極東から来たらしい女の子がエルメロイ教室の一員になった。
いや、元々一員ではあったんだけど、
ル・シアンくんがウザ絡みするなって五月蝿いからあんまり話かけなかった。
自分がグレイちゃんに話し掛けられないからって、困っちゃうよね。

その子は霧絵ちゃんと言って、アーモンド型の目が猫みたいでかわいい。
でも、笑顔がギコチナイって言うか、苦笑?って感じ。
ちょっとおどおどしてるし、グレイちゃんとちょっと似ている。
僕らの先生みたいな黒くてサラサラした髪は好き。

 ランチを食べる為に来たパブで、彼女は笑った。
何の脈絡もなく、急に笑うものだから僕たちはフィッシュ&チップスを持ったまま無様に固まった。
なんだ、そんな、子供っぽく笑うなんて、そんなの、知らなかった。


 霧絵ちゃんは真剣に揚げた魚に向き合っている。
僕らはジャバジャバとモルトビネガーをかけて食べる。
ここは安いし結構美味しいので良く食べにくる。

自分のグラスに注がれた水がなくなったので、スヴィンのを飲んだら睨まれた。

「早く食べないと不味くなるよー」

ナイフとフォークを持ったままの彼女に声をかける。
彼女は机の上を見回してから食べはじめた。
それを見届けてから、世間話や今日の講義の話をする。

「霧絵ちゃんはさ、なんて言うか大雑把すぎると思うんだよね」
「お前みたいなやつに言われたくないだろ」
「僕の繊細な技術を見習った方がいいと思う!」

彼女は上の空で、ぼんやりと何か考えているようだった。

「聞いてる??」

覗き込むとびっくりしたのか、体を大きく後ろにそらした。

彼女はその時、魚のフライに添えるソースの事を考えていた。
天ぷらつゆ、ケチャップ、中濃ソース、タルタル、醤油、レモン、バター。
コチュジャンも美味しそうだし、スイートチリでもいい。サルサも捨てがたい。
もっと美味しく食べることが出来そうなのに、イングランドの人は素材の味を生かすのが好きなのだろうか。
今度は持ち帰って思う存分好きな調味料をかけて食べようと誓った。

二人の話を聞きながらポテトを口の中で咀嚼する。
どうやら私の話をしていたらしい。

「魔眼の事も気になるんだけど、とりあえず君の家はどういう魔術なの?」

フォークを置く。皿の上をじっと見る。
霧絵は青子さんに会う前の自分を思い出そうとした。

真っ暗な部屋の中にずっといた。

そこは暗くて、静かで、

暗闇の中は自分以外いなくて、

あまりにも暗くて静かなので、最初は幻覚や幻聴が聞こえた。

でもそのうちに五感が働かなくなって、

身体から魂が少しずつ離れてって、

それで、それで、

深いところが見えたーー。



彼女の目が虚ろに空を見つめ、じわりと体から死の匂いが香った。
どろりとした黒いものが滲み出していて、感覚ですっごくやばいのがわかった。

このままだと、ここにいる全員が死ぬ。
ルシアンくんの魔術もざわりと逆立っている。

一瞬で判断して彼女の頭を引き寄せた。

柔らかい唇を舌で割って、口内に入りこむ。
ぬるりとした熱い舌を見つけて自分のものを絡ませる。
光を失った瞳が、瞬いた。

彼女の意識が戻って来たのを確認して、唇を話すと
物凄い衝撃が頭に走って気が付いたらポテトの中に顔を埋めていた。

「っいたー!酷いよ、ルシアンくん!!」
「お前ッ、何やってるんだよ!!!!?」

彼女はやばいものを体に飼っている。
でも、顔を真っ赤にして硬直しているのが本当の彼女何だろう。

「僕が気転をきかせなかったら今頃ここはゲヘナだよ」

スヴィンは出掛かっていた言葉を飲み込んだ。
言いたい事は分かる。
しかし感情がついていかない。

「霧絵ちゃんが初心で良かったー、ね?ル・シアンくん」
「猫騙しとか、色々他にもあっただろッッ」
「もー、それシットー?」

仕方がないので、霧絵ちゃんの唇と僕の唇で左右の頬を挟んであげた。
ちゅっという軽いリップ音が鳴ったと同時に、彼は獣の様に店を飛び出した。

「先払いで良かったー!」

頭を抱えている彼女を尻目に、少年は笑顔でランチを再開した。