「冬島くん、ちょっとツラ貸しな」









事は少し前、廊下で当真くんにあったのが発端である。

「あ、霧絵サン久しぶり〜」
「当真くん!本当に久しぶりだね、あ、そっか遠征行ってたんだっけ?」
「しかもこれから別の任務だぜ?城戸のおっさんも人使い荒いよなぁ」
「ええ、それは大変だ。冬島隊だけなの?」
「いや、むしろ冬島サン以外の遠征部隊ってとこだな」
「冬島くん?」
「ほら、アノヒト乗り物酔いすっから」
「そうなの?知らなかった」

ふふふ、と隠しきれなかった笑いが漏れる。

「今頃隊室でくたばってると思うぜ?」

A級隊員が出払っている今夜はチャンスかも知れない。
当真くんと別れた足で冬島隊の隊室へ向かった。

そして冒頭の台詞へ。


本部のキーで隊室へ入ると、冬島くんはぐったりとソファーに座っていた。
顔に乗せていた腕の隙間からこちらを一瞥すると再び目を瞑る。

「あれ、聞こえてなかったかな?」
「いやいや。見てわかる通り俺、具合悪いの。当真に会わなかった?」
「そこで会ったよー。今夜の仕事パスしたんでしょ?ちょっと付き合ってよ」
「ベッドの中でなら喜んで」
「…セクハラで訴えますよ」

冬島くんにしか頼めないのに。と聞こえないように独り言を呟いたつもりが、どうやら冬島くんの耳に届いてしまったらしい。

「そんじゃあ、取引といこうや」

背もたれに寄りかかっていた身体を起こし、彼はニヤリと笑った。

「ねえ、これって楽しいの?」
「悪くない」
「ん、くすぐったいからあんまり動かないでよ」

太ももに冬島くんの長い髪が流れる。
膝枕は影浦くんにしたことがあるけれど、なんていうかせがまれてやってあげるようなものじゃない気がする。
冬島くん、ずっとこっち見てるし。
置き場のない手と、気まずさのせいで顔が熱くなってきた。

「お、この程度の接触で赤面とは案外ウブだな〜」
「…冬島くんも顔色がよくなってきたようで何より」
「うん、霧絵の足気持ちいい」
「っ!もう!おしまいです」
「なんだよ〜、10分延長で」
「これ以上は有料でーす」

冬島くんのおでこをペチペチと叩いて、早く退いてと催促する。

「じゃあいっちょ特訓に付き合ってやるか」
「絶対笑わないでね!!」
「はいはいはい」
「ちょっと!!」
「訓練室行くぞ〜」

すでにちょっと笑っている冬島くんと一緒に隊室を出る。
最近発破をかけられることが多かった。
それでなんでボーダーに入ったのか、なんでトリガーを握らなくなったのかを改めて考えてみた。
これから先、万が一大規模侵攻がまた起きたら。
その時今の私が出来ることと、出来ないこと。

前線には出れなくても、誰かを守るために戦いたいと思った。

それでトリガー使用許可書を提出したのはいいけれど、トリガーを起動させるには鬼怒田さんから条件が提示された。
訓練時は必ずA級以上の隊員か本部オペレーターを同席させること。
もしまたトリオン体に異常があった時の為らしい。

隊所属のオペレーターの子は忙しいだろうし、そもそも情けない訓練の姿を見られるのが恥ずかしい。
そうなると冬島くんくらいにしか頼めなかったのだ。
ボーダーの中で隠れて特訓するのは難しいが、せめて勘を取り戻すまでは秘密にしたいのだ。
(じゃないと太刀川くんあたりに公開処刑のような対戦をさせられそうだから…)

「準備出来たぞ」

端末を操作していた冬島くんの声で我に返る。
トリガーを握り締めた手が震えていた。

じわり、嫌な汗が背中を伝う。

怖いことなど何もなかったのに、身体が勝手に緊張している。
口がカラカラに乾いている。

でも、もう一度戦うって決めたんだ。

「トリガー起動」

声が引きつらないように小さく呟いた。





「ぶはははは」
「笑わないって約束したのに!!」
「いや、霧絵がC級隊員の格好してるなんて…くっ」
「…」

何を言っても笑われそうなので、無言の抵抗をする。
無線からはまだ笑い声が聞こえる。
でもまあ、緊張は解れたから許してやろう。

「仮想訓練開始まで5秒前、4、3、2、1」

アナウンスの秒読みが終わり仮想敵が転送される。

「っていきなりモールモッドなの?!普通バムスターからじゃない?!」

目が合った瞬間に振り下ろされたブレード付きの脚を避けながら冬島くんに文句を言う。

「早くここまで上がって来いよ」

「冬島くんなんか対人戦でけちょんけちょんにしてやるー!!」