竜と成れ!


人事を尽くせ!



それから、私は時々将棋を指しに、男子バスケ部の部室に出向く様になった。
勿論、その時以外でも、彼のアドバイスを元に鍛錬を欠かさない。

緑間君が、折角彼の貴重な時間を割いてくれているんだ。
少しでも上達しなかったなら、申し訳ない。

彼の「人事を尽くす」と言う言葉が胸に沁みて来る。

後で知ったが、緑間君は帝光バスケ部の中でもかなりの変わり者。
おは朝信者で有名らしかった。
あのインパクトが凄すぎたから、彼が何か奇妙な物を持っていても、今更私は驚いたりはしなかった。
ぬいぐるみとか、トーテムポールとか。大玉に比べれば、まだ可愛いものである。

緑間君と将棋を続けている時に、普通に雑談もしていた。
主に勉強の事とか、本の事とか、お互いの部活の事とか。

特に、緑間君が部活の話をしている時は、楽しそうだった。
彼のクールな表情が僅かに綻んでいる。
「煩い奴等なのだよ」とか文句を言いつつも、彼なりに愛情がある事が見て取れる。
所謂、彼はツンデレさんって所かな。

レギュラーには、個性的なメンバーが集まっているらしい。
そんな話を聞くのが、私も何時しか楽しみになっていた。

※※※

でも、私は相変わらず緑間君に一勝も出来ていなかった。
緑間君は、少しずつ強くなって来ているのだよ、とは言ってくれているけど、私は実感出来ないままだった。

『もう…卒業するまでに、赤司君に一矢報いるどころか、緑間君にも勝てないんじゃ…?』
そんな弱気な気持ちが心を侵食する。

緑間君は、私の弱音を聞いて目を瞠った。
「苗字先輩が、そんな弱音を吐くとは思わなかったのだよ。最初の勢いはどうしたのだよ?」
『…確かに少しずつは強くなって来てはいるんだろうけど…
だから分かって来たと言うか…緑間君の腕も、赤司君の凄さも』

そんな私に、緑間君は真剣な目を向ける。

「上達すればする程、相手の力量も己の力量不足も分かる。
だが、そこで諦めてしまっては、それ以上上には行けないのだよ。
人事を尽くすなら、そこで止まる訳にはいかないのだ。
不足しているのが分かるなら、そこを鍛えればいい。不足している場所こそ、そこは伸びしろになるのだよ」

…流石一流の才能を持つ人は言う事が違うな…
緑間君は年下だけど、私よりもずっとしっかりしている。
赤司君と言い…男子バスケ部の一軍は、皆大人っぽい子ばかりなのかな?


そんな時、大きな紫頭の少年がのっそりと顔を覗かせた。
「あ〜ミドチンー」
『紫原か。何か用なのだよ?』
ああ…彼がセンターの紫原君か。
「何かお菓子ない〜?」

それに緑間君は苛立たし気に返答する。
「部室に、お菓子を持ち込むのはお前位だ!…今は来客中だ。後にしろ」
「え〜っ…誰?この子…ミドチンの彼女?」
「なっ!!?違うのだよ!!…将棋部の副部長さんだ。今は俺が将棋を教えている。邪魔をするな」
「…将棋部の副部長なのに、ミドチンに教わっているの〜?」

うっ…!!痛い所をっ…!!
『……肩書きなんて意味ないよ。私は強くなりたいから、自分より強い緑間君に教わっているの』
「へー…なら、赤ちんの方が強いから、赤ちんに教われば〜?」

『赤ちん…?』
首を傾げた私に、緑間君は教えてくれる。
「赤司の事なのだよ」

『…それは無理。これから挑戦しようとする相手に教わる訳にはいかないよ』
「赤ちんに挑戦って…それこそ無謀じゃない〜?赤ちんに勝てる人なんかいないよー?」
『…無謀でも。やらなきゃならない事もあるのよ』
「…へー…よく分からないけどねー。無駄な努力ってヤツ〜?」
無駄な…努力…か。そうかもしれない。けど…

俯いた私に緑間君が言う。
「…勝負の行方だけなら兎も角、挑戦する為に腕を磨くのは無駄にはなるまい。人事を尽くせば、自身の腕が向上するのだよ」
無駄になるかどうかは…私次第だよね。
『…ありがとう。緑間君』

あくまでも紫原君は興味無さ気だ。
「ふーん…まぁ、頑張ってね〜」
ぐーきゅるるるるるる……

何この音?

紫原君がへたりと座った。
それに緑間君が怒る。
「紫原っ!!床に座るな!!」
「…お腹すいたー」

『あの…』
私は鞄を漁り、偶々持っていたキャンディーをいくつか差し出す。
『これでお腹は膨れないと思うけど、無いよりはマシかな?良かったらどうぞ』

紫の彼は、嬉しそうにキャンディーを受け取った。
「えー良いの〜?ありがとー♪」
緑間君は顔を顰めた。
「苗字先輩、あまりこいつを甘やかすのではないのだよ!」
『ははw』
いやついつい…大きな子供を見ているみたいで。

強豪バスケ部の一軍と言っても、色々な子がいるんだね。
お姉さん、少し安心したよ。

※※※

彼と将棋指しながらも、何だかんだ色々な子が覗きに来た。
皆、カラフルな頭をしているが、緑間君の言う通り、個性的な子達だ。

「な、緑間って確か…年上がタイプって言ってたよな?」
「青峰君、あまり覗くのは…趣味悪いですよ」
「そんな事言っても、テツも気になっているんじゃねーかw」
「緑間っちに彼女出来たんスかー?…中々可愛いじゃないっすか!!」
「こら、押すな!!」

……ははは。
私が外野の声に苦笑いしていると、緑間君はやおら立ち上がり、ドアのノブを掴んで引っ張った。
「「「どわーーっっ!!?」」」
カラフルな頭が一斉に雪崩れ込んで来た。

そんな彼等に緑間君は、頭から湯気を出して怒っている。
「一々何なのだよ!?来客中に煩いぞ!!!」
黄色い頭の綺麗な少年が、手を合わせて謝っている。
…あれって…モデルの黄瀬君か?…やはり凄い面子だな。皆無駄にハイスペックだ。

「すいませんっス、緑間っち!…で、どこまで行ったんスか?教えてくれないなんて、水臭いっスよ!?」
「どこにも行ってないのだよ!!!」

その緑間君の返答に不満気な黄瀬君。
「えーーーっっ?そりゃないっスよ!?緑間っちに春が来た、って部内でもちきりなのに!!!」

私は思わず緑間君を見た。
…どうしよう?
私なんかのせいで変な噂が立ったりしたら、緑間君に申し訳ない。

緑間君は眼鏡のブリッジを上げながら言う。
「一々色恋沙汰に結び付けるな。俺達は真剣勝負しているのだよ!」
「でも、緑間っちは、今まで女子とそんなに話したりはしてないじゃないっスか!?」
「これは男女の問題ではない!大体、彼女に失礼だろう!」

『ご…ごめんね、緑間君。私のせいで変な噂とか…勘違いされたりして…迷惑かけて…』
「苗字先輩が、気にする事ではないのだよ。先輩は人事を尽くしている。俺はその手助けをしているに過ぎん」
『で、でも…』

私が狼狽えても、緑間君は揺るがなかった。
彼は、私の顔を覗き込んだ。
近い距離にドキリとする。が、彼の台詞は甘さの欠片も無かった。

「…赤司を倒すのだろう?」
『そ、それは…!』

確かに…
今までその為に、彼に師事して貰っているのだから。
翡翠色の瞳に私を映し出しながら、彼は言う。
「なら、こんな些末事に惑わされている場合ではないのではないか?」
『緑間君…』

彼は、何て真っ直ぐで格好良いのだろう…!
もう、私は彼を年下とは見れなかった。
尊敬すべき、一人の男性だ。

『そう…だね。ありがとう!』
私は温かな気持ちと、立ち向かう勇気を与えられて、嬉しくなって微笑んだ。
「れ…礼には及ばないのだよ。当然の事なのだよ」
緑間君は、眼鏡を直し、ふいと後ろを向いた。

※※※

そして、また日数が経ち…
帝光バスケ部は、全中の優勝を飾った。

あの彼等が…やっぱり凄いなあ。

緑間君は、全中の試合の練習に全力を集中させていた為に、私はずっと彼に会えてはいなかった。
夏休みが明けて、暫くしてから、私は久しぶりに緑間君と連絡を取った。

「…待たせたのだよ」
久し振りに見た緑間君に、私は首を傾げた。

…何だか…雰囲気が少し変わっている…?
『…何かあったの?』
「……何でそう思うのだよ?」

何でって?
『うーん…何て言うか…疲れているみたいだから?』
「疲れて…?苗字先輩には、そう見えるのか…?」
『うん。吐き出したい事があるなら聞くよ。私で良ければ、だけど』

「…大した事ではないのだよ」
『なら、良いのだけど』
少しだけ間があったな。…これは何かあったかも?

『そうだ。バスケ部全国優勝、おめでとう!!頑張ったね!』
「…ああ。ありがとうなのだよ」

緑間君は、そう答えたが、その割には嬉しそうではないな、と思った。
…そう言えば、他のカラフルな子達はどうしたのだろう?

今は、以前よりも、ずっと静かな気がする。

パチリ。
静かな部室に将棋を指す音だけが響き渡る。

全国優勝を目指す練習は生半可じゃないだろう。
結局、私が赤司君に勝ちたいと言うのは、将棋部の為だけではなくて…私自身の意地でもある。

私は、彼を、それに付き合せてしまっている様な気がして、心苦しかった。
そんな彼に報いるには、私が向上する事以外にはない。

差し向かいながら打っていると、彼の真っ直ぐな気持ちが伝わって来る様な気がした。
今回は、かなり良い勝負が出来たのではないだろうか?
…まだまだ、彼には及んではいないけれども。

緑間君も満足気だった。
「…久し振りに落ち着いて打てて、良い気分転換になったのだよ」
『なら、良かった!私も、もっと上達して、緑間君と互角の勝負出来る様にならないとね!』

私の言葉に、緑間君は複雑そうな表情をした。
「そう…このまま上達すれば、そう、なるのだろうな。苗字先輩は確実に腕を上げているのだよ」

その言葉に、私は舞い上がった。
『緑間君のお墨付きを得られるまで頑張るよ!最近、手応えが出て来て、他では殆ど負け無しなんだからね!』

私は、自分が上達して嬉しい余り、緑間君の寂し気な様子に気が付く事はなかった。



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