「巫条入るぞ」
「衛宮くん、おはよう」
「ああ、おはよう。飯は食えそうか?」
朝衛宮くんがご飯を持って部屋まで来てくれた。
挨拶をしてすこし話をする。
起き上がる時に背中に添えられた手の平にどきりとする。
彼の手が触れる事を単純に嬉しいと思った。
腕と足を動かそうとして、片方ずつ動かないのを確認した。
私は橙子さんのところにいた時の事を思い出そうとする。
彼女は魔術師と魔法使いについて教えてくれた。
そして根源というものについても。
私の記憶のうち何割かは使い物にならなくなった手足と共に消えてしまって、そのかわり新しい空白が付け足された。
それを思い出した。
「ぼうっとしているとこぼすぞ」
「わあ、ごめんありがとう」
温かいおかゆが斜めになった蓮華からこぼれそうになっていた。
片手でもそんなに不便ではないのではないか、という期待はすぐ裏切られた。
おかゆをすくうだけでも器を支える手がないと難しい。
「ほら、あーん」
「え?じ、自分で食べられるよ」
「いいから」
差し出される手に顔が熱くなるのを感じながら口を近づける。
「ん!凄い美味しい」
「そうか良かったな」
「幸せ…」
「巫条は昔から美味そうに物を食うな」
「ええ?!そうだっけ?見られてたの、なんか恥ずかしいな」
衛宮くんの周りにはいつも人が居たから、私の事なんて覚えていないかと思った。
ずっと見ていたのは私の方だから。
食べ終わった食器が手際よく片付けられて行く。
「片付けて来るが、何か欲しいものはあるか?」
「ううん、大丈夫ありがとう」
衛宮くんが出て行ってからすぐにドアが開いた。
忘れ物かな?と思って視線を動かすと予想とは違う人が立っていた。
「クー・フーリンさん」
強く打つ心臓を存在する方の手で、ぎゅっと掴んでゆっくりと瞬きをする。
大丈夫、この人は違う。
たとえ槍を持ったあの人の事だって、もう諦めたんだ。
「よお、元気そうだな」
「おかげさまで」
「ははっ、嫌味が言えれば十分だ」
「誰のせいでこんな事になってると思ってるんですか」
「いや、オレが悪かったからそろそろ魔眼は勘弁してくれ」
「え?」
「この距離じゃ話もし難いだろ」
「あ、ごめんなさい。無意識でした」
目を閉じる。
衣擦れの音がして、目を開けるとすぐ側にクー・フーリンさんが立っていた。
「ふうん、こいつは気がつかなかったな」
「?」
「ああ、今は見えないんだったか?」
なるほど、義手を見ていたのか。
触られている感覚もなければ、やっぱり手があるように見えない。
「何かわかったんですか?」
シャツの下にクー・フーリンさんの大きくてゴツゴツした手が
差し込まれ私の腹部を撫で上げる。
「んっ」
魔術刻印がある辺りに触れられると刺激に耐えられず思わず声が漏れてしまった。
クー・フーリンは突如発せられた後頭部に突き刺さる殺気には気がつかない振りをすることにした。
「あー、こりゃ本人じゃないとだめだわ」
「?」
「おい、それ以上彼女に触れるな」
流石に得物を出されると無視も出来ないので両手を挙げて降参する。
「狭量な男は嫌われるぜ」
鼻で笑われるが、彼女へと意識を戻した。
「カルデアの召喚じゃあ令呪の効果も宝具の威力も違うのは知ってるな?」
「ええと、はい」
「お前さんは一度オレの宝具を喰らっちまってる。アンタのその手足が死から戻ってくるには奴の協力が必要だろうな」
「具体的にお願いします」
「一度魔力供給でもすりゃあなんとかなるだろ」
後ろでものすごい音がした。
「衛宮くん大丈夫?」
顔を動かして音のした方を見たいのだが、クー・フーリンさんが邪魔でよく見えない。
仕方がないので、話を戻す。
「その、魔術供給?ってどうやってやるんですか?」
「そうさなぁ、やればわかる。オレには話つけといてやる、それでいいか?」
「全然よくわかんないですけど、じゃあお願いします」
「…」
「おう、じゃあな」
クー・フーリンさんがひらひらを手を振って部屋を出て行った。
衛宮くんが何かを考え込むようにして黙っているので、なんとなく気まずい。
その時私は、自分がこの後どんな目に合うか知らなかったのである。