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ライクなのか、ラブなのかということ
01
お腹がズキンと泣く。
その衝撃に鈴子は思わず蹲った。
「ちょ…鈴子、大丈夫?」
「…あー…うん…や、無理っぽい…」
眉を顰めながら壁に手をつく彼女に、友人達は顔を見合わせた。
穏やかな雰囲気で周囲と接している鈴子は人前であまり弱音を吐かない。
その彼女が蹲り眉を顰めていることに、友人達は余程のことなのだと感じ取る。
俯いた顔を見れば、若干顔色も悪くなっていた。
「大丈夫?保健室行く?」
「…や、あと1時間でお昼だから我慢する。」
「だけど次は体育だよ?」
「うん、見学するよ。」
ふらりと立ち上がった鈴子は弱々しい笑顔を見せると、壁を伝いながらゆっくりと歩き出した。
若手の女性教師に事情を話せば、すんなりと見学の許可が下りた。
鈴子は舞台の端の方に腰を下ろす。
見学者はここで、というのが暗黙の了解なのだ。
この時期、男子はバスケットボール、女子はバレーボールが組まれていた。
ネットで区切られた体育館内は元気のいい声が飛び交っている。
心配してこちらを見てくる友人達に手を振っていると、急に鈴子の視界が暗くなった。
「伏せろっ!」
同時に聞こえてきた大声に咄嗟に頭を縮こませて手で庇う。
直後、腕に何かが強くぶつかった。
座っていたにも拘らず、その勢いで鈴子の体は倒れてしまった。
「わりぃ、大丈夫か!?」
「…」
「おい、神部?大丈夫か?」
肩口に手を置かれ軽く揺すられる。
「い、たぁ…」
「わりぃ、キャッチし損ねた。」
鈴子が声を出したことに安心したのか、ホッと息を吐き出しながら再度謝ってきた声の主を見る。
「…藤真君。」
「どこに当たった?腫れてないか?」
「腕…痛いけど、多分大丈夫だと思うよ。」
「頭は?倒れた拍子に打ったんじゃねえ?」
「ううん、手で庇ったから。」
フルリと頭を横に振った鈴子に、険しい表情をしていた藤真はようやく筋肉を緩めた。
近くに転がっているボールを拾い上げると、慣れた手つきでコートに戻す。
そして、鈴子の隣に座り込んだ。
「腕、見せてみろよ。」
「え?あ、本当に大丈夫だよ?」
「いいから!」
パタパタと振られた鈴子の手を掴むと、藤真は赤くなっている部分を軽く握った。
多少熱を持っているようだが、顔を顰めないところを見ると異常はなさそうだ。
それにしても…柔らかいな。
確か女の子の二の腕は胸と同じ柔らかさなんだっけ?
試しに少し力を入れてみれば、ふにふにとした弾力で反発してくる。
言葉の通り白い彼女の腕は、当然だが男である藤真とは異なるものだった。
加えてあまり運動をしないのか、掴んでいる指が吸いつくように沈んでいく。
「えっと…藤真君?」
「…ぅおっ!?」
「お楽しみのところ申し訳ないんだけど、そろそろいいかしら…?」
「えっ!?ああっ、わりぃ…つい…」
無表情で指に力を入れたり抜いたりしていた藤真に、鈴子は戸惑うように声をかけた。
藤真はバスケ部の監督にして主将だ。
そして校内随一を誇る美しい顔の持ち主。
けれど性格はすっぱりさっぱりとかなりの男前である。
たくさんのオプションがついている彼は当然ながらモテる。
学校内外を問わずにファンと称する女の子達が常に遠巻きに近くにいた。
鈴子も1年の頃から遠巻きに眺めている程度だが、藤真のことを密かに慕っている。
それが3年になって同じクラスになり、気がつけば世間話をするくらいの仲にまでは発展していた。
藤真はきっと知らないだろう。
鈴子が彼に好意を持っていることを。
世間話の時にもドキドキとしていることを。
その藤真が何かを確認するように自分の腕を掴み続けるものだから、鈴子の頬は薄く染まってしまっていた。
「…そんなに違う?」
「え!?あ…ああ、全然違うな。」
鈴子に言われて、藤真はほらと体育着の袖を軽くめくった。
少し力を入れれば形よく筋肉が盛り上がる。
「あ〜、本当だね。私とは全然違うなぁ。」
むにむにと自分の腕を掴みながら鈴子は藤真の腕を見る。
無駄な肉がついておらず綺麗だと賞賛したくなるようなそれに好奇心が湧いてきた。
「触ってもいい?」
「…っ、おう…」
「じゃあ、失礼しまぁす。」
そう言って伸ばされた指に、藤真の脳がクラリと揺さぶられた。
3年の初めで隣の席になった彼女にそこまで興味は持っていなかった。
だが挨拶を交わしていくうちにだんだんと世間話をするようになり、気がつけば目で追うような存在になっていた。
自分のことを『王子』と称して近寄ってくる女の子達とは違う。
そばにいると温かいと思わせる雰囲気。
いつも友達といる楽しそうな笑顔。
どこか天然が混じっている会話のやり取り。
授業中に黒板を見る横顔。
かと思えば、コクリコクリと揺れる頭。
そしてふとした時に見せられる鈴子の優しさに、目立ちはしない彼女が気になるようになったのだ。
鈴子は気付いていないだろう。
藤真が彼女に好意を抱いていることを。
遠慮がちに触られて胸が疼いていることを。
「うわっ、固い!藤真君ってやっぱり男の子なんだねぇ。」
「…神部サン?どういう意味カナ?」
鈴子の言葉に藤真の片頬がピクリと引き攣る。
ニッコリと笑って言葉尻を上げる彼に、鈴子は慌てて言い繕った。
「あはは、ゴメン。何でもなっ…つぅ…」
突然の痛みが走る。
またお腹の中で無理に剥がされるような痛みをズクリと感じた。
「…神部?」
「ん…何でも、ないから…」
「おい、顔色悪いぞ?」
「…うん、大丈夫だから。藤真君、そろそろコートに戻ったら?」
「いやいや、大丈夫じゃねえだろ?明らかにアウトだから。」
藤真はそう言うと鈴子の腕をとると立ち上がらせた。
「先生!神部の顔色が悪いから、保健室連れて行っていいですか?」
「神部さん、大丈夫?」
「ダメっす。保健室行っていいですよね?」
「ええ、もちろん。藤真君にお願いするわ。」
「はい。」
大声で断りを入れる彼に、クラスメイト達も『何だ何だ?』と視線を送ってくる。
その中で近寄ってこようとした友人達に軽く手を上げて大丈夫だと制止する鈴子を抱え込むようにして、藤真は彼女を保健室へと誘導した。
「神部、大丈夫か?」
保健室に入るなり椅子に座りこむ鈴子に、藤真は心配そうに声をかける。
「…うん、しばらくしたら治まるだろうから。ごめんね、藤真君。」
「いや、体調が悪いのか?」
「うん、まあ…」
生理痛です、そんなことは男子に言いたくない。
鈴子は曖昧に答えると机に凭れるように伏した。
「…ベッドに行くか?」
「ううん、大丈夫だから。藤真君、体育館に戻って?」
「こんな状態の神部を置いてけねえだろ?俺のことはいいから。」
「…さすが王子様だね。」
「うるさい。茶化す元気があるんならとっとと治せよ。」
眉を寄せて嫌そうな表情を作り藤真は尤もなことを言う。
それを苦笑しながら見上げた鈴子の顔を見て、驚いたように藤真は彼女の腕を掴んだ。
「てか!お前、顔が白くなってるぞ!?ベッド行け!」
「でも…」
「でもじゃねえよ。ほら、行くぞ。」
そう言うと先程の綺麗な力こぶを見せつつ鈴子を強引にベッドに押し込んだ。
「…マジで大丈夫か?保健の先生がこんな時にいないなんて、ついてないな。」
「ん…まあ、いてもいなくても同じだけど…」
「は?」
「いや、気にしないで…」
「何だよ?わけ分かんねえ。」
「あー…分からなくていいから…」
椅子を枕元に引っ張り出して座った藤真に、溜息をつきながら鈴子は目を閉じる。
幾分か遠のいた痛みに気持ちが緩んだのか、はたまたベッドに入ったことで体から緊張が抜けたのか、頭が回転を止めたようだ。
月に一度のこの辛さ。
慣れるとは思えないし、テンションが下がる。
「…男の子が羨ましい。」
とろんとした思考で呟いた鈴子の言葉に藤真は首を傾げたが、ハッと思いついたように彼女を見た。
「なんだ、生理痛か。」
「え?な…何、で…」
「保健の先生がいなくてもよくて、しばらくしたら治まって、腹を押さえてれば何となく分かるだろ?」
「うそぉ…」
「俺の姉貴も毎月呻いてるから。それに『男の子が羨ましい』とか言ってりゃ、な。」
「…私、声に出してた?」
「おう、バッチリ。そういうとこ、天然だよなー。」
「うっ…」
「そういう神部が好きだぜ?」
「…ああ、ありがとう。」
うつらうつらとしている頭で友達として好きなのだと理解する。
たとえそうだとしても嬉しかった。
ヘラっとした口元でお礼を言えば、拗ねたような声が聞こえてきた。
「お前…真面目に聞いてねえだろ?」
「聞いてるよー。」
「いや、聞いてねえな。お前が好きだって言ったんだぞ?」
「だから、ありがとうって…」
「頼むから真面目に聞けよ。神部が好きなんだ。」
鈴子の耳に低く真剣な声音が飛び込んでくる。
その声に反応するかのようにバチっと開けた目の前には、真っ直ぐに見つめ返してくる藤真がいた。
「…友達としてでしょ?」
「違ぇ、バカ!」
「…え?」
「女として神部が好きだって言ってるんだ!」
「は…?え…私のことが、好き?…え…何で、今…?」
「それは…こんなとこで言うつもりはなかったんだけど、ついうっかりポロっと…」
「えぇ〜…」
「てか、返事はどうなんだよ?!」
「え…今?」
「おう、今。」
自分の失敗を棚に上げて返事を迫ってくる藤真に、鈴子の思考が先程のやり取りをリフレインする。
聞き間違いじゃなければ、藤真は好きだと言った。
しかも友達としてではなく、女として。
え、と…
それはつまり…
理解した途端、鈴子の顔に熱が集まる。
真っ赤になってしまった顔を見られたくなく、バサっと音を立てながら鈴子は頭から布団をかぶった。
「神部?」
「…さっきのは無効!」
「は?」
「人が苦しんでいる時に『ついうっかり』って。…やり直して。」
「いいぜ?何度でも言ってやるよ。神部が…」
「…だから!こんな時にっ…」
また自分の気持ちを口にしようとする藤真に勢いよく隠していた顔を出せば、ニヤリと笑う彼と目が合った。
「俺は何度でも言えるけど、お前は何回も聞けるのか?顔、赤いぞ?」
「なっ…」
「仕切り直してもいいけど、そうしたら答える方が恥ずかしいと思うけどな?」
「うっ…」
「ここは一つ、素直に返事をした方がいいと思いますけど?神部サン?」
クックッと笑う藤真に言葉が出てこない。
きっと見抜かれてしまっている。
鈴子が藤真の言う意味で彼のことが好きだということを。
乱暴に身体を反転させた彼女の頭を大きな手が優しく撫でてくる。
降参の意味を込めて鈴子がその手を握れば、背を向けて見えないはずの藤真の顔が一段と笑ったのが分かった。
2013.10.30. UP
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夢幻泡沫