「私はさあ、体育祭で本領発揮したわけよ。あんた達も見たでしょ?リレーでの私の活躍」
「ウンウン」
「最後のコーナー!白組のアンカーとの一騎打ち!!…いやあ、本当痺れるわ」
「それな〜」
「って、さっきから相槌雑じゃない?話聞いてなくない??」
夕暮れの教室、米屋と出水は絶賛力説中の私に一瞥もくれず作業する手を止めない。
「霧絵、それな100回聞いたわ。よっと、弾バカそっちのペンキとって」
「ほい。霧絵女子班から追い出されたのはわかったから板そっち持ってて」
はあ?追い出されてないんですけど。
全然そう言うことじゃないんですけど。
仕方がないので指示された方へと回り込む。
ぐぬぬ、これ結構重いな。
「お前の女子力が低すぎて肉体労働に駆り出されたのは分かった」
「っだから、追い出されたんじゃないって言ってるでしょ!」
もう怒った!仏の顔も三度までじゃ!!
いつもはHRの後ダッシュで本部に向かう私たちも、文化祭目前のため学校に残って作業をする。
校内にはほとんどの生徒が残っているため、準備期間のいまもすでにお祭りモードである。
ちなみに私たちのクラスはタピオカを売りさばく予定だ。
それで女子はテーブルクロスとか衣装とかの裁縫をメインにやっているのだが、裁縫スキルとセンスの無さを発揮し友人たちからやんわりと左遷させられた。(アタッカーは短気な傾向にあると思うんだけど、そう言ったらお前だけだって言われた)
左遷先は、男子たちの作業を管理する工事監督である。
仕方がないので教室にあったヘルメット(なんであるんだろう)を被って、男どもの作業場に来たのだが、厄介払いされたんだなと憐れむ目が多すぎて、本当、そういうの良くないと思う。
大きなベニヤ板を立てて作業していた出水のケツを、私の黄金の右足でしばいておいた。
「っ、おっ前なあ!!!」
出水がペンキが乾いてないところに思いっきり手をついていたけど、目線を外して文句をかわす。
ちょうど、教室のドアが空いて重そうに荷物を抱えた秀次が入ってきた。
「巫条何やってるんだ」
「あ、秀次!それ重そうだね、持ってあげるよ」
「…あそこに並べたい」
「巫条了解!」
「いや、お前…」
秀次の荷物を奪って教室の奥へと運ぶ。
「霧絵チャーンこれあっち置きたいから反対側持って」
「いや、米屋ならひとりで出来るよ!私信じてる!あ、秀次これ?とってあげるよ。はい」
「…お前なんで秀次にだけ優しいの?」
「あんた達みたいな筋肉バカと秀次は違うの」
ぐっと秀次の腰を引き寄せてあほふたりにアピールする。
秀次が嫌そうに顔を顰めているけど照れ隠しだと信じたい。
「ちょいちょい気になってたんだけど、お前らの距離感なんなの?」
出水が怪訝そうにしているけど、自分の胸に手を当ててから言ってもらいたいものだ。
「私はまだこの前のほん怖の件忘れてないからな!」
「オレはぶっちゃけ番組の内容より霧絵の悲鳴の方にびびったわ」
米屋が笑いながら言う。笑い事じゃないから!!!
「だいたい俺の話無視するよね」
「うるさいうるさーい!!!
私怖いのは見たくないって言ったでしょー!勝手に見せといてトイレ一緒についてきてくれないし」
「いや、流石に女子トイレはいれないわ」
「秀次はちゃんと中までついてきてくれたもん」
「「は?????」」
「寝る時も手繋いでくれたし」
「「…」」
「秀次がピンチの時は絶対助けてあげるからね」
「いらん」
「あと古寺くんも命に代えても守るわ。だけど奈良坂あいつはダメだ」
どんなに那須さんに似て顔が整ってても絶対にあいつは許さない…!
「霧絵サンちょっといいデスカ?」
出水が挙手しながら謎のイントネーションで質問をしてくるけど、もうすぐ完全下校時間だよ?
「え?てか手止まってるけど、それ今日中にやるんじゃなかったの?」
「お前のせいでそれどころじゃないんだわ!!」
「?」
窓から差す日はオレンジ色に変わっていて、太陽が沈むのも時間の問題だ。
さっき調子に乗って女子に今日中に終わらせるから任せとけ☆って言ったのがあだになっている。
くそ格好なんてつけるんじゃなかった。
しかし、爆弾発言をかましておいて、驚いているこちらの方が可笑しいと不思議そうに首を傾げているこいつをこのまま帰らせる訳にはいかない。
米屋も同じ気持ちなのだろう、俺は関係ないとばかりに帰ろうとした三輪も一緒に引き止めている。
溜息をついて霧絵はめんどくさそうに床に足を投げ出して床に直接座った。
こいつ…!!
いつもいつもあれほど気をつけろって言ってんのに。
座ると膝上のスカートがずれて白い太腿が惜しげも無く晒されている。
男子高校生たるものどんな据え膳であっても頂かないやつはいない。その証拠にクラスメイト達がちらちらと片付けをしながらこちらを見ているのがわかる。
こいつはスカートのくせして三角座りを平気でするので、パンツが見えてるのも一度や二度じゃない。
その度にフォローするこちらの気持ちもわかって貰いたい。
霧絵をオカズにでもしようもんならクラスメイトでさえ殺してしまいたいと思う。
「で、なんだっけ?文化祭の衣装の話だっけ??ちゃんと金髪の出水はミニスカなんちゃってメイド服で、黒髪の米屋はクラシックメイドさんで注文しておいたよ」
「まじで?エマ的な??」
「そう、英國戀物語的な!!」
「いやいやいやいや?そもそもなんで俺たち??
………霧絵は何着んの?」
なんか話がずらされた気がするけれど、コスプレか…。
全然下心とかないけど、見れるならするものやぶさかではないぞ…?
「え?女子はやりたいこいっぱい居たから私は売り子はやらないよ〜」
「は?じゃあ俺たちも必要なくね??」
「さすがに秀次は学校来なくなりそうだから阻止しておいてあげた!!」
「俺たちのも阻止しとけよ!!!」
「まあまあ」
「槍バカはなんでそっち側?!」
「いーじゃん、思い出思い出」
「そう、プライスレスだよ!ちゃんと写真撮って太刀川さんにメッセージ送っておいてあげるから!」
「望んでねぇー!!!」
「弾バカ、ミニスカらしいからパンツ見えないように気をつけろよ?」
「くそが!!」
「ないなら貸してあげようか?」
「はあ?!え?!ガチで言ってんの?!」
「と思うじゃん?」
「一番腹立つやつ!!!!」
あはは、と霧絵が笑った。
怒っているのに楽しい。
笑われているのに嬉しい。
とても不思議な感覚だ。
だらだらと喋っているといつの間にかクラスメイト達は居なくなっていた。
教室の大きな窓から見えるのは夜の帳が下りたあとの空で、反射して室内を映している。
「んー、もう帰ろっか。先生に怒られちゃう」
「そうだな」
各々鞄を持って立ち上がり、教室の電気を消す。
彼女の後ろ姿をみながら、思う。
きっと大人になって高校生活を振り返った時、大きな行事の最中じゃなくてこうやって他愛のない会話をした今日みたいな日のことを思い出すんだろう。
そしてずっとずっと、その時間を取り戻そうとするのだろう。