漸く見つけた"紅色の瞳""朱色の槍"

今度こそは私が終わる前に。

そう、手も足も目も何もいらない
だから、彼に死をー



左手が邪魔して上手く起き上がれなかった。
先ほどまで見ていた赤はいない。
夢か?いや違う、現実にあったことだ。

ここはカルデアの私に与えられた自室で、さっき夢に見ていたのは現実の反復だ。
眠りから覚めるとそう広くはない部屋は記憶の中より散らかっていた。

「閃く剣を鞘におさめろ、夜露で錆びる」
「おい、遊んでる場合か」

ベッドに沈んだ私の視界にシェイクスピア先生とアンデルセン先生が入ってきた。
もう一度起き上がろうとして浮かせた身体が、鋭く走る痛みによって阻まれる。

私の願いは叶わなかった。いや願ったのは本当に復讐だったのだろうか。

「…抜く時は、おれが知っている、人の指図は受けぬ」

ぼやけた思考とは裏腹に、喉からは掠れた声がでた。
私がまだ生きているのが罪なのだろうか。

(罪に決まっている、それは罪なのだ)

「そこまで頭が回ればよろしいでしょう。人を呼んできます」

シェイクスピアが上着を翻しながら部屋から出て行った。
そっと深呼吸をする。鳩尾が重く痛む。

ああ、これだけは分かる。
私は一世一代の復讐に失敗して好きだった人にも守りたかった人にも合わせる顔がないということを。

「わたしクビですよね……」

いや、それで済めば御の字だ。
冷静になって気がついたけど、本当になにをしでかしてしまったんだ。
今更後悔しても遅いのだけれど。

「貴様はバカか」

スパーンと頭を叩かれる。

「次マスターを泣かしてみろ、お前の初恋を館内放送で朗読してやろう」
「…ごめんなさい」
「本人に言え」
「…ごめんなさい」

アンデルセンは声色は怒気を含んでいたが、上手く身体を動かせない私の背中に添えられた手は優しかった。
人形に戻ってしまった左手を眺めながら、わたしがいま生きているのが間違っているんだろうなと思う。

「わたしどれ位寝て
「霧絵さんっ!!!」

ドアが壊れたんじゃないかってほど大きな音を立てて、立香ちゃんが弾丸のように入ってきた。
息が苦しくなるほど抱きしめられて、泣きそうになる。
でも、わたしには泣いていい理由がない。

「立香ちゃん、ごめんね」
「絶対許しません」

迷ってから動かせる方の手を彼女の小さな肩に乗せる。
鼻声で話す立香ちゃんの声に、泣かせてしまったと罪悪感が募る。

「お取り込み中にごめんねー、意識が戻ってすぐで申し訳ないんだけどいま大丈夫かな?」

ドクターとダヴィンチさんがベッドの側までやってくる。

「この度は多大なるご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

こんな言葉で謝罪が済むとは思っていないけれど、まずは謝ることしか出来ない。
壊して傷つけて関係ない人まで巻き込んだ。

「あー、えっとなんていうか何があったのかよくわかってないというか、全くわかってないっていうか」
「そうそう、修理代はもちろんお給料から天引きするから全然気にしなくていいよ!んー、私としては、その義手と義足の事が知りたいんだよね。

そんなものこの世で作れる人間は限られてるから」

ダヴィンチさんの声から表情が消える。
美人の真顔って迫力があるなと場違いなことを思ってしまう。
どうやら私がやってしまった事よりもこの身体の方が問題らしい。


「えっとこれは魔法使いのお姉さんが貸してくれた身体なんです」
「え、魔法使いで人形師なんて、まさかそれってトウコ・アオザキの事じゃないだろうね?!」

慌てた様子のロマニ先生に相変わらず表情の読めないダヴィンチさんに少し戸惑う。
魔法使いはお伽話の中にしかいないと思っていたあの頃との私と違って、カルデアでは魔法使いは驚くべき名称ではないはずだから驚いているのは橙子さん本人の方か。

「そうです、伽藍の堂の青崎橙子さんです。カルデアの方でもご存知なんてすごく有名な人なんですね」

あの夜に流れ出るあたたかな命の中で橙子さんに出会わなかったら、ここにいる私は存在しなかったんだな。
天才だけど無茶苦茶な人なんだよね、思い出した記憶を懐かしむ。
死にかけの人間に代わりの身体を与える代わりに、ちょっとビール買ってきてだもんなあ。
何日か事務所でお世話になって、動けるようになるまで色々説明してくれた。
私が遭遇したモノについて、魔術師について。
橙子さんが貸してくれた偽物の目と人形の身体の使い方を教えてくれたのに、最後にあの建物を出る時にきっと記憶をどこかに封印したんだな。その意図はわからないけれど。




(封印指定と知り合いだなんて、履歴書に書いてあった?)
(調べても出てこなかったって事実が一番怖い……)

「えっと、霧絵さんの身体は作り物って事?」

黙って抱きついていた立香ちゃんが顔をあげた。
私の動かない左腕をそっと撫でている。
しかし触られている感覚は、ない。

「そう、一部だけだけどね。私高校生の時に一回死にかけてて」
「もしかしてクー・フーリンに……?」
「名前は初めて知ったんだけど、そうだね。でも今ならわかるよ、同じ人だけど違う」

どくりと心臓が脈打つけれど、理解している。
藤丸くんと立香ちゃんが止めてくれなければ、今度こそ死んでただろうな。
そして死んでたのが私だったとしても、カルデアの英霊に私闘を挑んだのは私だ。
いくら損害部分の費用をお給料から引くって言ってもこのままここにいることは出来ないだろう。
(そもそもお給料じゃ足りないのでは?)


「その身体じゃあ、これ以上何も出来ないだろうし暫く治療に専念かな」
「ダヴィンチちゃん治せるの?!」
「そこは天才にお任せさ!詳しい話はあとで報告書でも作って貰うよ。身体が治ったら今まで以上に働いてもらうからね、覚悟しておいて」

即刻解雇かと思ったのに、美女のウィンクにびっくりして言葉が出ない。
用意していた言葉が使えなくて口を閉じて開けてまた閉じた。

「……話は終わりか?いくら容体が安定しているからって三日ぶりに起きたんだ、寝かせてやれ」
「我々も締め切りが待ってますしねお暇させてもらいましょう」

今まで口を挟まず話を聞いていてくれたアンデルセンさんに頭をぐしゃぐしゃにされる。

「そうだね。霧絵ちゃん、また明日来るけど、何か必要なものはある?」
「い、いえ大丈夫です」
「あ!破れたままで悪いけど、着替えずそれを着ておいてね。それがないと君また暴走しそうだから」
「霧絵さん、具合悪くなったらすぐ呼んでね!」

来た時と同じように慌ただしく立香ちゃんたちが部屋から出ていった。

最後アンデルセンさんは呟くように言った。

「いいか、どうせ地獄に落ちる気ならばだ、身投げなどより、もちっと気のきいた手を考えるがいい」


しんとした部屋の中でゆっくりと息を吐く。
低い彼の声が頭の中でこだまして、ゆらゆらとまた眠気が立ち上ってきた。

この身体が動くうちは恩返しをしなければ。
人理保障機関カルデア、まだ私の居場所。

(悪意から悪を学びませぬよう、それを鏡に自分の悪を正すことが出来ますよう!)


胸に刺さって抜けないガラスとなったあの日々は、形を変えてまだ私の前にいる。
それは喜ぶべきことなのか、嘆くべきことなのか。

いたいよ、衛宮くん。

この胸の痛みの理由はわからないけれど。
でも許されるなら、もう一度名前を呼んで。