駿の前から完全に姿を消すのは難しいけど、なるべく顔を合わせないようにするのは出来ない事じゃない。任務は草壁隊と被ることは殆どないし、ランク戦のブースに近寄らなければいい。防衛任務のシフト申請をたくさん出してなるべく家にいる時間を減らせばいい。
 それ以外の時間は、アルバイトでもしようかな。きっと鳥丸に頼めばアルバイト先のひとつや、ふたつ紹介してくれるだろう。
 あとは、適当に走っていればいい。


 そう思い立ったが吉日、防衛任務は担当地区まで転送じゃなくて走って行く事にした。オペレーターの女の子にはギョッとされたけれど、沢村さんが忍田本部長に許可を取ってくれたらしい。沢村さん大好き。
 沢村さん曰く「泣きながら走ってわかる事もあるのよ」だそうだ。ちがうもん。泣かないもん。
 走って目的地に行く分早めに本部を出る。好きなだけめちゃくちゃに走ってお金まで稼げるなんて最高だ。ちがう、遊びではない。わかっている。今は余計な事は考えない方がいい。
 グラスホッパーを使って生身では行けない所まで飛んでいく。駿と距離を置くためには私がボーダーを辞めればいいのはわかっているのに、何を引き換えにしても獣の様に動き回れるトリオン体を手放すなんて私には出来ない。



「ユーマ先輩!」
「おお、緑川。この前は大変美味しいモノをどうもありがとう」
「?」
「霧絵ちゃんがお土産持って来てくれたぞ」
チューカガイのお土産だそうだ。またよろしく頼む。
 先輩が変わったイントネーションで喋るものだから、それが中華街のお土産だと気がつくのに少し時間が掛かった。ああ、姉さんが持って行ったんだなと理解する。オレは一緒に買った事すら忘れていた。
 あの日以来何となく姉さんと顔を合わせるのが恥ずかしくてちゃんと話してない。なんてうっかりひとりで回想していたら、いつのまにかよねやん先輩と出水先輩がユーマ先輩を囲んでいた。

「霧絵ちゃんは強いのか?」
「おー!お前霧絵さんとも会ったのか」
「うーん、何て言うか、あれは強いよなぁ??」
「闘ったらいいんじゃね?」
「修がデッド?とか言ってたぞ」
「それ多分脱兎な」
「それはなんだ?」
「……」
「うーん、走るのが早い?」
「なるほど、霧絵ちゃんは走るのが速い」
三人が姐さんについて話すのを聞き流しながら、気がついた事があった。
「そういえば、おれ姉さんと戦った事ないや」
「霧絵さんソロだし、あんまり対人戦やんないよな〜」
「たまに太刀川さんが捕まえて来て非公式にやってるのは見るな」
「ダンカー鬼ごっこってもしかして」
「なにそれめっちゃ楽しそう」
「ベイルアウトしたら鬼交換な」
「アステロイドで返り討ちにしてやる」
「それっていつもと変わんないんじゃ」
「確かに」
「もう普通に2対2でいいんじゃね?」

 そう言ってみんなでワイワイいつものようにブースに入ろうとした時、自販機の影に姉さんがいた気がした。慌てて視線だけで探すけれど、見失ってしまったらしい。どうした?と聞かれたが、姉さんには家でも会えるし、何でもないと告げる。勝ったらジュースでも買ってもらう。ポケットの中に入れたトリガーをぎゅっと握りしめた。



「迅!急に引っ張らないで!びっくりするでしょう!!」
防衛任務を一コマ終えて本部に戻るといきなり横から腕を引っ張られてバランスを崩す。
「悪い悪い、今日は本部寄らないと思ってたから」
ああ、嫌だ。本当勝手に見ないで欲しい。迅だって別に見たくて見てるわけじゃないの、知ってるけど。
「別に、迅に関係ないでしょ」
「霧絵の顔見ておきたくてさ」
「……近いうち何かあるのね?」
サッと背筋が寒くなる。迅がこうやって人の顔を見に来るなんて、未来の確認しかない。
「……いつもそうだってわけじゃないよ」
迅が弱々しく笑う。ああ、またひとりで背負ってるんだと他人事のように思った。
「私を犠牲にして救える命があったらそっちを選んでね」
 迅は曖昧に微笑んだ。いつだって約束はしてくれないその煮え切らない態度に、苛立ちが募る。私は湧き上がった衝動のまま迅の後頭部を引っ掴んで、噛み付くように唇を合わせた。
 そうやって久しぶりに迅の作ってない表情、笑いそうになるほど間抜けな顔をしている、を見ながら言う。
「駿に何かあるときは必ず教えて」
 そのまま迅に背を向けて歩き出す。この男に騙し討ちはそう何度も通じないのだ。でも、大丈夫。未来はいつだって変化しているのだ。
 私の気持ちは、彼にも通じただろうか。

「読み逃した………」
 髪を靡かせて颯爽と去った彼女を見送った迅は、口元を手で覆いながらその場にずるずるとしゃがみ込んだ。あいつ男前過ぎるだろ。その癖になんで、本命からはあんな逃げてるんだ。悪態をつきながら霧絵の去った後を見つめる。
 少し軽くなった思考でオレも再び歩き出した。