼んだ瞬間――

 激しい音が一つ。乱暴に開かれた扉と共に鳴り響いた。

 驚いた皐が肩を跳ねさせると同時に、赤井が彼女を抱き寄せる。

 何事かと二人が扉の方を見れば、荒く呼吸を繰り返している降谷と新一の姿があった。


「兄さん。それに、降谷さんも……」


 感情の高まりから涙ぐんでいる皐を見て、何を思ったのか。

 降谷は近くに置いてあった花瓶を手に取り、戸惑う事もなく赤井に向かって、それを投げた。

 赤井は皐を抱きかかえたまま、座っていたソファーから離れ、見事に投げられた花瓶を避ける。


「降谷さん!?」


 それに驚いたのは新一だった。


「ああ、悪いね新一くん。手が滑った」

「いや、それ投げたよな今!!」


 幸い花瓶は割れなかったモノの、自分の家の家具を投げるなどの暴挙に出られれば誰だって叫ぶだろう。

 新一の視線が赤井から降谷に向いた瞬間、今度は赤井が懐から拳銃を出し、降谷に向けて発砲する。

 発砲された降谷は、すぐに飛び退いたために弾は当たらず、代わりに壁へとめり込んだ。


「あの、赤井さん。今の……」

「すまない、弾が滑った」


 流石の皐も口元を引きつらせながら赤井に言うと、彼はしれっとそう答えた。


――絶対、嘘だろ!!


 その瞬間、新一のツッコミが入ったが、悲しいがな、声に出る事はなかった。


「ハッ! 嘘をつくなら、もう少しマシな嘘をついたらどうなんだ?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししよう」


 展開の速さに工藤兄妹がついて行けずに驚いた表情をしていれば、いつの間にか赤井と降谷の姿はなかった。

 どうやら、本気でやり合うために場所を移動したようだ。

 何が何やら。皐が呆然としていると、無表情になった新一が無言で近づいて来る。

 そして、両手で思い切り皐の肩を掴んだ後――


「皐。ロンドンに行こう。そうだ、そうしよう。母さんと父さんに連絡つけて、皆でロンドンに行って、ロンドンの大学に行こうぜ」


 早口で言葉を言い放った後、新一は速攻で部屋を出て行く。

 残された皐は、静かになった部屋の中で一つ溜息をついた。

振り回される眠り姫
(私の為に争わないで、迷惑だから)

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