朝起きたら夏が来ていた。
カーテンの隙間から差し込む光が眩しい。
ベッドの下に落ちていた端末を見ると、余裕で遅刻出来る時間だ。
そういえば、お母さんがぶち切れながら起こしてくれたような気もする。
とりあえず居間に行くと、テーブルにお弁当とメモが置いてあった。
"学校休むなら布団干して置いてね"
…さすが我が母上わかってらっしゃる。
どこまでも青い空に入道雲がむくむくと浮かんでいる。
空が昨日よりも近くにある。
ベランダで深呼吸すると風は冷たいけど、もう夏の匂いがした。
パジャマのポケットに突っ込んでいた端末をとりだし、メッセージアプリを起動する。
昨日寝落ちした未読のメッセージには触れず、新しい文字を打つ。
霧絵:いまどこ?08:08
公平:教室08:09
公平:むしろお前がどこだよ08:09
霧絵:家だよ 出水は今日も今日とて真面目だな?08:11
霧絵:米屋は?いる?08:12
公平:きてねー、寝てんじゃね?08:12
霧絵:ちょっと電話してみてよ08:12
公平:いや自分でしろよ?08:13
霧絵:歯磨き中なんだな?08:13
あー、ベランダで歯磨きすると気分がいいわー。
いいことありそうだなあ、寝坊したけど。
米屋:いま起きた08:19
出水:お前電話出ろや08:19
米屋:起こしてくれてありがとv08:20
出水:緊急脱出しろ08:21
霧絵:今から海行こうよ!!!!!08:21
米屋:おー、お前どこいんの?08:22
霧絵:そりゃ家だろ08:22
出水:学校来いや08:22
霧絵:30分後にファミマ08:24
米屋:米屋了解08:25
出水:おい、話を聞け08:26
よっしゃー!道連れゲットォオ!
歯ブラシを咥えたままガッツポーズだ。
チャリを全力で漕いで行くと、制服姿の女子がひとりしゃがんでいる。
ガラ悪りぃーと思って近づくと、
「おそい!」
ジト目で睨まれた。
「いやいやいや、30分は物理的に無理だろ
お前ん家遠過ぎだわ」
「了解って言ったのにー!」
「てか、それよりお前チャリは?」
「え?私2ケツするの夢だったんだ!
米屋くん嬉しい!イケメン!」
「お前おれをのせて漕ぎたいとか男前すぎだわ、惚れそう」
「いやいやいやいや、こちとら花の女子高生なんですけど」
「と思うじゃん?」
「くそかよ!ってかチャリそこにあるから!もー!」
立ち上がった巫条のポニーテールがなびく。
弾バカすげえ拗ねてそーだなと思い、写メを端末で送信する。
カメラの中で制服のスカートがはためいた。
海でごはんを食べようと提案したものの、そう簡単につくわけもなく、上がっていく気温に負けて途中の公園でごはんにすることにした。
砂場とベンチと謎の遊具があるだけの公園は丁度海まで半分くらいなので、休憩するにはぴったりじゃないか。
平日の午前中だからか他には誰もいなかった。
「てか、お前弁当かよ。おれのメシは?」
「え?コンビニで買わないから持ってるのかと思ったよ。
そこの駐車場の奥にスーパーあるから買ってきたらいいんじゃない?」
「通り過ぎる前に言えよー」
と米屋がぶつくさ言うのを横目に砂場の水道で手を洗ってお弁当をあける。
「しかも先に食ってんのかよ!」
1/3ほど食べ進んだところで、米屋が帰ってきた。
「よく考えて?米屋食べるの早いじゃん?
むしろこの気遣いがわからないなんて、太刀川さんも吃驚だよ?」
「まーいいけど、てか、太刀川さんが自分の欲以外で動いてるとこ見たことねー」と米屋が買ってきたパンや飲み物を袋から出す。
「あ!焼き鳥!!!」
「やらねーよ?てか焼き鳥好きなん?」
「食べねーよ?いや、好きだけど、懐かしいなと思って。
去年冬に妹と来た時そこのスーパーで焼き芋食べて、焼き鳥を砂浜で食べたんだー、
寒かったけどめっちゃ楽しかったよー」
「冬かよ!海好き過ぎかよ!」と謎のツボにはまったらしく米屋が爆笑している。
あまりにも楽しそうなので、写メを撮って端末で送る。
何かがはじまりそうなくらい、わくわくしている。
『海だー!!!!!』
人間は海を前にして叫ぶ、走るといった衝動を抑えることは出来ない。
靴も靴下もその辺に投げ捨てて、波打ち際に突撃する。
膝下まで浸かりばしゃばしゃやっていると、米屋がそう言えばといって近寄ってくる。
お前LINE見た?
弾バカからすげー通知きてんだけどと、いまいち表情の読めない顔で聞いてくる。
そうだと思って通知オフにしてる!
えへ!と笑顔で返すと
米屋はお前には優しさが足りないと、ため息をつかれた。
焼き鳥くれないお前には言われたくないわーと思い
アステロイドと言う名の海水をかけてやった。
米屋のワイシャツがみるみる海水が染みて色が変わっていく。
「三輪隊の米屋隊員、巫条隊員のアステロイドをまともに食らったー!これではトリオン流出によるベイルアウトも時間の問題かー?!」と実況するも
捨て身による体当たりで、1-1となり
2人とも海にドボンした。
濡れて身体にまとわりつく服も、ベタベタする海水も気持ち悪いのに、笑えるほど気持ちいい
2人してぐちゃぐちゃのままお腹を抱えて笑う
このまま自転車乗って乾くかなあなんて帰り道の事を考えていたら、
ガシャンと何かが倒れる音がした。
自分たちが来た方を見ると、多分のけ者にされて、めちゃめちゃ怒ってるであろう出水が立っていた。チャライケメンも台無しだな?
前髪から水滴がぽたぽたと垂れるのが鬱陶しくて前髪をよける。
おっと、なんだかいい事を思いついた。
やっぱり楽しいことは3人で分け合わないとね。
米屋を見ると同じ事を考えたらしく、にやりと笑うので、ふたりで出水までもーダッシュする。
急に両腕を掴まれた出水が制止の声をあげるが無視して、
海岸へ一目散に駆け出す。
革靴を履いた出水にぎゅーと腕を絡ませて、いちばん深くなっているところを目指してジャンプする。
せーのっ!!!!!
一際大きい飛沫をあげて、夏が来た。