え?毎週デート、してたんでしょう?橙子さんが言ってましたよ。
私がそう言うと彼は困ったように頬をかきながら笑った。相手の意識がないと言うのは後から知った事だ。
そう、最初は毎週同じ時間に早退する彼を見て何があるのかと思ったけれど、橙子さんは事もなげに一言で済ませた。
「デートよ、デート」
ほら見てみなさいあの浮き足立った歩き方を、とそう言われて黒桐さんの歩き方を見てみたけど私には違いがわからなかった。
でも橙子さんが言うんだからそうなんだろう。
いいなあ、デート。
清潔なベッドに横たわる彼女は死んだように眠っていてピクリとも動かない。義手と義足は布団の中に隠れているのに空っぽの人形みたいだった。
僅かな呼吸する音が聞こえるまで近くに寄って彼女の伏せられた瞼に触れる。この薄い皮膚の下にあるものも偽物だそうだ。
あの日に彼女が死んだ?そんな訳ない。俺は何を間違えた?分からない。
どの分岐点の行き先が此処だったのかなんて。
「巫条」
口にしたら懐かしい音がした。あの日々がすぐ近くにあるみたいな気がしたのは錯覚だけれど、今彼女は触れられるところにいる。
熱を持った肌は水分を失って乾き、黒髪は切り刻まれて白いシーツに散らばっていても美しいと思った。
そして彼女を見たほとんどの人がそう思うだろう。
ドアから出る前に振り返って見た彼女の表情はほんの少しだけ歪んでいた。
冷たい床にうつ伏せになっていた。目が開いて無いのか、それともただ真っ暗な中にいるのかは分からない。
私に分かるのはひび割れた境界にひそんでいるものが、決意の甘さとただ静かな夜の冷たいアスファルトの匂いだって事だけ。
そして温かいものが左腕と右足から絶えず流れ出ていて、それは、たぶん命だ。
止めたいのに、止めないといけないのに指一本動かせない。
私はまた理解した。私を切り裂いた刃はここにはいない。探さないと。殺さないと。私が死んでしまう前に。
冷たいコンクリートに溢れていく私の温度。夜は恐怖を青く塗りつぶした。
ねえ、お願いこれ以上私から熱を奪わないで。
「ーッ!!霧絵ちゃんッ!!」
揺さぶられて、暗闇から真っ白な世界へ反転する。目を開けるとドクターロマニがいた。
「脈・血圧・体温の上昇を確認」
「呼吸回復しました」
「瞳孔の収縮を確認」
慌ただしく動く人達は医療班の白衣を着ている。
「ド、クター、?」
「霧絵ちゃんッッッ。苦しいと思うけど、意識を失わないように何か話してて」
「ぁ、?わたし?」
天井が眩しくて目を開けていられない。喉が引き攣って声が引っくり返る。
「すべて正常値まで回復しました」
「現在異常はみられません」
けたたましく鳴っていた何かの機械が静かになった。
「霧絵ちゃん、どこか痛いところはない?」
痛くはない。最後の瞬間まで痛くはなかったんだ。
でも、
「ウ、デとアシは、どこにイっちゃっ、たんですか?」
声が水の中にいるみたいにくぐもって聞こえて気持ちが悪い。私の言葉は、はりついて掠れて潰れる。
ドクターが一瞬止まって、苦しそうな顔をした。
「今僕が触ってるのわかる?」
薄く目を開くと、ドクターは私が横たわっている左側のベッドに手をついているように見えた。
そこに私の腕は亡い。
あれ、でも橙子さんが作った義手があったはずなのに。ああ、頭が痛い。なにも考えたくない、静かなところでゆっくりと目を閉じていたい。
「すこし、眠ってもー」
最後まで生きれないまま重たい瞼を閉じた。
「…と言う事で、霧絵ちゃんには、エミヤと仮契約して貰うって事で決まったから」
「ええと?」
朝目覚めると見知らぬ天井が見えた。確か自分の部屋で寝ていたはずだ。
色々やらかしてしまったけれど、器物を破損しただけで生身の身体にはあまり損傷がなかった、と言われたのではなかったか。
ぼんやりしているうちに、ドクターとダヴィンチさん医療スタッフ数名、衛宮くんに囲まれていた。
あまりの仰々しさに身体を起こそうとしたが、腕と足が丁度対角線上に一本ずつ無いので身体を起こす事も出来ない。
「だって君、勝手に死にかけてるし」
「昨日の睡眠中に心肺停止でここに運ばれたの覚えてないかな?」
「それに、認識出来ないんだろう?」
説明によると、昨日自室で睡眠中に心臓が数秒停止しここに運び込まれたものの異常はどこにも見当たらなかった。一度意識を取り戻した私はすぐにまた昏睡状態へ戻ってしまいいまに至る。そして意識を取り戻した私には作り物の手足の存在が認識出来ず、動かすどころか目で見る事も出来なくなっていた。
と言う事らしい。らしいと言うのは自分の身に起きた記憶がないので実感がないからだ。
でも確かに義手と義足の部分が私には視る事が出来ない。
ダヴィンチさん曰く、義手義足の部分の損傷を修復する事は可能だがそれで認識が出来るようになるかは謎だそうだ。
「修復中は絶対安静、かつ不自由な部分はアーチャーに世話してもらってね」
「なんでそんな事になってるんですか」
「俺が頼んだんだ、マスターにも許可を得ている」
そう言ってぽんっと頭に手を乗せられる。じわりと顔が徐々に熱くなっていくのを止められない。
動かせる方の手をぎゅっと握って、赤くなった顔を見られないように俯く。
「よろしくお願いします」
思ったより小さい声が出たが、みんなに聞こえたらしい。
何故かドクターが拍手をした。