夢を見ていた。

そこは学校で、私は正門から離れた図書室にひとり残っていた。
夕焼けが校舎を真っ赤に染めていて、古い紙の匂いの中できらきらと舞う埃を見ていた。

どうしてこんなにも孤独なんだろう。
世界にひとりだけ取り残されたみたいな静けさだった。

もう諦めて帰ろう。
窓際に置いた鞄を取りに行くとグラウンドに男の子がひとりいるのに気が付いた。
私だけだと思ったのに、この世界にはまだ残っている人がいたんだ。
そう思って暫くその男の子を眺めていた。

いつからそこに居たのかはわからないけれど、走り高跳びのバーを何回か落としたところでさっさと道具を片付けて帰ってしまった。
なんとなくその時の光景が心に引っ掛かって、いつまでも忘れられなかった。
特に悔しがるでもなくなんだか納得したような顔で去っていったのが印象的だったのかも知れない。

そのあと高校に進学してその男の子と知り合う事になったけれど、あの日について話したことはない。
あの赤く染まった放課後はそのまま切り取られたまま、ずっと私の胸の中にある。

きっと口に出すだけで壊れてしまう脆いものだとわかっていたのに、
どうして手を伸ばしてしまったんだろう。

やがて夜が来て身体中に流れる熱い液体は、弾けるように外へ噴き出す。

初めて貴方を見たあの時、私の運命が動き出した。
心に焼きついて忘れたくても忘れられない人。

夢の続きは闇に塗り潰されて消えた。






パリパリと糊の効いた硬いシーツ。
消毒液の匂い。
白くて強すぎる蛍光灯。

ぼんやりと霞む視界に瞬きを繰り返す。
手を伸ばすと自分の腕が見えた。
大丈夫、ちゃんと動く。
とくとくと心臓が立てる音に安心して、じわりと涙が溢れた。








巫条霧絵
日本出身・経歴は特筆すべき所はない。
時計塔関係者からの紹介でカルデアに配属。
勤務態度良好。問題行動なし。

「うーん、逆に疑いたくなる位の白さだなあ」

液晶に表示された個人情報を眺めながら思わず声が出た。
特異点Fにもなった冬木市出身と言うのが引っかかるには引っかかるけれど、彼女は魔術師でもなければ聖杯戦争参加歴もない。

ベットに眠る彼女の白い顔を眺める。
規則正しく上下する胸は薄く、まだ少女と言っても通用しそうに見えた。

藤丸君に抱かれて部屋に飛び込んできた時はぐったりとして浅い呼吸を繰り返す彼女に、焦燥感駆られたがいまは幾分か顔色が良くなったように思える。
一緒にいたギルガメッシュ(小)が綻びは早く縫い直した方がいいと言っていたけれど、それが何のことなのかわからない。そもそも彼女について発言していたのかも怪しい。

ベットから身じろぎをする衣擦れの音がしたので再び枕元まで行く。
しっかりと閉じられた瞼から溢れるように涙がつたう。

手袋を嵌めたままの指で涙をすくった。

「そんな風にひとりで泣かないで」

ゆっくりと瞼が上がり、黒い瞳が涙で揺れた。
薄く開いた唇からもれた声は、誰かの名前を呼んだ。



その時彼女は確かにここにいた。