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首筋のうしろが熱い

01



女として終わっている。

…なんて思っても体が動かない。
意識もあるのかないのか…。
朦朧とする頭で5階に辿り着いた…と、その時は思った。
そこから先は記憶にない。



いつもの朝。
ロードワークに出た昴は、飲み物を取りに5階へあがる。
玄関を開けてギョッとした。
倒れている人がいるではないか。
暗めのパンツスーツで身を固めていて、手には要が買ったブランドバッグ。
琉生が手掛けたという前髪長めのミックスかーる…ナンとかカンとか。

…よく分かんねえが、つば兄が『オトナかーいー!オサレー!!』とか騒いでいたような。

家にあまりいないが、新しく家族になった姉貴…結麻姉だ。
しばらく姿を見ていなかったから、泊まり込みの仕事だったのだろう。
昴はその場にしゃがむと、遠慮がちに肩に手を置いた。

「姉貴…姉貴、こんなとこで寝んな。」
「…」
「姉貴…?」
「…」

無防備になっている自分の体に他人が触れたことに、瞬間的に意識が戻る。
結麻は肩に置かれた手の親指だけを掴むと、躊躇いなく外側に反らした。

「いっ…!?」

声にならない叫び声とともに退いたそれから自分も離れるように、素早く起き上がり後ろに下がる。
そこで結麻は目を大きくした。

「…す、ばちゃん?」
「…」
「え…今の、すばちゃんが?」
「…姉貴が寝てたから起こしただけだよ。『とりあえず攻撃』って、警察としてどうなんだ…?」

痛さを払うかのように眉を顰めて手を振る昴が、目を細めて姉を詰る。

「ごめん!意識が朦朧としてて…指、大丈夫?」
「痛え。」
「ごめんっ!本当にごめんなさいっ!!」
「いいよ、もう。それより姉貴こそ大丈夫か?」
「え?」
「そこで寝てたみたいだけど。」
「ああ、やっぱり落ちてたのか…。まあ…捜査が厳しくてね。ねえ、すばちゃん。ちょっと手伝ってくれない?」
「あ?何を?」
「安心したら動けなくなっちゃった。ソファまで肩かしてくれると嬉しいんだけど。」
「か、肩っ!?」
「別にいいでしょ?普段から鍛えてんだから、私を支えるくらいなんてことないはずよ。」
「そりゃそうだけど…」

結麻姉の体を支える…って、触ることだろ…

少し想像しただけで、昴の顔がボッと赤くなる。

「…あのねえ。すばちゃん、20歳でしょ。6つも年上のおばさんに反応してどうするのよ。」
「…」
「いいから助けて。ね、お願い。」

片手で『おいでおいで』と手招きする姉に昴の口からため息が出た。

「分かったよ。」

ぐい、と結麻の伸びた手を引く。
すると簡単に彼女の体は持ち上がった。
支えるというよりは抱えるようにして移動し、ソファに寝かす。

「ジャケットぐらい脱いだ方がいいんじゃないか?」
「そうだね。」
「…飯、ちゃんと食ってた?」
「…」
「食ってないんだな?」

顰められた昴の眉に、結麻は苦笑した。

「…刑事ドラマじゃないけどね、食べられない時もあるんだよ。」
「でも、食わないと…」
「…すばちゃん、右京先生みたい。」
「…京兄と一緒にすんな。」

嫌そうに深くなった皺に空笑いすると、結麻は力が抜けたように目を閉じる。

「すばちゃん、ありがとう。」
「ん。」
「もういいよ。すばちゃんもやることあるでしょ、行って?」
「大丈夫か?」
「…ん。」
「雅兄とか京兄とか呼んでくるか?」
「いや、いい。2人とも、今日も仕事があるんだし。私も…少し落ち着いたら、部屋に戻るから。」
「…じゃあ、それまでここにいる。」

開くことのない結麻の瞼に、昴は心配顔だ。
それを見ることなく結麻の意識はまた霧がかかった。



「おや、昴。おはようございます。珍しいですね、リビングにまだいるなんて。」
「おはよう、京兄。」

いつもの時間、朝食を作りに上がってきた右京が穏やかに声をかける。
それに対して返ってきた昴の声はいつもより小さく、右京は首を傾げた。

「どうしましたか?調子でも悪いのですか?」
「いや、俺じゃなくて…」
「あなたではない?」
「姉貴が…結麻姉がここにいて。」

おや、と右京は目を丸くすると静かにソファに近づいた。
背もたれの向こうに確かに結麻がいる。

「ロードワークから帰ってきたら玄関で倒れてた。結麻姉は捜査が大変だって言ってたけど…歩くのもしんどそうだった。だからとりあえず結麻姉が自分の部屋に戻るまではここにいようかと思って。」
「そうでしたか。昴がいて心強かったでしょうね。」
「そっ、そんなこと…っ!!」
「昴、静かに。結麻さんが起きてしまいます。」
「あ…」
「時間があるのでしたらそこにいてあげなさい。これからうるさいのがわんさか来ますから。」
「…ああ。」

右京は朝食作りに戻る。
キッチンから時折そっと昴の様子を伺えば、リラックスしたように愛しそうな表情で結麻を見ていた。
あの昴が、と右京はクスリと笑いながら支度を進めるのだった。



「おはよう、すばちゃん。いい役とったねー。」
「かっ、かな兄!い、いい役って…結麻姉、寝てんだから…」
「あ、ホントだー!昴、ずりー!!」
「つば兄、うるさいっ!」
「そういう昴の方がうるさいけどね。」
「っ、あず兄…」
「すばるん、ずるーい!ゆーちゃんひとりじめー!!」
「弥…」
「すば兄、結麻姉どうしたの?」
「玄関で倒れてた。」
「えー!?たいへんっ!僕、まーくんよんでくるっ!!」
「あっ、弥…っ!」
「てことは、すば兄がここまで結麻姉を運んできたのか?かっけー!!」
「侑介ー。それ、微妙にズレてんぞー★」
「…髪、お手入れ、してない…」
「琉生もね。」

結麻が目を閉じているのだから、寝ているなり具合が悪いなり気の遣いようがあるはずだ。
それなのに兄弟達ときたらソファにどんどん押しかけ、遠慮なく覗き込み、周りでわいわいと話している。
昴は思い切り大きく息を吐くと、だんとローテーブルを叩いた。

「…結麻姉が寝てる。静かにしろ。」
「…ハーイ…」

ピタリと止まった喧騒に満足し、昴はまた結麻を優しく見つめた。
ダイニングの方では右京と絵麻がテーブルに料理を並べ終わったようで、おとなしくなった兄弟達を呼ぶ。
次々と席に着く中で、エプロンを外した絵麻が昴を呼びに来た。

「おはようございます、昴さん。お姉ちゃんのこと、ありがとうございました。あとは私がしますので、昴さんも朝ごはんを食べてください。」
「あ、いや…俺は…」
「…絵麻もご飯を食べちゃいなさい。私は大丈夫だから。」
「お姉ちゃん。起きてたの?」
「そりゃ、あれだけ周りで騒がれたら。すばちゃんもありがとう。」
「もう大丈夫なのか?」
「…」
「…」
「…」
「…まだダメみたいだな。」
「…絵麻。悪いけど、いつもの作ってくれる?食べ終わってからでいいから。私、しばらく部屋で休んでる。」
「うん、分かった。お姉ちゃん、無理しないでね。」
「分かってる。」
「分かってないからまた倒れたんでしょ。」
「高校生が生意気な口を利いて。」

可愛い妹の柔らかい頬を軽くつねると、結麻は立ち上がった。
…が、ふらりとバランスを崩す。

「…っと…」
「俺が運ぶ。」
「え…?」
「姉貴、つかまってろ。」
「すみません、昴さん。お願いします。私、荷物持ちます。」
「ああ、頼む。」

結麻が口を挟む間もなく、ヒョイと彼女の体が宙に浮いた。

「え、あ…すばちゃん…」
「行くぞ。」

しっかりとした足取りで歩き出した昴の後を、絵麻が追うようにしてリビングを出ていく。
兄弟達は呆気に取られて見送るしかなかった。



「…すば兄…かっけー…」
「でも、見たー?昴の顔、真っ赤だったぜ★」
「うん、首筋のうしろまで真っ赤だったね。」
「いやー、すばちゃんにもとうとう春がきたねー!」
「具合、よくなったら、髪の毛、お手入れ、しなきゃ。」
「俺もすば兄と一緒に筋トレすっかな…」
「昴のヤツさー、自分の手が彼女のムネに当たんないビミョーなとこで彼女のこと抱いてたぜ★」
「彼女のこと、彼女の前だと絶対に『結麻姉』って呼ばないよね。昴、自分で気がついてるかな。」
「すばちゃん、照れ屋さんだからねー。」
「髪の色、もう少し、明るくても、いいかも。」
「…まあ、温かく見守るとしましょうか…。さあ、お前達はしっかりと食べなさい。」


2016.12.08. UP



110000HITS記念リクエスト。
れっど様からの『絵麻の実姉。26歳、刑事。玄関で倒れているところを昴に見つけられる。自主的に看病する昴を兄妹達は生暖かい目で見守る事に…。』です。
他にも細かい設定をたくさんいただいたのですが、活かしきれていない…。
ちなみに右京さんを『右京先生』と呼んでいるのは、刑事と弁護士だから社会的に関わりあるでしょ?と夢沫が勝手に想像したものです。
昴と侑介のDTコンビ、かわいいですよねー♪
愛でたい!!

れっど様、長らくお待たせいたしました。
リクエスト、どうもありがとうございました。




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夢幻泡沫