君に愛されたい


 天気のいい、とある昼下がり。

 皐は有希子が置いていった女性誌を見ていた。


「あ、可愛い」


 パラパラとページを進めていくと、デフォルメされたマスコット人形の写真が掲載されている。

 雑誌で紹介されているマスコットは、そのどれもが可愛らしく、しばらくの間、皐の視線を釘づけにした。


――そう言えば、前の世界にはコナンくんのぬいぐるみとかあったよね。


 不意に想い出したのは、デフォルメされたコナンのぬいぐるみ。


――コナンくんだけ結構、大きさも色々種類があったよね。後、人気だったのは安室さんと赤井さんのぬいぐるみも……


 そこでふと、皐の思考と行動が止まった。

 別に何かを考えたわけではないが、最近は一人の時が多いと振り返る。

 FBIのメンバー達に赤井の生存が知られてから、監視対象の灰原が小学校にいる間、彼は仕事場へ行くようになった。

 それは決して不自然な事ではなく、普通の事。だって彼は大人で、社会人だ。皐のように特殊な人間でもないのだから、働きに出るのは当然の事。そして自分は、ただ以前と同じ生活に戻っただけ。


 それなのに、どうしてか――


「……」


 無言で雑誌を眺めていた皐は、静かにそれを閉じた。その後、ゆっくりと立ち上がり、そのままリビングから出て行く。





 数日間、皐は赤井のいない午前中の時間を使ってある物を作っていた。


――……完成、しちゃった。


 元々、嫌いではなかった裁縫。幾つものフェルトを使って作ったそれは、同居人の本当の姿を可愛らしくしたぬいぐるみだった。

 市販でもいけそうな出来が彼への愛情かと考えると、皐は恥ずかしいやら何やらで頬を赤く染めそうになる。けれど、結局は重い溜息が出る事になった。


――何、やってるんだろ。


 こんな事をする勇気があって、赤井と面と向かう勇気がない。それは単に、自分が彼の隣に並んでもいいのか、そんな迷いがあるせいだろう。


 抱き締めて、口づけて、その逞しい身体に包まれて。


 次々と溢れ出す、赤井を求める気持ち。けれど、そんな気持ちが彼の負担になってしまうのではないかと皐は怯えた。

 ただでさえ、とても普通とは言えない睡眠量を欲し、廊下や寝室以外の場所で倒れて眠る事がある。その度に彼は皐を見つけ、そして寝室へと運んでくれる。


――これ以上の迷惑なんて、かけられないもの。


 一度その蓋が緩んでしまえば、求める気持ちが止められなくなってしまいそうで――だから、怖かった。


「……赤井さん」


 ポツリと小さく呟いた後、皐はだんだんと瞼が重くなってきた事に気がつき、ゆっくりとした動作で寝室へと向かう。

 思い切ってベッドに寝転んだ後、手の中にある小さなぬいぐるみをそっと握りしめた。


「秀一……さん」


 フワフワと覚束ない意識。徐々に遠のく光。

 掌に収まる小さな存在を握りしめながら、皐は眠りの世界へと旅立った。





 昼過ぎ。

 沖矢は工藤邸に帰っていた。

 静まり返った邸の中、愛しい人の出迎えはない。起きていれば必ず玄関へと来るのだが、それがないという事は、またどこかで眠っているのだろう。

 沖矢は一階から一つ一つ、部屋を覗いて皐の姿を捜した。一通り一階を捜し終わった後、二階の寝室を覗けば、そこに彼女が眠っている。


――今日は辿り着いたのか……


 そんな事を思いながら眠っている皐に近づくと、彼女が何かを握りしめている事に気がついた。

 皐が何かを握りながら眠っている事は初めてで、気になった沖矢が上に被さっている手を退かした。


「…………」


 その瞬間、沖矢の時間が止まった。

 時計の針だけが鳴り響く室内で、彼の身体だけが凍ったように動きが止まる。

 その間、数秒。

 後に沖矢は無言でぬいぐるみを持ち去り、自室で変装を解いた後、赤井になって再び寝室へと戻って来た。

 その間、数分。

 眠っている皐の隣に、赤井も寝転び、小さな彼女を抱き締めた赤井。抱き潰さないように緩く彼女の髪をすいていると、皐が小さく声をあげた。


「……しゅう、いちさん?」


 完全に覚醒していないのか、しっかりと発音出来ていない己の名に愛しさが込み上げる。


「皐」


 抱き締めて、抱き潰してしまいたい衝動を抑えながら、眠そうな彼女の前に己を模したぬいぐるみを出した。


「これは何だ?」


 赤井が出したぬいぐるみを、眠そうな目でしばらく見つめていた皐。しかし、次の瞬間、弾かれたように飛び起き、顔を赤く染めて口を開閉させた。焦っているのか、視線が左に右にと忙しなく動き、言葉にならない声だけが響いて消えていく。


「皐」


 名前を呼ばれれば、彼女は酷く怯えた表情をした。


「ち、違うんです。そ、その……ただ、何も……」

「……寂しかったのか?」


 アワアワとしている皐に赤井が尋ねれば、動きが止まる。

 そのあからさまな動きに、言葉で言わずとも理解した赤井は、クツクツと喉で笑った。


「皐」


 静止した彼女を抱き寄せ、耳元で彼女の名を呼ぶ。


「素直にそう言えばいい」

「でも……」

「迷惑とは思わない」

「赤井さん、忙しいから……」

「なら、俺に休みをくれないか? お前の傍が一番、休めるのでね」


 迷いながら言い訳すれば、即座に言葉を返されて、皐は口ごもる。


「……はい」


 結局、返事をする事しか出来なくて、赤井の胸元に顔を埋めた。


「……だから」


 優しい言葉は、そして冷たさを帯びる。


「こんなぬいぐるみは必要ないだろう?」


 赤井の手中にある小さな存在。一時でも彼女の愛情を注がれたと思うと、自分の姿をしているとは言え、ぬいぐるみを握りつぶしてしまいたい衝動に駆られた。

 己に向けられる愛情は、己だけに。

 そんな赤井の薄暗い気持ちを感じ取ったのか、皐も赤井の背に腕を回した。

君に愛されたい
(僕が君だけを愛するように)

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