今からきみに告白します


 全ての物事には必ず理由があるように、人が生きている事にも理由がある。

 例えば物語の幕が閉じるまで、あの悪夢を現実にさせない事が役目だとしたら。物語が終わり、役目の終えた皐が死へと向かって行くのは、当然の結果なのかもしれない。


「……皐」


 月明かりだけが頼りの寝室で、低い声に呼ばれた。もうすぐ聞けなくなる声に反応し、皐は窓の外から視線を外す。


「起きていたのか?」

「ええ。月があまりにも綺麗でしたので……」


 ベッドで横になっている皐が力なく笑えば、赤井は無言でベッドの端に座った。


「答えは、出たのか……?」


 急激な病状の悪化か、過眠に加えて拒食になってしまった皐。そのせいで痩せて角ばった彼女の手を、赤井はそっと握った。

 同時に皐は、窓の外へと視線を戻す。


「私は、貴方とは一緒に行けません」


 赤井の問いかけに、皐はそう答えた。


「では、俺と共には行かず、工藤夫妻の住むロスへ行くと?」

「……はい」


 皐は、赤井の方を見ずにそう言った。それが互いのためになると、そう思ったから。

 自分には先がない。漠然と、そう思った。

 皐が赤井と共に生きたいと願っても、近い内、彼を置いてこの世を去る。

 恋しくて、愛しくて、傍にいればいるほど、離れがたく願ってしまう。けれど、だからこそ、赤井の悲しそうな表情を見るのが辛い。自分と会うたび、影のある表情を赤井にさせていると思うと、胸が苦しくなる。

 それならいっそ、距離を置いた方がいいだろうと思うのだ。互いの存在が互いを苦しめるのなら、いっそ自分の事など忘れて生きてほしい。


「だから、別れてください」


 赤井の目を見て、それは言えなかった。きっと彼の真っ直ぐな視線を見てしまえば、折角の決意がブレてしまうと思ったから。


「分かった。なら俺の目を見て、もう一度同じ言葉を言えたら、お前の言う通りにしよう」


 考えている事を見透かされたようなセリフに、皐は息を呑んだ。


「すまない。だが、お前の家族から許しが出た今、俺も最初で最後のチャンスを逃すわけにはいかないのでね……」


 握られた手に、力がこもる。


「このまま何もせずにいれば、お前は間違いなく死ぬだろう。だが可能性があるのであれば、俺はそれに賭ける。それは、お前の家族も同意見だ」

「……成功する見込みはありません」

「だが、失敗する見込みもない」


 迷う皐は、赤井の顔を見れずにいた。力強い言葉に、泣いてしまいそうになる。


「もう、十分です」

「皐、諦めるな。俺にはお前が必要だ」


――必要だ。


 たった一言、その言葉に、皐の感情が爆発する。


「なら、そのために貴方のこれからを犠牲にしろと!? 貴方自身の命を削り、貴方との間に生まれる子どもを生贄のように扱って、それでも生きるなんて私には出来ない!!」


 悲鳴をあげるように、皐は叫んだ。勢いをつけて振り返り、赤井を睨むように見つめる。


「俺は死なない」

「なら、アレを貴方の生命力と言わずに、何だと説明出来るの!?」


 最初は、周りを騙すための演技だった。それがいつの間にか本気で愛すようになって、本物の関係になった。

 その後、お互いがそれなりの年齢なのだから、合意の上で身体を重ねるのは必然。

 そして、その時に感じた充足感。中身のない器を満たすような感覚と、酷く疲れ切っている赤井の姿。

 好きな人と繋がって、幸せだと感じたのは最初だけ。今までの眠気が嘘みたいになくなり、元気になった自分と、数日間、自分の代わりに眠り続ける赤井の姿を見て、もう二度とこんな事はしないと誓った。この行為を繰り返せば、いつか自分の代わりに彼が死んでしまうのではないかと思ったから。


「それは俺にも説明は出来んが、皐が思っているようなモノではないさ」

「嘘よ……」

「嘘ではない。それに、俺はお前の犠牲になるつもりはない。お前とこの世界を繋げる『誰か』を創るだけだ」

「何の、ために……?」


 皐の問いかけに、赤井は優しく微笑む。そして、握り続けていた手をゆっくりと掴み上げ、皐の薬指にそっと口付けた。



「Just for you」



 たった一言。飾りのない言葉に涙が流れる。


「それで納得できないのなら、俺のために生きてくれ。どうも俺は、本当の意味でこの世界に繋がらない『独り』のお前を、放ってはおけんようだ。このままお前が死んだら、俺も死んでお前の後を追いかけるぞ」


 “義”という道理でしか家族を持たない皐。

 生きている人にも、死んでいった人とも、どこにも繋がらない存在ならば。与えられた役目を終えた今、生きる理由が見つからないのなら、彼は皐の生きる理由になろうと言う。


「……っ」


 どれだけ皐が否定の言葉を並べようと、どれだけ皐が遠ざかろうと、彼は障害を乗り越えてくる。例え、その障害が皐自身だとしても関係ないと言わんばかりに。


「……ズルい人」


 流れる涙は止まらない。感情が高ぶって、収まりがつかないのだ。


「そんな事を言われたら、さよならなんて言えませんよ」

「月が綺麗だなんて、俺をその気にさせるような事を言った後に、さよならを言うお前もズルい人だろう」


 拗ねたような表情で見上げる皐に、赤井は小さく笑った。

今からきみに告白します
(ただ、お前のために)

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