憂いを癒してくれる「眠り」よ、暗き「夜」の子よ、
静かな暗闇に生まれた、「死」の兄弟よ、
私のところへ戻ってきて、この苦しみを救い、光を恵み、
暗闇に私をつつみ、私の「 」を忘れさせて下さい。

若気の誤ちが招いた苦悩を悲しむのは、
昼間だけでもう沢山すぎるほど沢山なのです。
昼間なら目を開いて、世間の嘲りにも堪えましょうが、
夜になってまで、苦しめられるのは真っ平です。

夢よ、白日の欲望を映しだす夢よ、お願いだから、
夜明けとともに襲ってくる悲しみを暗闇では見させないで。
朝日が昇り、貴方に騙されたと嘆きたくないのです、
すでに、私の胸は悲しみで潰れそうなのだから。

空しい幻でもいい、何か幻を抱いて静かに眠らせて下さい、
目を覚まさせないで下さい、昼間の悔りにはもう堪えられないのです。












「スヴィンくん」

廊下にチリンと鈴の音が響いた。

「霧絵」

振り返ると見知った顔がいた。
見た目はアジア人だと言う以外特筆すべきところが無い平凡な少女だ。
けれど、深淵の香りがする。

つい癖で、香りを吸い込んでしまう。
落ち着かない気持ちになるのがわかっているので、しないようにしようと思っていたのに。

彼女に触れたいような、同時に逃げ出したいような変な気持ちになる。
ああ、グレイたんがここにいればいいのに。
そうすれば、余計な事は考えなくていい。

「どこか行くのか?」

「ええと、先生からカウレスくん宛の書類を預かっているの」

彼女はそう言って封筒を軽く持ち上げた。
なるほど、きっと思い当たるところをしらみつぶしに見ているのだろう。
眼鏡をかけた生真面目な少年の情報を探す。

「今の時間なら部屋にいるんじゃないか?」
「本当?色々教室を見てまわったんだけどいなかったから困ってたの」
「ああ、途中まで案内してやる」
「…ありがとう」

彼女がはにかむように微笑みを浮かべる。
事件があるまで遠巻きに見ていた時のぼんやりとした表情ではない。
かおりを吸った時みたいに胸がどきりと脈打つ。
この感覚が嫌いだ。
グレイたんだったらただただ気分が上がっていくだけだと言うのに。

短くなった黒い髪の間で鈴がチリンと鳴った。





寮の廊下は現代風にまとめられていた。
いくつも同じ形のドアが並んでいる。これみんな覚えられるのかなぁ?

スヴィンくんがあるドアの前で立ち止まってドアを叩く。

「カウレス客だ」
「えっと、巫条です」

なにかがぶつかる音となにかが落ちる音がした後ノックしたドアが開いた。
ズレた眼鏡を掛け直しながらカウレスくんが出て来る。

「急にごめんなさい。先生からこれを預かってて」

なんだか申し訳なくて早く用事を済ませて立ち去ろうとすると、カウレスくんに引き止められた。

「狭いけどふたりとも良かったらお茶でも飲んでいってよ」

「いや、オレは…」

思わずスヴィンくんの服の裾を掴んでしまった。
折角なので是非お話したいのだが、なにぶん一対一はハードルが高い。
ぐいぐいとスヴィンくんの背中を押して、ふたりでドアの中に入ることに成功した。

「うわあ、すごいコンピュータがある!!」
「ああ、霧絵さんスマホも持ってないもんね」

興奮して勢いよく首を縦に振ると掴んだままだった腕の持ち主が心底迷惑そうにこちらを向いた。

「あ、スヴィンくんごめん」

掴んでいた腕をパッと離す。
痛かったかな?気をつけなきゃ。

「インスタントで悪いけど、はいコーヒー」
「いただきます」
「あ、先生前回の授業で質問した事覚えててくれたんだ」

カウレスくんが預かった書類を見ながら嬉しそうにめくっていく。
その後ろにはコンピュータが置いてある。

「ん?これ使ってみる?」

そわそわと後ろを見ていたのがバレてしまってカウレスくんがコンピュータの前をあけてくれる。

「えっと、壊れない?」
「触っただけじゃ壊れないよ。いや、霧絵さんはやりかねないんだった」
「えっ」

ビクッとしてキーボードに触れていた手を急いで持ち上げる。

「いや魔力を行使しないでくれたら大丈夫」

マウスの使い方を教えてもらう。
キーボードはボタンに文字がついているのでなんとなくわかる。
インターネット検索と言うのを教えてもらう。

"London""Cafe"と入力してエンターキーを叩くと画面が一瞬で切り替わる。

「すごい!!私何もしてないのに!!」

興奮してカウレスくんの方を向くと思ったより近くでその瞳とぶつかった。
青くて透きとおった美しい眼だ。

その向こう側に黒い染みが広がるのが見えた。


「カウレスッ!!!」



それは、たくさんの死と死と死と死。

頭の中に流れ込んでくるこの死はなに。
ねえ、なんでこんなにも人は簡単に死んでしまうの。


流れ込んでくる情報量の多さに吐き気がする。



身体の中をざわざわと這う黒いものが不快だ。


遠くで鈴の音が鳴って、世界に暗闇が訪れた。






作中上部の詩はSamuel Daniel
'Care-Charmer Sleep, son of the Night'です。
(訳は小説の内容に合わせて改変させて頂いています)