「霧絵ちゃんとチュウしてたってホント?」

 白髪の前髪の下から覗く赤い眼は、深い色でこちらをじっと見ている。後ろめたい気持ちがあれば心臓が凍ってしまいそうだ。
 彼のサイドエフェクトには嘘が通じない。
「したけど、してないよ」
「どういう意味?」
「親愛とか性欲とか含まれてないから」
 遊真は少し考え込んでから意味を理解するのを諦めたようで、そのまま外へ出て行った。恐らく本部に行くのだろう。しかし、アレを見られてたのか。まあ、読み逃した俺が悪いんだけど、噂が落ち着くまで本部に行くのは控えようと思った。
 本部に行けないならばと、久方振りに自室のベッドへ身体を沈めた。



 大規模侵攻が終わって、またいつもの日常が戻ってきた。オレには前と後のふたつの違いが元からあんまりないんだけど。ただ勝つか負けるかの深刻さが薄まったので、頭の隅に追いやっていた考え事がすぐ出てきてしまうのでちょっと困っている。
 それは少し前に噂になった姉さんと迅さんに関する事で、ユーマ先輩によると噂は事実であり事実とは異なるらしい。
 全く持って意味がわかんないけれど、それの真相を直接二人に聞くのは不可能であった。(迅さんに会える事は元々稀だし、姉さんにもあまり会っていない。住んでいる家が一緒なので、夕飯の時は会うけれど、両親の前でそんなことを聞ける程オレも馬鹿じゃなかった)
 結果一人で仮定(二人が特別に親密だった結果の行為で)とその答え(付き合っている場合はオレはどうすればいいのか)を探してみたけれど、その作業は難航している。
 二人が恋人同士だったら、俺にとって嬉しい事なのかそうではないのか。もやもやする、けどそれはどっちに?
 そういえば、最近姉さんに避けられている気がする。でも気にしてなかっただけで、前からこんな感じだったんだっけ?堂々巡りで進展のない思考にため息が出る……頭を使うのは苦手だ。
 考えても埒が明かないし、今日はさっさと家に帰ってゲームでもしよう。悩むのは性に合わないのだ。
 いつもは学校が終わったらすぐ本部に向かうけれど、下校のチャイムが鳴ると同時に教室を出て家路へ急いだ。



 急いで帰ってくると、玄関のドアを開けると姉さんのローファーが置いてあった。想定外の現実に面食らう。オレが言えた事じゃないけど、姉さんがこの時間に家に帰って来ているのはかなり珍しい。最近は夕ご飯のギリギリまで帰ってこないのが常なのに、となぜか姉さんが家に居る事を非難している自分に驚く。
 何となく居心地の悪いまま、二階へ上がる階段を足音がしないように歩いた。別に姉さんを避けている訳じゃない、と思いたい。
 姉さんの部屋のドアの前で立ち止まって見たけれど、物音はしなかった。気が付かなかったけれど、リビングにいるのかも知れない。今日は下に降りないで、自分の部屋でゲームしようかな。テレビに繋いでやるのに慣れると本体の画面は物足りないのだけれど仕方ない。
 極力音が鳴らない様に慎重に自分の部屋のドアを開けた。姉さんが一階にいるにしても、なんでそんな泥棒みたいな事をしなくちゃと思ったのかはわからない。
 扉を開いて目に入るのは、毎日見ている、散らかった部屋。机に無造作に積まれた漫画もそのままで、特に変わった所はない。
 今朝ベッドの上に脱ぎ散らかしたまま放置した、部屋着のジャージに着替えようとして呼吸が止まった。手に持っていた鞄を握り直して、ゆっくりと後ずさる。
 一度何処かにぶつかったけれど、取り敢えず家を出ることに成功した。靴が脱げそうだ、あれ、鍵かけったっけ。鞄は持っている。うん、きっと大丈夫だ。

 早く家を離れないと。それだけを考えて、息が切れるまで全力で走った。目的地は設定していない。とりあえず家から遠いところに行かないと。がむしゃらに走っていると警戒区域まで出てきていた。
 こんなところに来ても何もないのに、というところまで来て我に返った。ここからまた家に帰るのは結構面倒臭い。張り詰めていた緊張が解けて一気に脱力する。フェンスに凭れかかる様にして足を止めた。

 上った息を整えながら、空を仰ぐ。閉じた瞼にさっき見た光景がフラッシュバックする。
 朝起きたままのオレのベッドに、姉さんが制服のまま横になっていた。紺色のスカートが捲れあがって、白い足が無防備に晒されていた。閉じられた瞳と散らばった前髪。着ようと思っていたジャージが姉さんの腕の中にあって……。
 いや、ちょっと落ち着こう。落ち着けオレ。そう、姉さんがオレのベッドで寝てただけ。別に変なところはない。えっ、なんでオレのベッドに……?
 込み上げる熱が顔を焼く、濁流のように血液が身体中を巡る。心臓が激しく打つので、胸の中心がズキズキして痛い。
 それで、最近自分が姉さんを避けている理由が分かった。シャツを力一杯握った手がだらりと落ちる。


オレは姉さんが好きだ。



この気持ちは家族への裏切だと思った。