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con amore
01
「…と言うことで、来週の調理実習はお弁当を作ります。予算オーバーしないように材料を用意してくること。いいですね?」
チャイムと共に終わった授業の後の教室は、ザワザワとざわめきが止まなかった。
「かなちゃ〜ん、材料一緒に用意しようよ!」
教科書を片付けていた奏子に、友人の美緒と直が声をかけてくる。
「もちろん!実習の前の日に買いに行こう?」
「OK。3人で買って分けた方が、材料がたくさん手に入るもんね。」
「うんうん。」
3人で顔を合わせニッと笑い合うと、昼食の準備を始めた。
母親が用意してくれる弁当はいつ見ても彩りが綺麗だ。
それぞれが持ってきた弁当を見て、奏子達は何を買おうかと計画を立てながら食べた。
普通科2年に所属している日種奏子は、他の生徒と少し違う。
不定期に開催されている星奏学院学内コンクールに参加したのだ。
リリと言う摩訶不思議な音楽の妖精が見えてしまった奏子は、断ることを許されずに全4回あったコンクールを乗り切った。
結果は『普通科にしてはいい演奏をしていて頑張った』程度だったが、参加したおかげか校内で有名人となった。
同じ立場の人物がもう一人いる。
土浦梁太郎。
彼の場合はコンクール結果も3位と見事なものだったが…。
何かと相談したり一緒に行動したりしているうちに特別な感情が芽生え、いつの間にか2人は付き合うようになっていた。
コンクール後も土浦は音楽を続けると決め、人前でもピアノに向かうことが多くなった。
彼は柔らかくてスケールが大きく、それでいてとても繊細な音を出す。
土浦が練習している部屋の片隅で宿題や課題をしながら待っている時間が、奏子は大好きなのだ。
「奏子!」
そう、こうやって放課後に練習する時は土浦が奏子の教室に寄る。
「何?」
「俺、今日学校で練習してくわ。奏子はどうする?」
「待ってる。」
「どこで?」
「梁太郎の練習室。」
「邪魔すんなよ?」
「いつもしてないでしょっ!」
ニヤリと笑いながらからかう土浦に、奏子はバカ正直に反論する。
そのくせにさり気なく奏子の荷物を持ったり、人とぶつかりそうになった時は庇ったりする。
その度に素直な奏子は頬を染めて『ありがとう』と嬉しそうに笑う。
土浦は彼女のその笑顔に穏やかに笑い返す。
有名人同士が交わす馴染みのやり取りを、周りは慣れた様子で見ているのだった。
「そう言えば聞いたぜ?今度の調理実習、弁当を作るんだろ?」
「あ、うん。」
「作ったのを誰かに食わせて感想を聞くんだって?」
「そうだよ。よく知ってるね。」
「クラスの女子が騒いでた。お前、誰に食わせるんだ?」
練習が一段落したようで、土浦がピアノに凭れかかりながら奏子を見る。
奏子も問題集から目を上げて土浦を見ると、何か企むような楽しそうな顔で土浦が笑っていた。
話題の調理実習は明後日に迫っている。
「まだ決まってないけど…直か美緒かな。」
「俺が食ってやるよ。」
「えー…」
「何だよ、腕が心配か?」
ニッと笑ってきた土浦に奏子はムッと口を尖らした。
「そんなことないよ。家でたまにお昼とか夕飯とか作るもん。」
「ほお?そりゃ楽しみだな。」
「食べてなんて言ってないでしょ!?」
「なんだ、やっぱり自信がないのか?」
「もうっ!自分が料理に関して少しうるさいからって!!梁太郎には絶対に食べさせないっ!!」
本格的にむくれてしまった奏子は広げていたノートや参考書などを乱暴にバッグにしまう。
「…おい?」
「帰る!」
「待てよ、送ってく!」
「いらないっ!!」
ちょっとしたボタンの掛け違いが思った以上に大きくなってしまった。
土浦はドアがバタンと閉まるのを呆然としながら見る。
調理実習の話を聞いた時、奏子が作った弁当を食べたいと率直に思った。
ただそれを素直に言うのが恥ずかしくて、ついついいつものようにからかってしまったのだ。
もう練習する気にもなれず、ふう…と深く息を吐き出すと土浦もガタガタと片付けて練習室を出た。
それから二日後、昼休みになった途端に土浦は教室を飛び出した。
奏子の調理実習は今日の3、4時間目。
正に終わったばかりだろう。
昨日も今日もどんな偶然か、奏子とは会えなかった。
顔を合わせることも、まして廊下ですれ違うなんてこともなかった。
こんな時に限って…と苦く思いながら2年5組に行ってみると、男子だけがいる空間になっていた。
「…加地!」
「やあ、土浦。どうしたの?」
「奏子は?」
「日種さん?まだ帰ってきてないよ。女子はさっきの時間まで調理実習だよ。」
「んなもん、知ってる!」
「…ああ、もしかして日種さんのお弁当狙い?羨ましいなあ。」
ほわんと頬を緩ませる加地に構っている時間も惜しい土浦は、返事もそこそこに5組から離れた。
その足で家庭科室へ向かう途中、直と美緒とすれ違う。
「おい、奏子は?」
「え?もうとっくに家庭科室から出て行ったけど?なぁんだ、やっぱり土浦君に食べてもらうんだ。」
「は?」
「かなちゃんったら照れちゃって!何が『火原先輩に食べてもらう』よ!」
「…奏子がそう言ったのか?」
「うん。」
「ちっ!!」
鋭く舌打ちした土浦に直がどうしたのかと首を傾げる。
「奏子と会ってないの?」
「ああ。」
「奏子、森の広場へ行くって言ってたけど?」
「…そうか、サンキュ。」
ひらりと片手を上げて踵を返す土浦に直と美緒は顔を合わせた。
「…私、余計なことしちゃったかな?」
「ご飯のこと?…ま、もう描いちゃったことだし。」
「かなちゃんと土浦君、ケンカでもしてるのかな?」
「あの反応は微妙なとこだね。」
「こじれなきゃいいけど…」
「うん、後で聞いてみよう。」
互いに顔を見合わせてふうと溜息をつくと、2人は教室へ戻っていった。
出来あがった弁当は満足いくものだった。
まだ温かいそれを包んで奏子は約束した場所へ向かう。
「日種ちゃ〜ん、こっちこっち!」
そこには先に来ていた待ち合わせ人が、ニカっと笑ってブンブン手を振っていた。
「火原先輩、お待たせしました。」
「ううん、おれも今来たところ。」
傍らに購買で買った紙袋が置いてあるところを見ると、あながち嘘ではないらしい。
その袋から飲み物のパックを取り出すと、はいと奏子に差し出してきた。
「お疲れ様と、ありがとうってことで。」
「えっ!?そんな…いいですよ!」
「いいっていいって!おれ、先輩だし!」
後輩に頼られるのが嬉しいのか、ニコニコと笑いながら火原はベンチに座った。
奏子もその隣に腰掛ける。
「…でもいいの?おれが本当にもらっちゃって。」
「いいんです!…私の方こそ面倒なこと押し付けちゃってすみません。」
「そんなことないよ!どうせいつも持ってきてるだけじゃ足りなくて、購買に走るくらいなんだし。ただ…土浦じゃなくていいのかなって。」
「それは一昨日聞いてもらったじゃないですか。梁太郎が悪いんです!!」
あのケンカ別れの後、一人でいた奏子は火原と会った。
世間話をしていたはずが段々と土浦に対する愚痴話となり、最終的に先程のケンカ話になってしまった。
その延長で調理実習の話になり、火原に感想を求めることになったのだ。
火原はずっと困ったような反応だったが、弁当を食べられるということに魅かれたらしい。
土浦に悪いと言いながらも、その顔は楽しみなのか笑っていた。
「と言うわけで、お弁当です。食べてくれますか?」
膝に乗せていた可愛らしい包みごと火原に渡せば、パアッと顔が輝く。
「あー…ホント、土浦に悪いなあ。でもいただきます!」
パンッと勢いよく両手を合わせてウキウキと開けると、色彩豊かな弁当が顔を覗かせた。
卵焼きの黄色。
茹でブロッコリーの緑色。
プチトマトの赤色。
ウインナーの茶色。
「うわあっ!すっげーうまそう!!」
「本当ですか?」
「うんっ!たくさんあってどれから食べていいか迷っちゃう。」
「どれからでも。火原先輩のお好きなように。」
無邪気に満面の笑みを浮かべる火原に、奏子も嬉しそうに笑い返す。
二段弁当のおかずは合格のようだ。
火原は笑顔のまま下の段を開ける。
そこにはご飯が詰められていて、白色の上にはピンク色のハートが描かれていた。
「…やっぱり土浦じゃないのかなあ?」
「これは、友達が悪ノリしてっ!…食べてくれませんか?火原先輩に食べて欲しいんです。」
何故かガクンと落ち込んでいる火原に、奏子は困ったように眉を下げる。
そのまま見上げてきた彼女に火原はわあっと慌てた。
「そんな顔しないで、日種ちゃんっ!ごめんねっ!!」
あわあわと挙動不審な行動をした後、少し躊躇いながらも奏子の頭をポンポンと撫でる。
「…食べてくれますか?」
「もちろん!」
「よかったです!」
「ホント、うまそうだよ!いただきます!!」
再び手を合わせて火原は笑顔で言った。
こんなに全力疾走をしたのは久し振りかもしれない。
スポーツをする以外で走るなんてことはずっとなかった。
サッカー部を辞めてピアノに本腰を入れるようになってからは、いつも隣に奏子がいたから。
頭一つ小さい奏子は歩幅もまた小さく、合わせて歩くとついついゆっくりになってしまう。
そんな緩やかな時間が心地よいと感じるようになったのはいつの頃からだろう。
今だけは無駄に広いと感じる森の広場をひたすら駆けて行けば、遠くに見慣れた2人が仲良く座っていた。
隣り合って楽しそうに喋りながら笑っている。
じゃれ合っているような雰囲気の中で、奏子が頭を撫でられていた。
近寄ろうとした土浦の足が止まる。
チリチリと胸が燻ぶるのを感じた。
同時に酷く焦っている自分が分かる。
目を大きくした先では、手に取った箸が弁当をつつこうとしていた。
「…火原先輩っ、待ったっ!!」
思わず大声を出した土浦に、2人は瞬時に顔を彼に向ける。
結構なスピードで詰め寄ると、土浦はハアと息をついて火原の前に立った。
「すいません、火原先輩。それ、俺のです。」
「えっ!?あ…そうだよね。やっぱり土浦が食べた方がいいよ。ね、日種ちゃん?」
「でも…」
「いいからいいから!おれ、教室に戻るね!」
「ありがとうございます。今度、カツサンド奢りますから。」
「おう!いっぱい買わせてやる!」
呆気に取られていた火原だったが、ニコリと笑うと座っていた場所を快く土浦に譲った。
気分を害した様子もなく去っていく先輩の後ろ姿に手を合わせたくなる。
土浦はペコリと頭を下げると、ベンチに置かれた弁当を見た。
「…何で火原先輩に食わせようとしたんだよ。」
「梁太郎には関係ないでしょ!?」
プンとそっぽを向く奏子に土浦はガシガシと頭を掻くと、弁当を取りあげて隣に座った。
「邪魔してくれちゃって…誰にお弁当食べてもらえばいいのよ?」
「俺がいるだろっ!」
即座に返した土浦に奏子は目を丸くする。
気まずそうに視線を逸らした顔が心なしか赤くなっていた。
そんな土浦の態度に、奏子のむくれていた気持ちも凪いでくる。
「…ご飯の上にハートなんか描くなよ、ベタすぎだろ。」
「それは美緒が勝手に描いたの。」
「しかも火原先輩なんかに渡して…」
「だって約束したんだもん。火原先輩も『いいよ』って言ってくれたし。」
「…他の男に食わせんな。俺が食ってやるから。」
そう言ってから一気に食べ始めた土浦の顔はさっきより赤く染まっていた。
言われた奏子の顔も負けずに赤い。
「…どう?」
「美味いぜ。」
「よかった…」
ホッと息を吐き出す奏子が可愛くて仕方ない。
土浦は悪かったと心の中で謝りながら、ニコニコと笑う奏子の頭を撫でた。
2013.07.22. UP
初リクエスト!
mita様からの『他のアンサンブルメンバーと親しくする主人公にやきもちをやいてしまう土浦くん』です。
やきもち妬いているでしょうか?
ツンデレ台詞が言えているでしょうか?
mita様お望みのつっちーになっているでしょうか?
甚だ不安で仕方ありません…。
ですが、『いつか一緒に』とは全く違う主人公で楽しく書かせていただきました。
リクエスト、どうもありがとうございました。
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夢幻泡沫