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焦がれてやまない
01
シュートを決める瞬間、いつも同じ映像が目の前に浮かび上がる。
放ったボールが映像の軌跡と同じアーチを描けたらシュートは必ず決まる。
ゴールネットの音だけが聞こえてくる、芸術のようなシュート。
私の理想は昔も今も彼だ。
「…う、そ…いる…」
眼下で繰り広げられている激闘の中に幻影を見たような気がして、思わずフェンスから身を乗り出した。
高校に進学してから一度も試合に出てこなかった彼に、バスケはもうやめてしまったのかととても残念に思っていた。
レギュラーになれない、なんてことは彼の実力的にあり得ない。
進学先がバスケの強豪校でないからなおさらだ。
全中出場チームのキャプテンだった彼なら1年の時からレギュラーになれるはず。
だから高3にもなってからの出場が信じられなく、何度も瞬きをして確かめる。
…いる、三井寿がコートに立っている。
「先輩?」
「…ごめん、何でもない。今年の男子、ハイレベルだね。」
「はい。湘北なんてダークホースもいいところですよ。だって翔陽を破っての決勝リーグにコマを進めてくるなんて…。去年2位の翔陽を破るとかあり得なくないですか!?」
「…試合に絶対はないってことでしょ。私達も最後まで気を抜かないようにしないとね。」
「はい!必ず全国行きましょう!」
帰るために移動していたのに急に立ち止まってフェンスから覗き込むように体の向きを変えたものだから、私の後ろを歩いていた後輩がわわっとバランスを崩してぶつかってきた。
謝る後輩にこっちこそごめんと会話しつつ、目はコートから離れない。
部活は団体行動だと分かっているが、体育館に残って最後まで試合を見ていたかった。
バスケを始めたのは小学生になってから。
ただ楽しいだけのボール遊びに悔しさや苦い思いが混じるようになったのは小学校高学年から。
中学では当然のようにバスケ部に入った。
地元の公立中だからそれほど強くなかったけれど、ミニバスから一緒に過ごしてきたメンバーと笑いながらも毎日遅くまで汗を流していた。
『まあ、言っても部活だし』とどこかで見切りをつけていた私の気持ちを変えたのは三井だった。
爽やかスポーツ少年の容貌をしていた彼は、爽やかではなかった。
勝利に貪欲な熱血少年だったのだ。
練習中も常に本気で周囲が若干引いていたし、時にはぶつかってもいた。
けれど試合になればあれほど頼りになる存在はいない。
三井にボールを回せば必ず得点につなげるプレーをしてチームを引っ張っていた。
彼の武器である3Pシュートはとても美しく、何となくシュートを打っていた私の理想になった。
意識するようになってから私のシュート率はぐんぐん上がり、いつの間にか3Pシューターとして重用されるようになり、毎試合スタメンで出て、3年の夏は県大会で惜しいところまでいった。
その試合を見ていた高校からスカウトも来て、バスケ強豪校でしごかれて3年。
今年も無事に全国の切符を手に入れた。
三井が私の理想となってから毎朝のルーティーンにしたのは、ジョギングとジョギングのゴール地点にあるバスケコートでのシュート練習。
天候の悪い日以外は欠かしたことがない。
朝早く起きるのはつらいものがあるけれど、いつでも三井のようなシュートが打ちたいという気持ちの方が毎朝のつらさを超えている。
タオル、水筒、ボールの3点セットを入れたリュックを背負って今日もルーティーンを。
ゴールポストの裏にリュックを置いて、あとはひたすらシュートを繰り返す。
ジョギングした後の疲れた状態で打つのは、試合中に少し似ている。
できるだけ少ない球数で、できるだけ短いモーションで、自分で決めた目標数を達成できるよう三井の放物線を思い描きながらゴールを狙い定めた。
「ちっ、先客か。」
そんな声が聞こえたのはシュート練習を始めてどれくらい経っただろうか。
ガコンとバックボードを鳴らして真下に落ちたボールを取りに行った時。
サイドラインに立ってこっちを見ているその人に私は驚いた。
「三井!」
「あ?」
「三井でしょ?」
「…お前、誰だ?オレのこと知ってんの?」
「私、同じ中学だった見門。見門薫。」
「…おー、見門か。」
「…ちゃんと思い出してないでしょ?」
自信なさげな声音に思わず半眼になる。
気まずそうに視線を外した三井はガシガシと後頭部を掻きながら、それでも近づいてきた。
「三井も練習しに来たの?ここで会うの、初めてだね。」
「…お前、いつもこの時間に来てんのか?」
「うん。三井もここで練習してるの?見かけたことないけど。」
正確に言えば高校に入ってから見かけていない。
中学の時はここで自主練をしているのを何度も見た。
だから私もここで練習するようになったのだから。
「オレは…いつもだったらもうちっと後なんだが、あー…まあ、今日は長く練習しようと思って。」
「そうなんだ。私は家がちょっと離れているから、この時間に。じゃないと学校に遅刻しちゃうから。」
「どこ行ってんだ?」
「瑞穂。」
「…女バスのチョー強ぇところじゃねえか!なに、お前ベンチ?」
「だよ、6番。」
「しかもポジション同じかよ…。あっ、思い出した!お前あれだろ?1番から移動した奴だよな?」
「その覚え方もどうかと思うけど。そう、見門薫です。」
「おー、見門!久し振りだな!」
「よかった、ちゃんと思い出してくれたようで。三井は湘北でしょ?この間の海南戦で見かけた。どうだった?」
「…」
返事の代わりに三井の顔が歪む。
重くなった空気に聞かなきゃよかったと後悔した。
「…リーグ戦でよかったじゃない!まだ1敗でしょ?挽回できるって!」
「…だな。お前んとこは?」
「ウチはよっぽどのことがない限り、2勝と得失点差で全国は決定。残りの試合も当然勝つつもりだよ。全勝しないとスタメン外すって先生から脅されてて。」
「おーおー、全国常連校は違うな。」
「湘北、今年すごい頑張ってるよね。三井はどうして14番なの?三井の実力なら4、5、6辺りだと思うんだけど。ベンチ全員3年ってわけでもないんでしょ?」
「…あー…なんだ、その…いろいろあってな…」
「…ふうん。」
これも聞いちゃいけない内容だったか。
また渋くなってしまった表情に気まずくなる。
それをまぎらすようにその場でボールをついた。
「コート全部使いたい?」
「…いや、向こう半分使えりゃいい。いいか?」
「もちろん。私、もうちょっとしたらあがるつもり。それまで半分で我慢してください。」
「ああ。」
ここに来た理由は三井も私も同じ。
自主練に使える時間は限られている。
シュート練習を再開した私につられるように三井も練習を始めたようだ。
背後から一定のリズムでゴール音が聞こえてきた。
練習を終えて水分補給をしながら三井の練習を眺める。
私の理想となった軌跡は相変わらず美しいまま。
ボールを放つ瞬間まで気を抜かない繊細な右手の動きは高校生になった今でも柔らかくしなやかで、妬ましくさえある。
こうして間近で見ると改めて思う、三井のシュートは私の理想だ。
目に焼き付け直すようにしばらく見た後、タイミングを見計らって声をかけた。
「三井。私、帰るね。」
「おう、遅刻すんなよ。」
「三井こそ。最終戦、お互い頑張ろうね。一緒に全国へ行こう!」
「たりめーだ。」
まじめな顔で返事をした三井はすぐに背を向けてしまう。
それが三井らしくてふっと口元が緩んだ。
高校最後の夏。
全国の壁は高く、分厚かった。
私は初戦で、三井は三回戦で敗退した。
けれど三井達の湘北は男子の王者、山王を破ったのだ。
限界を超えていたと思う。
満身創痍だったと思う。
けれど、最後まで諦めない姿勢に胸が熱くなった。
チームメイトを信じる絆に感動した。
あの試合で見た三井のシュートを私は生涯忘れはしない。
ゴールネットの音だけが聞こえる芸術的なシュートを。
2021.01.11. UP
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夢幻泡沫