「さあ、講義をはじめよう」

時計塔に戻ってきた私たちは現代魔術科の教室にいた。
先生は教壇に立ち、私たちは思い思いの席に着いた。

「死は命がなくなること、生命が存在しない状態、機能を果たさないことをさす。しかし、人間の死といった場合、その判断や定義は文化・時代・分野によって様々である」

コツコツと靴音がメトロノームのように鳴る。

「では、魔術師にとって死とはなにか」

先生が立ち止まりこちらを見る。フラットくんが間髪入れずに発言した。

「うーん、魔術が使えなくなること?」

「魔術が使えなくとも魔術師としては死なない。そして魔術師になった瞬間に魔術師は人間ではなくなるので人間としての死は持たない。肉体の重要性は消え肉体の消滅も死には定義されない。しかし死は生の終わりの点(ピリオド)となる。よって魔術師は根源へとたどり着く為に死を避けようとする」

再び靴音のメトロノームがはじまる。
難しいお話と規則正しく鳴る音に、瞼が重くなってくる。

「けれど、日本の仏教では違う考え方をするようだね。ミス巫条」

急に名前を呼ばれたせいで身体が大袈裟にびくっと跳ねた。
先生が顔を顰めている。ああっ、ごめんなさい。

「ええと、私たちは死を連続した線ととらえます」

続けて、と先生の声が響く。どうやら解答は合っていたようだ。
ほっとして胸を撫で下ろす。一度深呼吸して頭の中で説明を組み立てる。

「死ははじめから生のうちに有って、氷が融けて段々と水になるように、生が融けて死になります。生きているものは皆死を抱いて生まれてくるのです」

「それで君の家はどうやって根源を目指していた?」

「あ、ええと、身体が根源へと至る為の扉と仮定して死を鍵としました。生と死そのふたつの向こうに側に根源があるとしたのです。…すみません私も理解できてないのでこれで伝わってますか?」

「それから?」

「素質がある肉体を死に浸すために、中身のえっと精神の部分を殺します。それで生を通って死の概念の向こう側へ行く、行けるらしいです…」

尻すぼみな私の説明のあと教室はシンと静まり返った。
恥ずかしくなって慌てて座る。ガタガタと大きな音が鳴ってしまい余計恥ずかしい。

ぽつりとグレイさんが呟いた声が聞こえた。

「生が融けて死になる…」

「その試みは成功する一歩手前で破壊されることになった」

「どういうことですか」

「彼女が鍵を開ける前に精神を無理矢理こちら側に戻した奴がいるな?」

「青子さんは私のヒーローなんです。あの場所はとても居心地のいい場所でしたから、きっと私だけじゃ戻って来られませんでした。それに誰も扉としての私以外に興味はありませんでしたから」

「青崎青子は君を完全に助けるには少し遅かった。その結果君の身体には死が記録された。それで彼女は君の記憶を封印することで死を漏れ出さないようにした。しかしそれはある出来事で綻ぶ」

「先生を狙ったアレのせいですね!!!」

「…そうだ、巫条は死と相性が良すぎる。今日お前は誰にあった?」

「名前は…聞かなかった気がします。とても低い声の人で、私が望めば私の欲しいものをくれるって言ったんです」

「…。お前のその首のやつは、内包している死を隔てる結界だ。お前が持っていた死とお前を蝕んでいた死をわけるもの、と言えばわかるか?そんなモノを創れる魔術師は多くない。封印指定ものだ」


先生は優しい。
お世話になった人達にきちんと説明するチャンスをくれた。
さよならをする機会をくれた。


「わ、わたし

「法政科には見逃された、と思っていいだろう。だが、その首のは隠しておけ。お前らもそういう事だ、この教室を出たらこの件について余計な事は口にするなよ」

あれ、思っていた展開と違うような?
中途半端に開いた口をどうしたらいいのかわからなくなった。

「先生」

「なんだスヴィン」

真っ直ぐにあげられた手に視線が集まる。

「その魔術師は誰なんですか」

「お前らは教えないと突っ込んでいくから仕方なく名前を言うが、聞いたらすぐに忘れろ」

「さっすが僕らのロンドンスター先生は無茶振りの仕方がちっがう!」

「…魔術師の名前は荒耶宗蓮。見かけたら全力で逃げろ、関わるないいな」

「もうミレットちゃんが関わってるのにねー?」

いつの間にかフラットくんの顔が目の前にあった。
綺麗な目の色。澄んだ空みたい。

「だからだよ。目的も何もかもわからんのだからな。明日からは普通に授業に出るように。以上」

「はあー、やっと終わったー!お腹空いたしミレットちゃんもご飯行こうよ」
「おい、"も"ってなんだよ」
「え?みんないくでしょ??」
「ええと、拙は…」
「先に戻る。グレイ帰りになにか買ってきてくれ」
「は、はいっ!」
「ぐ、グレイたんとご飯…!」

授業の後の騒めき、数歩先に広がる明るい世界。
ずっとずっと暗いところにいた。
光なんて見ると辛いだけだった。

「おい、お前も行くんだろ」

スヴィンくんの腕が伸ばされる。
手を取ることに躊躇していると、めんどくさそうに掴まれた。

たった一歩で明るい世界に踏み込んだ。

あたたかくて力強い手にひかれ、
今日もさよならに逆らってこの世界で生きる。