雨降って地固まる


 大ジョッキを片手で持ち、一気にビールを飲み干す皐。

 ガタンッ!! と大きな音をたて、ジョッキをテーブルに叩きつける彼女を見て、今更ながら後悔という二文字が浮かんできた。


「馬鹿なの? ねぇ、馬鹿なの!? トールさんはいっつもそう!! 熱くなるのは別にいいけどさ、アタシの話も少しは聞いてよバカァ!!」


 相手が相手だった事もあり、我を忘れて怒りを彼女にぶつけてしまった昨日。

 バイト終わりに一悶着あり、そこから彼女の自宅で宅飲み中。酔っぱらった彼女に真相を聞き、どうしたものかと頭を抱える今現在。

 タイムマシンがこの世に存在するのなら、即行で昨日の自分を殴りに行きたいと、安室は静かに思っていた。





 衝撃的な場面を見てしまったのは、昨日の昼頃だった。

 丁度、安室はバイトのポアロに向かっている最中で、信号機待ちをしていた。そこでたまたま、笑顔で歩いている皐を見つけたのだ。


――ん?


 そう、そして安室は気づいてしまった。笑顔の彼女の隣に立つ、奴の姿を――


――……赤井、秀一!


 途端に腸が煮えくり返るような感覚を覚えた。様々な感情が波のように押し寄せ、安室の思考を熱してゆく。

 今、思えば、その時の安室は冷静さを失っていた。

 信号が青になると共に駆け出し、雑踏の中に消えた二人を捜す。

 しかし、一度見失ったモノが容易に見つかるはずもなく、安室は煮え切らない思いを抱えてポアロに向かった。

 それからバイトが終わった後、皐から連絡が入った。

 電話越しで彼女に何を言ったのか、正直な話、細かい事は覚えていない。ただ、彼女の弁解も聞かず、一方的に突き放した事だけは覚えている。


『正直、驚きましたよ。貴女がここまで不誠実な女性とは思いませんでした』

『違うの、透さん。あの人はっ!!』

『何が違うんですか? 見ているんですよ、僕は……奴の腕に抱き着いて、嬉しそうに笑いながら歩いていた貴女を!! 僕が飽きたのならそう言ってくれれば良かったんですよ。とにかく貴女には金輪際、関わるつもりはありませんので、そのつもりで』


 どうしてそんな事を言ってしまったのか。冷静に考えてみると、奴の隣で笑っている彼女の方が輝いて見えたからに他ならない。

 そして、それ以上に安室には迷いがあった。

 皐に心いかれたのは本心だった。けれど、彼女は“安室透”である自分しか知らない。

 嘘をつく事には慣れている。でも、彼女に一つ嘘をつく度、言葉に出来ないほどの罪悪感が自分を支配するのだ。

 本気だからこそ、偽る自分を許せない。


――だったらいっそ、手放してしまえばいい。


 そんな事を考えて、それが馬鹿な事だったと気がついたのは、本日の夕方。

 バイト終わりにポアロから出てこれば、不機嫌そうな皐が立っていた。


『ついにストーカーでも始めましたか?』


 自分が相当、天邪鬼である事は知っていた。


『僕は昨日、言いましたよね? 貴女とはこれで終わりだと』


 皐が何も言わないのをいい事に、彼女を傷つける言葉を紡いだ。


『僕じゃなくて、昨日の男の元に行ったらどうです? 今更、過去の男にすがりつく必要はないでしょう』


 だから、当然の報いだったのかもしれない。


『もういい!!』

『ゴフッ!』


 皐はそう叫ぶと同時に、素早く一歩踏み込み、勢いよくストレートパンチを安室の鳩尾に叩き込んだ。


 当然、安室は避けられずに終わる。

 何せ、儚くも可愛い天使のような彼女である。見た目がか弱そうな皐が、プロ顔負けの鋭いストレートを叩き込めるとは夢にも思わず、そのままノックアウト。

 安室が痛みと戦っている間に、皐は彼を自分の車に無理やり乗せて自宅へ。

 現役の公安警察が、よりにもよって自分の彼女に誘拐されるという失態を犯すハメになった――後から聞いた話だと、これらの手口は全て兄である赤井に教わったらしい。実の妹になんて事を教えているんだ、あの野郎。

 そして、腹部の痛みが引いた頃には、既に彼女はビールをジョッキ一杯分、飲んだ後。

 酔った皐から、赤井が彼女の兄だと聞かされた時には、何て事をやってしまったのかと後悔した。





「らいたい、ろうしてシュウ兄とアタシら付き合うの!? キョウライれお付き合いとか普通ないよぉ!! 確かにシュウ兄とアタシは似てないよ? れも、浮気とか言うなんて酷くない!? アタシら好きなのはトールさんらけなのにぃ!!」


 顔を赤くし、呂律が回らず、最終的にはボロボロと泣きながら「トールさんのバカァ!!」と繰り返し叫ぶ皐は、正直もう手に負えない状態だった。


「すみません。本当にすみませんでした。僕が勘違いしていました」


 酔っぱらいながら気持ちを吐き出す皐を、安室は抱き寄せて頭を撫でた。

 どうしたって彼女の涙に弱い安室には、こうやって慰める方法しか思いつかなくて。今更ながら、やっぱり彼女を手放すなんて出来ないのだと実感した。


「アタシら好きなのはトールさんなのぉ」

「はい」

「シュウ兄も好きらけろ、トールさんの方らいいのぉ」

「はい」

「トールさんのバカァ……」

「ええ。僕は貴女の言う通り、馬鹿な男ですね」

「うっうぅ……」


 グズグズと泣きながら、いつの間にか眠ってしまった皐。

 安室は、そんな彼女の寝顔を見ながら、明日は泣かせてしまったお詫びをしようと微笑んだ。

雨降って地固まる
(君の涙に濡れて、固まった僕の決意)

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