紙袋に入れた本を抱えてボーダー本部の廊下を鼻歌交じりで歩く。
好きな本は持っているだけで幸せな気分になるものだ。
歩みはほぼスキップになった浮かれた私は曲がり角を不注意で曲がり、向かいから来た人に思いっきりぶつかってしまった。

「ごめんなさいって、ああ!本が!」

ぶつかった相手がビクともしなかったこともあって、謝罪も終わらぬうちに落とした本に気が取られる。

「大丈夫っすか」
「諏訪くん!ごめん怪我してない?」
「びっくりしましたけど、霧絵さんが弾け飛んだだけで被害はないです」
「本当ごめんね、あとありがとう」

諏訪くんはイカつい見た目に反して?優しい。本を落としたショックで呆けていた私の代わりに、床にばら撒いてしまった本を拾ってくれた。優しくて渡されたそれをしっかりと紙袋に戻す。

「チャンドラー好きなんすか」
「若いのによく知ってるね、本好きなの?」
「読むのはミステリばっかですけど」
「ほんと?私もミステリ大好き!!これは唯我くんに貸してあげようと思って持ってきたの」
「あいつも好きなんすか?」
「うーん、どうかな……」
(彼に貸してあげようと思ったのには理由があるはずなのに、何故か考え込んだ彼女に苦笑する。霧絵さんてちょっと抜けてるんだよな)

話しているうちに自然と足は太刀川隊へと向かっていた。この人の隣は心地がいい。

「そういえば、これ村上春樹が訳してるんすね」
「そうなの!諏訪くんは双葉さん?清水さん?どっちの訳で読んだ?うんうん、両方とも良いよね!でも、これは…ちょっと最高だよ」

早口で自分の言いたい事だけ喋ると、悪い顔をしながら霧絵さんが笑う。不覚にも年上なのに可愛いと思ってしまった。この感情は不味い、と思った筈なのに勝手に口が動いていた。

「じゃあ、次貸してください」
「やったあ!唯我くんにすぐ読ませて貸すね!」
「霧絵さんって笑うと子供っぽいんすね」
「えへへ、本の話するとだめだね。仕事中はしっかりしてないとダメだから今度ゆっくり話そうね」

たったそれだけなのに、未来の約束をするのが面映ゆい。
霧絵ちゃん競争率高いわよ?
加古の声が頭の中に響く。あー、そうかこの気持ちは今に始まった訳じゃねぇんだ。
自分らしくなくて、乱暴に後頭部を掻きながら彼女の予定を聞く。

彼女の返事が返ってくる前に、黒いコートが彼女を抱き上げる。

「ちょ、ちょっと、太刀川くん?!」
「霧絵さんのお陰で単位取れました!!!」
「わかったから下ろしてっ」

ひとしきり振り回された彼女は「太刀川くんはやればできるんだから」と死んだ目をした髭を犬の如く撫でている。
別に勝負してねえけど、負けてる気がする。

「じゃあ、今夜諏訪さんのお金で飲みに行きましょう」
「そこは太刀川くんの奢りじゃないの」
「俺頑張ったんで」
「お前……いや、いいけど」
「「やったー」」

二人は両手でハイタッチをしている。いや、まあいいけど。



「最近大学にちゃんと行ってたらこんな感じだったのかなって思うんだ。もう大人になったから思ってたらいけないんだろうけど……でもやっぱりみんなと一緒にふざけたりするのがすごく楽しいの」

夜、少し酔った霧絵さんがそんな風に言うから、俺たちは霧絵さんを抱きしめたくなるんだ。