城壁に沿った空地
城壁の戸が開き、亡霊が現れる。
その人は抜剣の柄を十字架に擬して、亡霊の方に突きつけながら出てくる。

亡霊は歌う。

あてどなく彷徨う夜の果て
そこにもう何もなくても雨は振り続ける
雨は血となり肉となり、罪の形をして世界に降りそそぐ
そうやって世界は満たされる








「ん、シェイクスピア…?」

目を覚ますと横たわった自身の上の方にシェイクスピアがいる。
夢の中で聞こえていたと思ってた声は本当にシェイクスピアだったのか。

「良い夢を見られたようですね、我がマスター」

「どちらかと言うと悪夢だったような気がします…」

違和感を覚えながら身体を起こす。
ここは…、私の部屋か。
私何してたんだっけ?と言うか、なんでシェイクスピアさんが居るんだろう。
それに何か変な言葉を私はいま聞かなかったか?

「あの、シェイクスピアさんさっきなんて仰ってましたっけ?」
「いやはや、あんなにも狂おしいほど我輩の名を呼んでいたと言うのになんて他人行儀な!我輩とマスターの仲ではありませんか」

「ます、たー?」

到底自分のこととは思えない言葉に、変な発音で鸚鵡返しをしてしまう。
確かに私は魔術を使用する事ができる。
そして衛宮くんに仮契約をしてもらっているけど、ただそれだけだ。
俯いて黙っている私の手をシェイクスピアさんが、すくい上げる。

ソファーに座ったままの私の手のひらは、シェイクスピアさんの長い指に絡め取られ白い室内光に照らされる。
立っている彼がすっと屈み片膝をつくので、これはなんの劇のシーンだろうかと思う。
借りものの令呪の刻まれた手の甲に彼の乾いた唇が触れる。
一画だけ刻まれていたはずの手の甲に痣の様に浮き上がった模様がある。

「おや、御子殿とも契約されてたんですな」

ふむ、とあご髭に手を掛けながらシェイクスピアが立ち上がった。

「契約?…っ?!どういうことですか」

私はなにもしていない。なにも知らない。

「それならば彼とも正式に契約されてはどうかな?仮契約のままでは繋がりが薄いでしょう」

「待って下さい!私よくわからないんです。シェイクスピアさんはー」

私に背を向けて歩き出そうとした彼に向かって立ち上がり声をぶつける。
なにもわからないままひとりにされたくなかった。
それにかみ合わない会話が怖かった。ヒステリックに高ぶる不安に声が飛び出した。

くるりと振り向いた彼は長い足で私たちの間にあった短い距離を詰めた。
背の高い彼に今度は頭をすくい上げられて怖いほど表情のない瞳にじっと見つめられる。

「シェイクスピア…」
「ええ。サーヴァントキャスター、シェイクスピア。ここに参上しました。それでマスター。今のお気持ちをお聞かせ願いたい」

私は大切なものを無くして、もう一度壊れた私を取り戻した。
手放してしてしまったものを嘆いて、でも死にたくなくて、生きるのが許されないのが怖くて。

その時にひとつの詩を思い出した。
シェイクスピアのソネットが彼の命の輝きだったならば、ぐちゃぐちゃの心と身体でもう一度恋だけは守ろうと思ったんだ。
青春のカケラはまだ胸に刺さったままだったから。

「私はわたしの物語の終焉がみたい」

でもたくさん悲劇を生み出した彼の手をとるのは失敗だったかな。
どうかわたしの英雄が幸せになりますように。

「マスターのお望みどおりに。さあ、物語をはじめようではありませんか!」