マスターなんて呼ばれて前線に立ってはみるもののわたしはまだ十数年しか生きてなくて、想像すら出来ないような事がいっぱいある。
英霊たちの過去とか、歴史の変わる瞬間に立ち会う事の重さとか。
色んなものを背負ってみて、まだ慣れないものもたくさんある。
人を変えてしまう程の悲しみとか、死の深さとか。
それと、知ってると思ってたけど、知らなかったもの。
正義とか恋とか、たったひとつの想いを貫く事の難しさ、とか。
世界を救いたいなんて、烏滸がましいことは思っていない。
でも、どうか、今日の続きをこの目でみさせて。








「マスター」

急に頭の背後から声がするのでびくりと心臓が跳ねた。

「うわっ、エミヤじゃん。びっくりさせないでよ」

考え事をしていたから呼んでいた事を忘れていた。
驚かされた事に抗議をしたら、非難するような目で見られた。

「気を抜くなよ、敵はこちらの事情なんてお構いなしだ」
「うん、そうなんだけどさ。霧絵さん大丈夫かなぁって。なんていうか、みんな悪い人じゃないんだけど、癖が強いっていうか……面倒な奴らばっかりでしょ?霧絵さんって押しに弱そうだから、ちょっと心配。わたしが言うのもあれだけど、世慣れてないって言うか子どもみたいに素直って感じなんだもん」
「確かにマスターに言われるのは不本意だろうな」
「ちょっと!!!」

エミヤが遠くを見ながらふっと笑った。
多分だけど、霧絵さんに向けた笑みだと思う。
知り合い、なんだろうなぁ。

口を割りそうにないエミヤの背中を睨みつけた。












ソファーに寝そべる少年の顔は青白い。
なぜか傍に"死んでません"と書かれた紙が置いてあるが、そんなもの見れば分かる。
おちょくられているのだろうか。
ロマニ先生の言葉が脳裏を掠める。

「残念ながら彼はついさっき夢の国へと旅立ったので、暫くは目覚めないでしょう。彼と約束を?」

急に現れた男性に息を飲んだ。がっしりとした体躯によく通る声。
圧倒的な迫力に、これが英霊……と感嘆していると彼は首を振りながら残念そうに言った。

「吾輩は戦わない、つまりサーヴァントとしては二流です。所詮立ち向かうのは、締切という敵だけですな」
「はあ」

思わず生返事が出てしまった。

「見れば分かると思いますが、彼は満身創痍です。一握りの優しさがあれば寝かせてあげてくれませんか?」
「それは、わかりました。でも、あの、このメモは……?」
「ああ!彼は生前心配性でして、眠っている時に亡くなったと勘違いされて埋葬された男性の話を聞いてから寝る時にこのようにしていたらしいですよ。まあ、これは吾輩が書いたんですが」
「はあ」

生返事は失礼だと思っているのだけれど、出てしまうものは仕方がない。

「それよりあなたは随分と面白そうだ」

深い色の瞳に覗き込まれる。
この目は危険だと思った。私が気がついてはいけない部分に関わる事を見ている人の色。
彼との接続を切るためバチンと瞼を閉じた。

閉じた瞼の上を、硬い指がなぞっていく感触がした。
眼球の形を確認するようなその動きにゾクゾクと背筋が震えた。

「そんな簡単に身体を差し出すのはお勧めしませんぞ。なにせ人間多少の抵抗があった方が燃えるものなのです!!」

ああ、誰か助けて下さい。
天才の言語は、わたしには理解出来そうもありませんーーー。






掴み損ねた手があった。

あの夜に潜んでいた運命は、無数に枝分かれし、手から溢れて行く。

憧れと信頼と日常と、掻き集めたものの中に彼女は居なかった。
救えなかったと気がついたのは、救えたはずだと解ったから。

憧れと言うには平凡で、信頼よりも期待していて、日常と呼ぶには不確かな。

彼女との未来は、歩み続けた、地獄のその先に待っている。