月の明かりが水面に映っている。
ゆらゆら揺れて遠くまでいける道だ。
ミルク色に淡く光っていて希望の象徴みたいな道。
私はその道を行く事ができないのを知っている。
◇
「臆病者は、ほんとうに死ぬまでにいくたびも死ぬが、勇者は一度しか死を経験しない」
「ジュリアスシーザーですね」
今日はダ・ヴィンチさんとロマニさんに先日の魔力供給の件を話しに行った。
片手片足使えないのは大いに困るし、いますぐどうにか出来そうな案も他にない。
現状打破するためにはいい案なのではないか、と思っていたのだがふたりの反応はなんとも微妙なものだった。
というのを部屋に遊びにきたシェイクスピアさんとアンデルセンさんに報告した結果が冒頭の台詞である。
余計な心配はしたって無駄なのはわかっているんだけど。
「でもまあ理に叶ってるんじゃないのか?」
「私もそう思ってるんですけど」
「そういえば弓兵はどうした?お前と契約したんだろう」
「ええと、戻ってくる時は一緒にいたんですけど何かお仕事があるようで」
「ふうん?」
「あー、我輩がいうのもなんですが男は繊細ですからねえ。悲劇にはならないといいのですが」
「あんなに悲劇ばっかり書いておいてか」
「はははは」
最後の方はふたりで盛り上がって帰っていった。
これだから物書きは、と思ったけどあの二人に言ったところでなんの意味もなさないだろう。
むしろ褒め言葉だ!とか言われそう。
しかし、あのふたりも不穏な事を言って帰ってったなあ。
生身の、作り物の方じゃない自分の手にある痣のようなものを見る。
衛宮くんがくれた借り物の令呪。
これが彼と繋がっているんだと思うとお腹のあたりが重たくなった。
弓兵。
サーヴァントにはクラスと言うものがあるらしい。
弓道部だったから、なのかな。
胸の痛みが私を過去へと連れて行く。
個室のドアの外に人がいる気配がして鳥肌が立つ。
ああ、もう諦めたはずなのにとため息を吐いた。
「鍵あいてるのでどうぞ」
「おう、邪魔するぜ」
遠慮を感じさせない足取りでクー・フーリンさんが部屋に入ってきた。
目が頭が私の意思とは関係なく熱くなっていく。
その様子をみてカラカラと笑っている。くそう。
「先日はすみませんでした。付き合わせて申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
もう少し気持ちがこもる筈だったのに随分と棒読みになってしまった。
「んじゃさっさと終わらせよーぜ」
ベッドに身体を預けている私の上にクー・フーリンさんの影が出来る。
ぎしっと軋んだベッドになんて場違いな音なんだろうと思う。
彼の顔をじっと見ていると魔眼が邪魔だから目を瞑っていろと言われて大人しく従う。
数秒後、顔の両脇に手が差し込まれたのでびっくりして目を開けてしまった。
「ーーーっん」
顔を背けたいのにガッチリと両手で固定されていて動かない。手も足も片方しか動かないのでまともな抵抗も出来ない。
ぬるりとしたものが口の中に差し込まれ思わず歯を立てた。
じわりと鉄の味がした。
それなのに赤い眼はにやりと笑って血だらけの舌を絡めてくる。
甘い。
気持ち悪いから吐き出したいという感情が、甘いこの液体を啜りたいと変わっていく。
引き剥がそうと躍起になっていた手が縋りつくように回されている。
腹部の令呪に触れられて身体が大きく跳ねた。
いままで感じることの出来なかった義手に魔力が巡る。
ああ、私の大切な手が足がそこにある。
流石橙子さん象に踏まれても壊れないって言ってただけある。
唇が一度離れていく。
湿ったそれをみて、自分のそれに指を這わす。
義手は血の通った手みたいに温かい。
ぼんやりした頭でもう一度近ずく吐息に口を薄くひらく。
令呪がにじんで見えたので、私は目を閉じることにした。
◇
次に瞼を上げた時部屋の中で、ひとりぼっちだった。
動く両手を天井に向けて閉じたり開いたりしてみた。
どうしようもなく帰りたくなって、でもどこにも帰るところがなくて
私はひっそりとひとりで、この世界から隠れるように泣いた。