「巫条さん、悪いんだけれど、そろそろまたアレお願い出来る?」
「ああ、そろそろ1ヶ月経ちますもんね。今日やっておきます」
「助かるわ、太刀川くんには言っておくから」
「了解です」

朝レポートを書き終えた太刀川くんを無事に送り出して、本部に着くと沢村さんに呼び止められて鍵を渡される。
アレとは、わざわざ隠語にしている訳ではなく毎月恒例になっているのでアレで通じると言うだけである。
それは太刀川隊室の清掃業務のことなのだが、何故か太刀川隊だけ本部職員が部屋を掃除している。
これは彼らがA級1位なのは全く関係ない。
ただ放って置くとゴミ屋敷になってしまうのである。
そして片付けさせる為に使う労力より、自分たちでやる方が遥かに速く簡単に終わらせられるため職員が清掃を行なっている。

午前中に急ぎの仕事を済ませてから、お昼もそこそこに午後一番で太刀川隊の部屋へ向かう。
夕方になる前に片付けないと隊員達が学校を終えて戻って来てしまうので急がなければ。
一度みんなが居る時に掃除をはじめたのだが、片付けた所から物を散らかしていくので全く進まなかった。
なんて恐ろしい子たちなんだろう。

一応ノックしてからロックを解除して入ると珍しい事に、唯我くんが部屋に居た。

「あれ?学校は??」
「今はテスト期間ですよ」
「げ、早くしないとみんな来ちゃうね」
「皆さん勉強しないですからね」

掃除ですか?との唯我くんの言葉に頷いて返事を返す。

「唯我くんは何か忘れ物でも取りに来たの?」

彼はテスト期間も本部に来る程戦闘狂ではない。

「そうです。辞書を使って置きっ放しにしていたみたいで」

外国語の辞書であろう綺麗な革張りの本を、形の崩れていない手提げの鞄にしまっている。
私はゴミ袋を広げて目についたゴミを分別しながら放り込んでいく事にした。
ああもう、きな粉禁止している筈なのに床にきな粉らしき粉末が散らばっている。忍田さんに言いつけてやる。

「僕も手伝いますよ」
「ありがとう。この部屋で唯我くんだけが良心だよ」

満面のドヤ顔も可愛いものである。わざとらしく髪を耳にかける仕草も微笑ましい。
こちらも笑顔でゴミの袋を渡す。隊長は言わずもがな出水くんも国近ちゃんも絶対に手伝ってはくれない。
それどころか、掃除機かけてるのにゲームをしてるし、退いてもくれないのだった。

「唯我くんは明日何のテストなの?」

ゴミをまとめて、掃除機をかけ終えたところで話しかける。

「数学とフランス語ですね」

なのでフランス語だけさらっと見直そうかと、平然と話す唯我くんを見て思わず手が止まる。

「こ、高校生でフランス語とは…」

そうか、さっきの辞書はフランス語の辞書だったのか。しかも数学はテスト勉強しなくても大丈夫なんだね。国近ちゃんとは逆だね。

「唯我くんは本当に住んでる世界が違うんだね」
「当然でしょう」

もう少し謙遜を覚えたら向かう所敵なしなんだけどな。
でも、いっそこのまま思っている事を全部口に出しちゃう可愛さがあって欲しい。

「ありがとう、これくらい片付けておけばきっと1ヶ月持つでしょ。お礼に何か飲み物でも奢るよ」
「いえ、自販機の飲み物は飲むに耐えない味がするので、お気持ちだけで結構です」

いや、前言撤回だ。ちっとも可愛くない。

「Partir, c’est mourir un peu, C’est mourir a ce qu’on aime : 
On laisse un peu de soi - meme En toute heure et dans tout lieu.」

「エドモン・アロクールのさよならの詩のはじまりですね。ここでその詩を出すのは悪くないですけど、それはそうとして霧絵さんの発音壊滅的ですよ。僕じゃなかったら理解不能ですね」
「唯我くん、可愛くない」

唯我くんの艶やかな黒い髪を掬って耳にかけてあげる。びっくりして固まっている彼の制服のポケットに庶民のお菓子を滑り込ませる。きっと口に合わなくても、食べてくれる気がした。
唯我くんを部屋に残して、ゴミの詰まった袋を持ってドアを出る。

そうだ、今度この詩のセリフがある本を貸してあげよう。探偵小説なんて読まないかもしれないけれど、たまには庶民的なものを読むのも良いだろう。

あの部屋にもうすぐ他の3人がやって来る。