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con tenerezza

01



「葵くん!」

校門をくぐった加地の耳に心地よく響く聞き慣れた声。
キョロリ、と視線を動かせばすぐにその姿が目に入った。

「茜ちゃん。」
「おかえり、葵くん。」
「ええ、ただいま。どうしたの、ここまで来るなんて。」
「おじさまから伝言。『今日は横井の家でごちそうになりなさい』だって。だから迎えに来ちゃった。」
「それ、本当?僕の携帯には…ああ、留守電が入っている。」

バッグから取り出した電話を見て加地は耳に当てる。
留守電サービスに入っていた言葉は、茜が言っていたそれと同じだった。

「おじさま、おばさま同伴のお仕事が入っちゃったみたい。」
「なるほどね。そしたら…」
「あー…加地。話してるところ悪いが、その人は誰だ?」
「ああ、ごめん。この人は僕の幼馴染で横井茜さん。茜ちゃん、この人達は学院で親しくさせてもらっているんだ。こっちから土浦、火原先輩、柚木先輩、志水くん、冬海さんだよ。」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。はじめまして、横井茜と申します。…梓馬さんはお久し振りです。」
「お久し振りです、茜さん。加地くんとお知り合いだったんですね。」
「はい。」
「茜ちゃんは柚木先輩を知ってるんだ?」
「梓馬さんのところでお花を習っているから。」

にこやかに挨拶をしていた茜だったが、小さく眉を寄せて加地を見た。

「…もしかしてみなさんでどこか寄る、とか?」
「ああ、うん。文化祭の買い出しをして、お茶でもしようかって。でも、僕はこれで失礼させてもらうよ。」
「あ、そんなのいいって。私、先に帰るわ。」
「いや、これからどんどん暗くなるし危ないよ。僕と一緒に帰ろう?」
「ダメよ、葵くん。」
「でも…」
「お付き合いはしっかりと。そうでしょ?」
「…」
「茜さん。もしよかったら僕達とお茶はいかがですか?」
「あ、いえ。私は先に帰ります。割って入ってしまいすみませんでした。梓馬さんのお気持ちはありがたく。」
「そうは言うけど…加地くんの言う通り、これから暗くなるから女の子一人は心配です。お家に帰るのは遅くなってしまうけど、いかがかな?そうすれば加地くんにも茜さんにも問題ないと思うんだけど。ねえ、火原?」
「えっ!?あ、うん!そうだよ!よかったら俺達とお茶しようよ!」

綺麗に微笑む柚木と元気に笑う火原に誘われ、他のメンバーからも『一緒にどうぞ』と誘われ。
断り切れずに茜は一行にお邪魔することになった。



買い出しも無事に終わって近くの喫茶店へ。
テーブルをつけてもらい、広めの席に7人は腰を掛けた。
夕飯があるから軽めに、と言いながらメニューを開く。

「茜ちゃん、何にする?」
「んー…ケーキ?」
「やめときなよ、おばさんのご飯が入らなくなっちゃう。」
「でもコレ、美味しそうなんだもの。」
「分かった。テイクアウトもできるから買って帰ろう。夕飯をごちそうになるし、僕からの手土産にすればいいよ。そうすれば、おばさんもおじさんも何も言わないだろうしね。」
「うふふ。ありがとう、葵くん。」
「どういたしまして。さ、別のものを選ぼう。」

一つのメニューに額を寄せ合って眺める様に、他の人達は顔を見合わせる。
この雰囲気は割って入りにくい…と思いつつ、火原と志水にせっつかれて土浦が『あー…』と言葉を濁して声を発した。

「…あのさ、加地。ちょっと聞きたい事があるんだが。」
「なに?」
「お前と横井さんは付き合ってるのか?」
「いやだなあ、土浦。言ったじゃないか、幼馴染だって。」
「…幼馴染ってそんなに仲いいもんか?」
「さあ?他は知らないけど、僕達はずっとこうだよ。」
「…あっそ。」
「何だよ、それ。自分から聞いといて。」
「気にするな。さっさと注文しちまおうぜ。」

互いに首を捻っている加地と茜に呆れつつ、土浦は全員に促す。
注文してからしばらくして順々に届いたドリンクや軽食をつまみつつ、自己紹介が始まった。

「へー、横井さんって雅ちゃんと同じ学校なんだ。お嬢様なんだねー。」
「横井家は代々続く旧家でね、ここ何代かは議員をされているんだよ。」
「うはー、柚木それほんと?正真正銘のお嬢様なんだ。すごいなあ。」
「そんなことないですよ。すごいと言うのなら、それは父や祖父ですから。私はまだ学生の身です。」
「…加地先輩の、お父さんも…代議士、でしたよね…確か。」
「やっぱり住む世界が違うんだな。そういうヤツ同士って集まりやすいもんなのかね?」
「なに、それ。僕と土浦は同じでしょう。」
「いやいや、ボンボンにそう言われても…」
「加地先輩と、横井さん…お似合い、です。」

はあー、という溜息に加地と茜は顔を見合わせて苦笑う。
こんなことは言われ慣れているので、二人とも右から左に聞き流した。
そこに、思いついたように頭をクンとあげて火原が茜に訊ねる。

「あ、ねーねー。横井さんに聞きたいんだけど、加地くんってどんな子だったの?」
「え?葵くんですか?」
「うん。」
「そうですねえ…」
「茜ちゃん、変な事は言わないでよ?」
「変な事って?負けるとよく泣いたとか、一人でお留守番が怖くて『助けて』って電話してきたとか、お父様の書斎にあった飾り皿を割って怒られた…とか?」
「ちょ…ひどいよ、茜ちゃん。それに飾り皿を割った件は、茜ちゃんも共犯だ。」

慌てて口をはさんでくる加地に茜はにっこりと笑う。

「ふふっ、小さい頃の話でしょう?気がついたら何でもそつなくこなしているし、人当たりも柔らかいし、女の子にはもてているし。」
「茜ちゃんこそ、学校の成績は優秀だって聞いているし、友人も多いみたいだし、芸能界からもスカウトが来たんでしょう?」
「あら、何で知っているの?」
「父さんがなぜか自慢していたんだよ。」
「おじさまが?」
「そう。『茜ちゃんのおじさんなら分かるけど、何で僕の父さんが?』って、家族で呆れていたんだけどね。だけど心配だなあ。茜ちゃん、年々綺麗になっていくから。」
「しっかりお断りしたわ。芸能界は興味ないもの。」
「うん、それがいいと僕も思うよ。」

加地と茜がクスクスと笑い合う。
その様子を、柚木は微笑ましそうに眺め。
火原は顔を赤くし。
土浦は白けたようにドリンクを飲んだ。

「…お前ら、爆発しろ。」
「え?土浦、何か言った?」
「いーや、何も。買い出しも終わったことだし、そろそろ解散しますか?」
「そうだね。あまり遅くなってもそれぞれのご家族が心配されるだろうしね。」
「今日は誘っていただき、ありがとうございました。文化祭、成功するといいですね。」
「…横井さんも、ぜひ…遊びに、来てください…」
「あ…私も、また…お会いしたい、です。」
「ありがとうございます。葵くんに詳しく聞いておきますね。」

席を立つ茜の椅子をさり気なく引き、彼女のバッグを持つ加地を見上げてそう言えば。
その視線に気がついた加地が優しく目を細める。

「うん。後で詳しくね。」
「ありがとう。」

店を出る時には当然のようにドアを押さえて茜が出るのを待つ。

「ごちそうさまでした、柚木先輩。」
「梓馬さん、私までいいのでしょうか?」
「構わないですよ。有意義な時間を過ごせて、こちらこそありがとうございます。あ、火原はおごらないよ?後輩じゃないしね。」
「えー!?そんなあ!!」
「それじゃあ、僕達はこれで失礼します。茜ちゃん、行こう。」
「ええ。」

並んで歩く時は、加地が自然に車道側を歩き。
ペースはもちろん茜に合わせて…。

「…あれ、本当に付き合ってないのかよ?」
「加地くんかっこいいねー!おれもああいうの、やりたい!」
「…火原はそのままがいいんじゃない?」
「えー!?どういう意味だよ、柚木−!?」
「俺も火原先輩はそのままの方がいいと思います。」
「なんだよー、土浦まで!」
「じゃあ、僕達もそろそろ帰ろうか。冬海さん、送っていくよ。」
「え、そんな…」
「いいから、遠慮しないで。ね?」
「…ありがとうございます。」
「…横井さん…また、お話…したいです。」
「そうだな。文化祭で会えるといいな。」

幼馴染と言われても、もう見えなくなった二つの背中は随分と近かったように感じたが…。
加地と茜が醸し出す雰囲気に飲まれっ放しだった土浦達も、各々の家路へと着いた。


2017.06.26. UP




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夢幻泡沫