初詣

クリスマスが過ぎて冬休みに入り、年末の慌ただしさを経て新しい年明けを迎えた。
…今年はどんな年になるんだろう?
良い年を迎えたいのは山々だけど、これからの事を考えると悪い事になりませんように、と祈りたくなる。
今までの事も、少しでも良い方に行けてるのかどうかも分からない。
…最後まで読んでいれば、もう少しやりようもあるのかもしれないけど。
そう言えば年末に緑間君から正月の予定を聞かれたっけ。
特に無いから、初詣に行くつもりだとだけ言った。
緑間君はどうしているんだろう?
私は来ていた年賀状を確認した。
あまり数は多くないけど、赤司君や黒子君、桃井さんからは来ていた。
他はメールで青峰君や黄瀬君や紫原君から来ていた。
あれ……?
緑間君は生真面目だから、年賀状組だと思ってたんだけど。
喪中じゃないよね…?
まさか…忘れられてた?
さつきちゃんにメールで挨拶がてら確認すると、すぐに返信が来た。
「年賀状届いているよー。あのミドリンが名前ちゃんに出し忘れるとかないから、来てないなら郵便事故じゃないかな?」
さつきちゃんには届いているんだ…
忘れられてるとかないなら、私には出してない、とかないよね…?
それとも怒らせたりとか呆れられたりとか。いつまでも告白の返事してないから…?
私が内心で落胆していると、またメールが入った。今度は緑間君からだ。
「あけましておめでとう。今からお前の家に行っても良いか?」
彼らしく、簡潔でシンプルな文体。
これは…やっぱり届いていないのは郵便事故だったりするのかな?
よりによって…緑間君からのが。
私は慌てて大丈夫と返信したら、すぐに玄関のチャイムが鳴った。
誰だろう?と玄関に出たら、和服姿の緑間君が生真面目な表情で立っていた。
『えっ…!? み…真太郎君!?』
「何を驚いているのだよ。メールで連絡して名前も返信しただろう」
『したけど、こんなすぐのタイミングで来るとか思わないじゃない』
このタイミングって、家の前から送信したのか?
唖然とした私に、彼は年賀状を差し出した。
「あけましておめでとうなのだよ。直接年賀状を持って来た」
『あ、ありがとう。あ、あけましておめでとう…!』
新年早々に彼の顔が見れて嬉しいが、頭が色々と追っついていかない。
『えっと…この為に家に来たの?』
「それはお前次第、と言う所だ。……その、今から初詣に一緒に行かないか?」
初詣…新年早々に彼と初詣出来るなら嬉しい。
『うん、行く』
「支度をするといい。待っているのだよ」
※※※
私は彼を応接室で待たせ、慌てて外出の支度をした。
でも彼は和服着て来たのに、私はせいぜいが普段着だ。
振袖なんて用意していなかった。
母は用意するつもりだったのだが、私が面倒なんで断ってしまったのだ。
つくづく自分の女子力の無さが嫌になる。
彼と一緒に歩きながら、私が内心で落ち込んでいた。
「浮かぬ顔なのだよ。気が進まなかったか?」
『ううん。そうじゃなくて、私も着物着れば良かったなって。折角真太郎君が着て来たのに』
「なら、来年も一緒に行くのだよ。その時も俺は和服で行くのだよ」
『…来年か。良いね、ありがとう』
ワンチャンあるなら、今度こそは振袖買って貰って頑張って着よう。
「着物も良いが、重要なのは服装ではないのだよ。何を着ようとお前はお前だ」
そう言ってくれるのは有難いけど、私にも一応の乙女心はあるのだよ…
着いた神社は地元でもそこそこ大きい神社だ。
初詣客達がずっと並んでいて、私達は最後尾に着く。
彼は今日のラッキーアイテムの湯飲みを持って来ていた。
お寿司屋で出る様な、魚偏の漢字がずらりと書かれた物だ。
正月から彼はブレない。…それにしても、持って歩ける物で良かった。
空の大きな陶器の湯飲みは、このシチュエーションで持っているのは些か奇妙ではあるが、狸の信楽焼とかカエルのぬいぐるみに比べればどうって事はない。
最も、こっちも彼に慣らされてしまって、多少の変な事もどうとも思わなくなっているのかもしれないが。
淡々と列は進み、私達の番になった。
私は賽銭を入れ、鈴を鳴らして礼をしてから柏手を打つ。
(帝光男子バスケットボール部の皆をお守りください)
横を見たら、緑間君はまだ熱心に祈っていた。
終わって、私達は列を離れた。
『随分熱心に祈ってたね? やはり優勝祈念してたの?』
「優勝は当然の事なのだよ。俺は人事を尽くす事を表明して来たのだよ。…あとは」
『あと?』
彼は私の顔を見て、さっと顔を赤らめた。
「な、何でもないのだよっ、それより、名前は何を祈ったのだ?」
『んー、やっぱり皆の優勝の事とかかなー』
「優勝は神頼みするものではない」
『でも、不慮の事態とかどうしようもない事とかあるじゃない? それから守って欲しいって』
「…そうだな。ラッキーアイテムはその為にあるのだよ。お前も持って来れば良かったのに」
もはや湯飲みを外で持ち歩くのは違和感があるのかが分からない。
私も感覚が麻痺しているのかもしれない。
それ以上、何も悪い事が起こりません様に。
神様が聞き届けてくださるだろうか?
私は祈る気持ちを込めて、大きな拝殿を見上げた。
初詣客達は、祈った後にそのまま列を作って傍の小屋まで続いていた。
何か振舞われているらしい。甘酒とかかな? お汁粉なら彼が大喜びだな。
小屋で振舞っている中年男性は、法被を着て顔を赤くしていた。
お神酒で酔っているらしい。
「お、兄ちゃんイケる口だね? myコップか? よっしゃサービスするで!」
緑間君は持っていた湯飲みに、透明な液体をなみなみと注がれている。
透明なら水なのかな? お汁粉じゃなくて残念…
私も続いていたが、飲み物の入っている紙コップではなく、小さなみかんを渡された。
ん…? みかん??
みかんって、緑間君は貰ってないよね?
私は彼の為にもう一つみかんを貰った。
神社は広く授与所はもとより、出店やら縁起物の売店で賑やかだった。
私は何とかベンチを見付けて座った。
そして緑間君に声をかけようとしたが、彼の様子に首を傾げた。
彼は一口湯飲みの水を飲み、じっと湯飲みの中を見、やおら決心した様に一気に煽った。
私は彼に手を振った。
『真太郎君! 席こっちー!』
「あ、ああ。今行くのだよ…」
私の方に彼が歩み寄って来たが、私はその様子に軽く眉をひそめた。
何だか…足取りが少しふらついている様な…?
私は手持ちのみかんに視線を移した。
『真太郎君、みかん食べるよね? さっき貰ってなかったみたいだから二つ貰ったよ』
彼は私の前にまで来たが、隣に座る様子がない。
私は前に立っている彼を見上げて異変に気付いた。
『…どうしたの? 何だか顔、赤くない?』
彼は軽く屈み、両手で私を挟む様にベンチの背もたれを掴んだ。
所謂椅子ドンされた状態だ。
顔が近づけられて初めて分かったが、彼は顔を赤くしているだけではなく、息も荒くなっていた。
『真太郎君…?』
その時、彼の身体がふらりと崩れて倒れ、私は慌てて抱き止める様に彼を支えた。
持っていたみかんが転がってしまったが、今はそれどころじゃない。
『ちょっと…!? 大丈夫?』
「酒…だった」
『…は?』
「一口飲んで…すぐに分かったが…正月早々縁起物を捨てるには忍びなかったのだよ…」
『え…ええっ!?』
「誰かにやるにも口を付けてしまったしな…全く俺とした事が」
通常は小さな紙コップに注がれて渡されているが、彼の場合はラッキーアイテムの大きな湯飲みに入れられてしまった。
量も多かった筈だ。…全く何て事を。
私は苦労しながら彼を隣に座らせた。
『落ち着くまで少し休もう?』
「…む、そうしてくれると有難いのだよ…」
『そうだ、ちょっと待ってて』
私は立ち上がろうとしたが、彼に腕を掴まれて引き留められた。
『水汲んで来るだけだから』
「……今は…一緒にいて欲しい…の、だよ…」
彼は消え入る様な声で呟いた。
掴んだ手に力は入ってないが、彼は私の腕を離す事はなかった。
『…分かった、大丈夫だから。ここにいるよ』
「…すまない」
『真太郎君が謝る事じゃないよ』
その時、私達の前に影が差した。
「どーした? あんた、具合でも悪いのか?」
法被姿の神社の人だ。
この人って…さっき、お酒を振舞っていた人だったっけ?
私の詰る声は抑えようとしても、どうしても尖ってしまう。
『あの、この人にお酒くれましたよね? 彼、まだ中学生なんですけど』
「えっ!?中学生っ!?? すまん、こっちも酔っ払っているし未成年に見えなかった。結構大きいし和服で落ち着いている感じだし」
「救護室行くか? それとも救急車呼ぶか?」
「…いや、暫くここで休ませてくれれば」
「そうか。坊主、悪かったな。何かあればすぐ呼んでくれよ」
私はその人達に頼んで、落としたみかんを拾って貰い、湯飲みに水も汲んで貰い彼に飲ませた。
彼等が去った後、緑間君は私に寄りかかり、肩に頭を乗せ瞳を閉じた。
私はそんな彼の髪をそっと撫でた。
「その様に優しくされると勘違いをしてしまうのだよ…名前」
彼は小さく呟いた。
(俺は…いつも赤司には勝てない。そして…この恋も勝てるかは分からん。
だが、今は名前の隣にいるのは俺で。この撫でてくれる優しい手は俺のものなのだよ)
彼は軽い寝息を立て始めた。
私は寄り添う様に、軽く首を彼の方に傾けた。
一年の初めから、とんだハプニングになってしまった。
今年はどんな年になるんだろう?
私達の祈りが天に届きます様に、と願いながら私も瞳を閉じた。
雑踏の音が急速に遠のいていく。
そのままふわふわと心地良い眠気に身を預けた。
