ロレンスとジュリエット-2-

文化祭当日
私は講堂に設えた舞台の袖で、出番を待っていた。
台詞間違えたら、どうしよう…?
つっかえて言葉が出なかったら?
忘れてしまったら…?
そんな事ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
私の手は微かに震えていた。
そんな私の手は、温かな何かに包み込まれた。
『高尾君…』
彼は、私の手を優しく握ってくれていた。
そしてにっこり笑うと
「名前ちゃんは、今まで頑張って練習してきたんだ。だから大丈夫!!
…もし、上手くいかなくても、俺達がフォローするから安心してよ」
私は、その言葉に安心出来た。
そして微笑むと「ありがとう。高尾君」と素直に返した。
高尾君は下を向くと、「…名前ちゃん…それ、反則…」と呟いた。耳が赤くなってる。
つられて私まで、頬が熱くなってくる。
※※※
幕が上がった。
始めは、ロミオ役の緑間君と友人役達から。
しかし、ロミオ姿で大きなカエルグッズ持っているのは、いくら何でも新解釈過ぎる…w
下手したら変態じみて見える。ロミオなのに…ww
けど、こればかりは彼は絶対に譲らないもんなぁ…w
観客達もクスクス笑っているのが聞こえる…これ、ギャグじゃないのに〜
そして、いよいよ私の出番。
隣で高尾君が、私を安心させる様に微笑む。
私は頷き、震える足を踏みしめて舞台に出る。
私の出番はキャピュレットの宴会から。
『お母様、何の御用?』
思ったよりも、ちゃんと声が出た。
少しずつ落ち着いてくる。
彼が傍にいるなら、怖くなんかない。
※※※
-高尾side-
俺の役が出るのは、もっと後だった。
俺は、名前ちゃんの演技を見守っていた。
クラスでは、早くも真ちゃんと名前ちゃんの仲が噂になっていた。
…それだけ、二人の演技は、ある意味真に迫っていた。
でも、これが終わりさえすれば、いつもと同じに戻る。
「…高尾」
出番待機中の真ちゃんが、俺を後ろから呼び止める。
「…なに?」
少し躊躇ってから、真ちゃんは口を開いた。
「…俺は、これが終わったら、苗字に告白するつもりだ」
俺は、ハンマーで頭を殴られた様なショックを受けた。
「なっ…何で俺にそんな事言うんだよ!?」
真ちゃんは深い緑色の瞳で、俺を真直ぐに見据えた。
「…お前も、苗字の事を好きなのは知っているからなのだよ」
知ってた…のか。俺は案外、このライバルが手強い事に気が付いた。
「は…!…思ったよりは鈍くはなかったんだな…」
「好きな女に関してはな。俺は選ばれる為に人事を尽くす。勿論恋愛面でもな」
そろそろロミオ役の出番だ。
真ちゃんは悠々と歩み去って行った。
俺は、そんな後ろ姿を見ながら一人呟いた。
「…そーかい。なら、俺もそうしようかな…」
『ああ、ロミオ様、ロミオ様、何故貴方はロミオ様でいらっしゃいますの?…』
「…ただ一言、俺を恋人と呼べばいいのだよ。すれば、俺の名前はロミオではなくなるのだよ」
練習で聞き慣れた台詞。
でも、さっきの告白の後で聞くと、まるで聞こえ方が違って来る。
「…さて、そろそろ俺の出番だな」
俺も深呼吸すると、舞台に足を踏み出した。
※※※
-名前side-
シナリオ通りに舞台は進んでいた。
もうすぐ、クライマックスに入る。
ティボルトを殺したロミオは追放され、ジュリエットは望まぬ結婚を強いられて、困り果ててロレンス僧の元を訪れる。
求婚者パリスと話した後で、懺悔する名目でロレンスと二人きりになる。
『もう駄目!望みもなければ手立てもない!!』
「…ジュリエット」
高尾君扮する僧侶のロレンスは、私の手を握った。
ん…? そんな演出あったっけ???
不意に彼は、私の顔を覗き込んだ。
鋭い漆黒の瞳が、真剣な光を湛えて私を捉える。私は魅入られた様に動けなくなった。
高尾君…?
「…一つだけ、運命の軛を逃れる方法があります。貴女をロミオにもパリスにも渡さない!…俺と一緒に逃げましょう!!!」
と言うなり、私を横抱きにして、敏捷な動きで舞台から飛び降りた。
観客が騒めく。
「…え?そんな話だったっけ?」「バカ、違うよ!アドリブだろ!?」
舞台袖から緑間君とパリス役の子が飛び出して来て、追っかけて来た。
「高尾〜!!…いや違った、ロレンス!!お前は何をしているのだよ!!???」
「ジュリエットを返せー!!!」
追跡者達に高尾君が言い返す。
「ジュリエットは俺が貰った!!渡すわけにはいかないのだよっっ!!」
「真似するなっっ!!!(怒)」
『えっ!?何これ、どーなってんの!?』
私は急な展開に混乱しながら尋ねる。
「名前ちゃん、少し大人しくしててね!ちゃんと捕まっているんだよ!」
私は、訳が分からないまま、高尾君の首に腕を回した。
身体は密着して、顔が近い。今にもドキドキして心臓が破れそうだ。
ナレーション役の子は茫然自失から立ち直ると、[ジュリエットはロレンス僧と駆け落ちして、行方は杳として知れません]とアドリブを入れた。
めでたしめでたし…??
かくして人騒がせな劇は終わった。
劇は途中なので失格になったけど、観客にはウケたみたいで特別枠で優勝した。
※※※
最後の後夜祭で、燃え上がるキャンプファイヤーを見ながら、二人で手を繋ぐ。
「俺さ…ちゃんと言ってなかったよな。…名前が…好きだ」
彼の真剣な瞳は、私を真直ぐに貫く。
私も…答えなきゃ。
私は息を整えて、高尾君に向き直った。
『…私も高尾君が…好き』
高尾君は目を見開いた。
「…マジで?」
私は、恥ずかしくて目を伏せたままこくんと頷いた。
「…やっりー…!」
彼は、私を引き寄せると、そのまま抱きしめた。
抱きしめられると、彼の心臓が早鐘を打っているのが感じられる。
私の心臓も、同じ位の早さでドキドキしている。
私はおずおずと、彼の背中に腕を回した。
彼の腕の力が強くなる。
私は幸せに酔いながら、静かに目を閉じた。
キャンプファイヤーが、抱き合う私達の影を浮かび上がらせた。
→後書き
