「でね?太刀川くんってば結局二泊して漫画読んで帰ったんだよー!酷くない?うちは漫喫じゃないんだって言っておいてよ!もー!加古ちゃん聞いてる??」

巫条が足を組んで偉そうに座る加古の腕を引っ張りながらくだを巻いている。

「あきれているわ」

加古が巫条の肩に腕を回しながら言う。カップルか。
しかし、こいつとは意見が合わないが今回だけは同意する。
目の前の光景を見ながらなんでオレはここにいるんだろうと我に帰る。

「そうでしょ?!諏訪くんはいい子なのに!!」

仕方がないこのジンジャエールを飲んだら帰ろう。
正直加古がこっちを意味深な目でチラチラ見てくるのが気に入らない。

「(霧絵ちゃんの危機感のなさの方になのだけれど)それじゃあ諏訪くんの方が好きなの?」
「えー??好きってラブの好き??」
「ええ」
「んー、やっぱり一番好きなのは夏目漱石かなぁ。スコットフィッツジェラルドも熱いし、お話の中の人でもいいならフィリップ・マーロウには痺れちゃうんだけどひとりだけって言ったら夏目漱石一択かな!」
「だそうよ、二宮くんよかったわね」
「…」

加古の肩に巫条が頭をもたれ掛からせている。
オレはジンジャエールが入ったグラスを飲み干す。

「帰る」
「そう?じゃあ、お会計してくるからちょっと待ってて」
「おい、」
「いいわ、あなたそれしか飲んでないじゃない。ちょっと霧絵ちゃん見てて」

見ててって、この酔っ払いをか?
ため息をついて鞄からハンドクリームを出して塗る。

「二宮くんのハンドクリームいいにおいするね」
「っ」

いつの間にこっち側にきてたのか。
ちょっとびっくりした。

「あー!サンタ・マリア・ノヴェッラだ」
「ふたりとも帰るわよ」
「あ!加古ちゃん!!二宮くんレクター博士だった!」
「? 霧絵ちゃん帰るわよ」
「はーい!」

ばしっと持っていたハンドクリームと取られる。

「これで二宮くんと同じ匂いだよー!」
「おい、」
「加古ちゃんは二宮くんに送って貰いなさい!もう遅いから!!」

バチっとウインクを決められる。
完全に何か間違っている。

「じゃあねー!」

すごい笑顔で走って夜の闇に消えて行った。

「霧絵ちゃんの走って行った方家じゃなくてボーダーじゃないかしら?」
「…」
「この時間なら逆に安心かしら?」

普段大人ぶっている割にまだまだ子供じゃねーか。










四百メートルくらい走って息が上がったので足が止まる。
昔はもっと走れたのに…
身体は勝手に年をとっていく。
トリオン体になってもこれでは動けなさそうだし、生身の体を鍛えるところから始めないとまずいなあ。

と言うか、なんでボーダーに向かって歩いてるんだろう。
あとなんか気持ち悪くなってきた。
本部でおトイレ借りてから帰ろうかな…。
鞄から飲みかけのペットボトルを出して口をつける。
スマホを見ると二十三時十分前だった。

あれ?!さっきお金払ったっけ?と言うか、すごい高そうなハンドクリームが鞄に入っている。
やばい、借りたの持ってきちゃったのかな…。
急いで加古ちゃんにメッセージを作成して送信する。

お酒控えた方がいいかも…。
なにか仕出かしてからでは遅い。
ため息をついてからボーダーの裏口から中に入った。

ドアのロックを外して中に入ろうとした時に出てきた人にぶつかってしまった。
まさかこの時間にここを通る人がいるとは思わなかった。

「すみません」
「アァ?」
「って、影浦くん高校生がこんな遅くまでこんなところにいたらだめだよ。補導されちゃうよ?」
「ッチ」

影浦くんがウゼーって感じの表情で舌打ちをする。
残念ながらもう怖くないんだからね!

「送ってってあげるからちょっと待ってて」
「…」

無視して帰ろうとする影浦くんを捕まえて中に入る。
言ってもわからない子には実力行使あるのみだ。

「ここでこれ飲んで待っててね、ちょっとトイレ行ってくるから」

自販機で買った缶を持たせて椅子に座らせる。
見つけてしまったからにはひとりで帰すわけには行かない。
急いでトイレから帰るとちゃんと椅子に座って待っててくれた。

「よし、帰ろ!」
「アンタ便所行くためだけに来たのかよ」
「うっ、別にいいでしょー!」
「しかも酒クセェし」
「うう、影浦くんこそこんな時間まで何してたの?」
「関係ねェだろ」
「ここ痕ついてるよ」

ほっぺに線がついてたので、指でなぞると影浦くんが猫みたいに後ろに飛び上がった。
あまりの動きに伸ばした腕を戻すタイミングがわからなくなった。

「ええと、寝てたの?」
「…うっせェ」

影浦くんがあごにかけていたマスクを口につけるのをみて、空中を彷徨っていた指を下げた。
これも照れてるって解釈でいいのかな…。

「つか、どこまで来んの」
「え?お家に入るところまで見ないと送ったとは言えないよ」
「ハァ?お前帰る時どうすんだよ」
「大人だから大丈夫!」
「…」

すごいジト目で見られている。でも、影浦くん家に泊めてもらうわけにも行かないし、わざわざタクシーを呼ぶ距離でもない。

「あ、じゃあさ私が家につくまで電話付き合ってよ」
「断る」
「ケチ!」

人通りの少ない道をふたりで何を話すともなく歩く。
人と歩くとすぐに目的地についてしまうからつまらない。

「高校生は二十一時までに帰ること!じゃあね」
「家着いたら連絡しろ」
「うん!おやすみ」

誰かと一緒にいた後ひとりになると急に寂しくなるのはなんでだろう。
ずっとひとりでいるのは平気なのに。
足が自然と早足になる。

玄関のドアを開けた時、汗がこめかみをつたった。
…なんでこんなに急いで帰ってきちゃったんだろ。
影浦くんに家に着いたとメッセージを送る。

(お家着いたよ)
(そうかよ、早く寝ろ)
(うん、影浦くんもね。おやすみ)
(おやすみ)

えへへ。なんかおやすみって言える人がいるのうれしいな。
鼻歌を歌いながらシャワーを浴びることにした。

飲み会の失態が忘れられている時人は幸せになれるのであった。