逃走中!



青峰君は私を担ぎ、ただ今、街中を何故か逃走中。


その時、無謀にも私達の前に立ち塞がった男がいた。
「お嬢ちゃん、今、助けるからな!!」とか何とか言ってた様な。
しかし青峰君は、そのままの勢いで突っ込んだ。
「うぜえーーーーーーえんだよっっっっ!!!!!!」

素早く男の腹に、肘で一撃を叩き込む。
男は「ぐふっ!」と潰れた様な声で、もんどりうって転がった。
「邪魔するんじゃねーよ!!ばぁーか!!!」

『きゃっ!!』
しかし、その時の動きの変則さに、担がれた私の身体はついて行けなかった。
ぐらりとバランスを崩して、青峰君の身体から落ちる。
青峰君が慌てて私を捕まえようとするが、間に合わなかった。

ガッ!
地面に打ち付ける直前、腕で上半身を庇ったから、顔や眼鏡は無事だった。
『…痛っ!』
私は青峰君に支えられながら、よろよろと立ち上がった。
「名前、大丈夫か!?」

私は身体を確認した。
傷は、落ちた時に切った指と、肘の打ち身くらいで、後は幸いにも怪我はなかった。
『大丈夫。…少し薬指切っただけだから』
ちゃんと動く事を確認して、傷口を見る。……少し擦りむいたのか、指には血が滲んでいた。

「ちょっとこっち来い!」
私は青峰君に引っ張られて、手近な建物の中に入り込む。
そのまま突っ切り、裏口に走り出て、また近くの別の建物の中に入った。
そこは雑居ビルのエレベーターホール。
L字に曲がっているので、外からは見えない。


「どれ、診せて見ろ」
青峰君は、私の手を取って、傷口を確認している。
「怪我させて悪かったな」
そう言いながら、青峰君は私の傷口に口を当てた。

『………?』

青峰君は、私の滲んだ血を舌先で絡める様にして、舐めて吸い取った。
指を這う唇と舌の、熱くて柔らかな感触に、私は背中がぞくぞくした。

『あっ……!大輝君っ!』
「…静かにしろ。奴等に気付かれる」
『んっ…!』

「…これで血は止まるだろ…ん?名前、どうした?」
『はぁ…っ』
指舐められただけで、何でこんなに腰が砕けそうになるの…?
私は、熱を孕み潤んだ目で青峰君を見返した。
彼の鋭い瞳は、何かに驚いた様に見開かれている。

『…?大輝君?』
どうしたの?と問う言葉は音にならなかった。

肩に手を置かれ、引き寄せられる。
顎に手がかかり、上を向かせられる。

「名前…」
浅黒い、整った顔がゆっくりと近付いて来る。

え……?これって…
心臓が早鐘を打ち、全身にかっと熱い血が駆け巡る。
お互いの吐息が感じられる程に顔が近い。

そのまま甘い誘惑に任せて目を閉じようとした時。


「あーーーっ!!見付けたーー!青峰っち!! もう逃げられないっスよ!!!」


私達は一瞬にして硬直した。
青峰君は私から手を離して、ゆらりと黄瀬君の方を恨めし気に振り返る。
「黄瀬ぇ…テメー……」

「えっ!?……あっ!もしかして、お取り込み中だったっスか!?すいませんっス!!続きをどーぞっ!」
「テメー…ブッ殺すっ!!!」
「ぎゃあああああああーーーーーっっっっ!!!!」

夕闇を迎えた空に、シャララ☆金髪美少年…もとい、黄瀬君の悲鳴が響き渡った。

※※※

青峰君は超絶に不機嫌だった。
「…たく…何でこんな事になってんだよ!?」
「いゃあ〜青峰っち、中学以来っスね!懐かしくてつい…」

黄瀬君の言う事によると、今は商店街を巡って紹介する番組にゲストで出演していて、その撮影中なんだそう。
追いかけて来た諸々には、黄瀬君と私が説明して拉致の誤解を解き、何とかお引き取り願った。

「なら、さっさと撮影に戻れよ」
「久しぶりに会えたのに、つれないっスよー」
『…大輝君、折角旧友に会えたんだから、もう少し優しくしてあげればいいのに…』

私の言葉を聞いた黄瀬君、目をきらきらさせながら、私の手をギュッと握った。
「そうっスよね!さすが青峰っちのカノジョは分かっているっス!!」

「『はぁ!?』」
私達は同時にポカンとした。
それに黄瀬君は首を傾げる。
「…え?だって、カノジョっスよね?今、キスしようとしてたし…?」

キ…キス…?

私は、顔に熱が集まって来たのを感じた。
…あれって…やっぱり、そう言う事なのかな…?

「ばっ…!!ちげぇよ!!!…これはだな…っ……だぁーーーーっもう!!」
青峰君は真っ赤になって、よく分からない事を言っている。
「こいつの目にゴミが入ったから、取ろうとしただけだっ!!」
(名前に涙目で見上げられてクラクラしちまった、とか言えるかってーの!!)

『…は?』ゴミ…?そうだったの?
思わず期待しちゃった私って…馬鹿みたい…

青峰君のリアクションに、黄瀬君は溜息を零す。
「…青峰っち…全く素直じゃないっスねー」


『あなた…黄瀬さん?大輝君と同じ帝光中学の方なんですね?』
私の反応に驚いた顔をした黄瀬君、「もしかして…俺の事、知らないっスか?」と聞いて来た。
『…どこかでお見かけした様な気もしますが…お会いした事ありましたっけ?』

私の返事にガクリと肩を落とす黄瀬君。
「…俺も、まだまだっスね…」
私は慌てた。
『えっ!?ご免なさい!』
それに青峰君はにべも無く返す。
「名前、いーんだよ。黄瀬、こいつは真面目一辺倒の女だから、モデルとかタレントとか疎いんだよ」

モデル…タレント…
そう言えば、さっき(キセリョ)って…あれ?
『黄瀬…涼太、さん?』
私の声に、黄瀬君はゆっくりと顔を上げた。
「…知ってたっスか?」
『あ…一応お名前は。友達が言ってましたから』
「友達っスか…」
黄瀬君は、ちょっと残念そうに眉を下げた。

青峰君は黄瀬君を指して言う。
「こいつは中学の時、同じチームでバスケやってたんだぜ」
『バスケ…?』
あの、帝光中の…じゃあ、彼もキセキの世代…?

黄瀬君はにっこり笑った。
「そうっス!今では海常高校でバスケやってるっス」
よろしく、と握手をされた。
私も自己紹介をした。
あまりのキラキラオーラに圧倒されてしまった。

「黄瀬君!そろそろ撮影再開するよー!」と外から声が聞こえる。
彼は「今行きます!」と返事をすると、私を見て微笑んだ。

「青峰っち、彼女、眼鏡を取ると、少し堀北マイちゃんに似てるんじゃないっスか?」
それに青峰君は、ややぶっきら棒に答えた。
「別に似てねえよ。…胸とか全く違うだろ?」
黄瀬君が苦笑して窘める。
「青峰っち…女の子がいる所で身体の事言っちゃダメっスよ。デリカシーがない男は嫌われるっスよ?」

そして、黄瀬君は私の耳にそっと囁いた。
「じゃあまたね。青峰っちのカノジョさん♪」

『えっ…!?』
私の顔は、否応も無く赤く染まり、それを見た青峰君は、何故か不機嫌に黄瀬君を睨みつけた。


それから私は、あの時何を言われたのか、青峰君に問い詰められ続ける破目になった。

でも…とても恥ずかしくて言えないよ。
否定されるのも分かりきってはいるから、言わない。
…それでも、もしも…それを彼が聞いたなら、少しは意識してくれると…嬉しいんだけどな。



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