「未来を予知しようとすることは、
夜中に田舎道をライトもつけずに走りながら、
後ろの窓から外を見るようなものである。

一番確実な未来予知の方法は、
未来自体を作り出してしまうことである。

って先生が言ってましたよね?!」

「…それはドラッガーだよね?」

「あれー?!
じゃあ、我々が行動可能なのは
現在であり、また未来のみである。
って言ったのは教授ですよね?!?!」

「それもドラッガーだ」

「んん?!
寝床につくときに、
翌朝起きることを楽しみにしている人間は、
幸福である。は、

「それもドラッガーだねっ!」

フラットの発言にカウレス、スヴィン、イヴェットの順で突っ込みを入れる。
言いたいことはわかる。が…

「お前というやつは…」

「ええ?!絶対授業で聞いたと思ったのにー、じゃあ、ドラッガーって凄くないですか?!
まあ、とにかくおれが言いたいのは、未来なんて好きなように作っちゃえばいいじゃんって事です!」

「ううん、むしろなんでドラッガーの名言覚えてたのかが気になるようっ!」

ピョンと跳ねながらしゃべるのでピンク色のツインテールとスカートのフレアが揺れる。

「お前廊下で大声出すなよ!」

「ル・シアンくんの声のがうるさいよ?!」

エルメロイII世は教え子たちに囲まれながら時計塔の廊下を歩いていた。
人数が増えてから余計に騒がしくなった生徒らを諌めるのは骨が折れる。
本日何度目かの溜息を吐いた。

そもそも本人の居ないところで話したって解決しないだろう。
それにこんなところで騒いで面倒なヤツに捕まらなければいいが。


前の騒がしい集団より数歩後ろを歩くグレイの隣へ下がる。
俯いていた弟子がフードを深く被った頭を少し上げた。
前の集団を目で追いながら、口を開けては開く。
数秒逡巡したのち意を決したようにその目がこちらの視線に合わせられた。

「師匠、」

そのグレイの声を遮るように白檀の香りが廊下に広がった。

「あらあら、皆さんお揃いでどこへ行かれるのかしら?」

気配を消していたところをみると完全に確信犯であるが、白々とした演技で曲がり角から化野菱理が現れた。
白い指で眼鏡の蔓をそっと押さえながらくるりとこちらを見回して
「ひとりいないみたいですね」と続けた。

敵でもないが味方でもない人物の登場に全員が口を噤む。
タイミング的に彼女のことで現れたに違いないが意図がわからない。
そんなこちらの沈黙など意に介さず化野は話続ける。

「何か良くないものでも見たのかしら?」

最後の疑問符に合わせて首を傾けた。
その動きに合わせてサラサラと黒く長い髪が肩から落ちていく。

白檀の香りが濃くなった気がした。

「な、何かご存知何でしょうか?!」

予想外に発せられた声に視線がフードの少女へ集まる。

その反応に化野が紅い唇を笑みの形に歪めたのを見て舌打ちがでた。
この女はカマをかけたのだ。

「いいえ、何も知りません。ただ可能性の話をしただけです。
…人を殺めているのに、それでもなお死は怖いものだと思っているのが私には理解できません。生命の終わりがそんなに意味を持つのでしょうか」

長いまつ毛に縁取られた目が不思議そうに宙を眺めている。

「彼女は人間の死を尊んでいます。死を知っているからこそ、かけがえのない生を大切にしています。拙は霧絵さんの優しさが好きです」

「それならば目を離さない方がいいと思いますよ。荒耶宗蓮が彼女の死に蓋をしたことによって青崎青子の封印に歪みが出ているみたいですから」

カラ、と下駄の音を鳴らして化野が横を通り過ぎて行く。
すれ違う一瞬背伸びをした彼女の唇が耳元に寄せられる。

艶かしい声が短く言葉をつげて、内容を理解する前に眉がピクリと動いてしまう。

「手に余るようでしたらこちらでお預かりしますよ」

法政科にしろ彼女個人預かりにしろ自分が面倒をみるより巫条の為になるのかもしれない。

けれど最初に頭に浮かんだのは、手離したくない。
という感情だった。

化野は口元を袖で隠しながら笑うと廊下の奥へと消えて行った。


「教授ーっ霧絵ちゃん待ちくたびれてますよー!!」

フラットの声に止めていた足を再び前に出す。
彼女がその手を伸ばさなくても、自信を含め彼らたちもその手を掴むために何度だって差し伸べるだろう。

一度ふり返ってから、がやがやとまた騒がしくなった生徒たちに追いつく為に足を早めた。