「冬島サン太陽が眩しかったってなに?」
「急になんだ、人は殺すなよ」
「そんな物騒な言葉?」
「誰が言ってたんだそんなこと」
「霧絵サン」
「あいつ…、カミュの異邦人だな。有名なセリフだ」
「イホージン?」
「古い小説だよ、映画にもなってる」
「ふーん、で?」
「その辺の棚にあった気がするから、自分で読め。まあ、俺が覚えているあらすじだと、冷徹と描写される主人公が友人のトラブルに巻き込まれて、人を射殺しちまう。その後の裁判で殺人の動機を問われてそういうんだ。太陽が眩しかったからってな」

なんで殺したんだ。太陽が眩しかったから。
主人公のムルソーが最後の希望になにを望んでたのかまでは言わなかった。

「意味なしジョーク?」
「いや、主人公にとっては正当な理由だったと俺は思ったけどな」
「ふーん」

わかったんだかわかってないんだか、当真はそのままソファーに寝転んでアイマスクをつけて寝る体制に入ったようだ。なんとなく霧絵が自分の機密を当真に喋ったんだろうなと思ったが、その辺りは弁えているのか当真が漏らす事はなかった。
余計な心配はしても時間の無駄だ。
朝からエラーの止まらないシステムの調整を再開するためPCへ向き直る。

         ◇

時計を見ると午後の20時を過ぎていた。さすがに体が硬くなっている。
がちがちの肩を回しながら夕飯をどうするか考える。動くのも面倒臭くて、変装体で朝まで突っ走てしまおうか。
そんな事を考えていると隊室のブザーがなった。

「あ、冬島君久しぶり…」

霧絵だった。

「お前当真に口滑らしただろ」
「あれ、もうばれてる?!」
「しかも不穏なセリフ残しやがって」
「そっちも?!う、私帰るね」
「まあ、ちょっと話そうや」

霧絵の腕を掴んで部屋の中に連れ込む。
しばらく帰りたさそうに立っていたが観念したのか、俺の背中に寄りかかるようにして座る。大方顔を見られるのが都合が悪いんだろう。持って来た書類を受け取ってざっと目を通す。

「いや、本当に話すつもりはなかったんだけどね。
最近色々あったのと、あんまりにも空が青かったから…
気が緩んでしまいました。
当真くん巻き込んでごめんなさい」

背中に触れる温度をちらりと見やるが表情が見えない。
そもそも彼女に起こった事だ。誰を頼ろうと俺には干渉する権利なんて端からない。
何でもないように聞こえるようキーボードをタイプしながら言う。

「話されて救われるやつもいるんじゃねーの」
「うー、冬島くんの癖に優しくしないで」

ぐりぐりと額を擦りつけてくる。まさか泣かせるとは思わなかったので、されるがままにしておく。
こっちが普段優しくしていないように言うが、隙を見せないのはそっちだ。
年下の癖に甘えないよう君づけなんかで呼んでくるのがいい例だ。

自分の空白の5年を無理やり埋めようとしているのが痛々しい。
本人が無意識なのが余計に。

「悪いがお前がどんなにがんばっても27歳だったばずの巫条霧絵はいない。
なくなった5年を誤魔化すな。いまここにいるお前をないがしろにするな」
「なんでそんなこと言うの」
「お前はちゃんとここいにる。安心しろ。もっと気楽にいこうや」
「…冬島君なんて嫌い」

ぽんぽんと頭を撫でる。この愚かな少女が自分の人生を取り戻せるといい。
抱き寄せたい衝動に見て見ぬふりをして、霧絵の涙が止まるまでそうしていた。