身体が軽い。
イメージと数分違わず動く腕がモールモッドの核を真っ二つにする。
ああ、眠っていた身体でも覚えている事があるんだーーー。

なんて都合のいい展開などなく、無惨にも襲い掛かるブレードにベイルアウトさせられたのでした、まる。


「ぜいぜいぜい。」

トリオン体で息苦しさなんて感じないはずなのに、呼吸が乱れたまま戻らない。

「おいおい霧絵ちゃん、まだはじまったばかりだぞ。」
「いや、ちょっと休憩しない?」
「仕切り直しにはまだ早いぜ?」
「え、ちょっと待って。」
「はい、オペレーションスタート。」

再び転送。

さっきの戦いでほんのちょっとだけ思い出した。
私は頭が悪かったからほぼ反射神経で戦ってたんだった。
振りかざされた足を地面を転がるとようにして避ける。
硬い地面と体の接触を面でなく点でするようなイメージ。
立ち上る砂煙に、こんな泥臭い避け方するのは私くらいだろうなあと思った。

ゲームでもそうなのだが、ガードを出すのが苦手なのだ。
しかし避けると隙ができやすい。ガードは成功すれば逆に相手の隙をつけると言うのに。

「30秒ごとにバムスター追加してくぞ」
「え?!スパルタすぎる!!!」








切って蹴られて殴って投げ飛ばされる。
蹂躙される彼女をみて重くなる下腹部にそんな変態だったっけ、と思考が飛ぶ。
本来はイレギュラーが起きないように監視するのが仕事だけれど、特に変わった変化はない。
おそらくもう大丈夫なのだろうと思う。

「ねえ、感度もう少しあげられない?」

うめき声の後に彼女が掠れた声で言った。

「っ、痛覚感度か?これ以上あげると相当痛いぞ?」

危ねぇ、ぼんやりしてたら理性ぶっ飛ぶところだったわ。
彼女のトリオン設定詳細を開くと痛覚設定の数値は平均よりかなり高い。
最近は限りなく無痛に近ずけるのが主流だと言うのに。

「大丈夫。だからお願い。」

痛みは人を怯ませる。一瞬の躊躇が戦況を変える事なんてザラにある。
ただ、感覚は鋭い方が反応速度が上がるのも道理だ。
ため息をついて端末の設定を変更した。


ぶぁっとバムスターの脚が空を切る。
その空気の動きを髪や肌で感じる事ができた。
(冬島くん感度変更してくれたんだ。)
現在ボーダーでは変更できる数値の範囲が決まっているはずだ。
ゼロだと身体を動かすのに支障があるし、生身の感覚と同じだとトリオン体の致命傷で脳や神経が損傷を受ける可能性がある。
鮮明になった感覚を堪能していると、先ほどの攻撃を避ける為に飛び退いた着地点に次の攻撃が繰り出されていた。

あー、これは避けきれないな。
迫り来るブレードのような足にベイルアウトを唱える暇もなく、地面に着地すると同時に再び足が宙に浮いた。

「〜っ!!!あ、あぁっ」

腹部に燃えるような痛みが走って目がチカチカした。









「訓練付き合ってくれてありがとうね。」

後片付けをしていると、身支度を済ませた霧絵が後ろにいた。

「それは別にいいんだけどな、設定戻した方がいいんじゃねーか?」
「えー、でも変更した後の方が動きよかったでしょう。」
「…スプラッタ映画見せられてる気分になるから嫌だ。」

彼女は一瞬キョトンとした後大きな口を開けて笑った。

「そのうち強くなるから大丈夫だって!」
「そうかよ。」

バシバシと腕を叩くその手が細くて頼りない。
何がそんなに楽しいのかゆるんだ表情に、先ほどの苦痛に歪む顔が重なる。

「で、どっちに帰る?」
「どっち、って…?」

こいつ本当に知らないで俺に頼んでたのか。
わざとにやけた表情を作り書類をひらひらと差し出す。

<トリガー使用申請書>

使用条件
・A級隊員および本部所属オペレーターの一人以上の同席
・使用時間の申請(初回使用時のみ1時間以内)
・使用後報告書提出の義務
・使用後八時間は本部に存する事、八時間以内に帰宅する場合は第一項に該当する人物を伴う事

「俺はどっちでも構わねえから早よ帰ろうや。」
「だ、騙された…」
「ほら行くぞー。」

恨めしそうにこっちを見ている霧絵の腕を掴んで引く。
騙すもなにも誘ってきたのはそっちだろと言うと思いっきり蹴られた。

本部を出てすぐ思い出した。

「あ、やっぱり俺の家でいい?大丈夫だと思うけど、暫く家開けてたし。」
「…いいけど。」

そんなに不本意だったのか道中、彼女にはめずらしく言葉少なだった。
しょっちゅうガキども連れ込んでるくせに、と内心イラつきながら話しかける。

「ビール飲んでいいから。」
「何があるの?」

ぱっとあげられる顔にちょろ過ぎかよと突っ込む。

「あー、金麦?」
「それビールじゃなくて発泡酒じゃん!」

ふくれっ面だったのに、もう笑ってら。
警戒区域付近の街灯の少ない道を二人で歩きながら、笑顔が月明かりに照らされるのを眺める。

くそ、かわいいかよ!!