「霧絵さんって真性のドMってマジ?」

お昼ご飯を定時に取りそびれたので、一人で食堂に来たけれど席はまばらに埋まっていた。
ボーダーは割とフレキシブルなので自分の仕事さえこなしていれば休憩等は各自の裁量に任されている。
キリの良いところまで仕事は終わっているので、しっかり一時間休憩しようと思って読みかけの本まで持ってきたのに。
隣に座った太刀川くんが何故かこちらを向きながら放った根拠のわからない発言に、コップの水が気管に入った。

「ごほっ、た、太刀川くん?」

むせてしまって言いたい言葉まで辿りつかない。
ひとまず先ほどの彼の発言が周りに聞こえてないか確認する。

「この前霧絵さんの戦うとこみんなで見てたんだけど、東さんも苦笑いの痛覚設定だったじゃん?二宮が"これがドMか"って真顔で言うから笑い過ぎて腹筋割れたわ。風間も教育上良くないとか言ってデータ削除してたぞ。」

「ちょっっっっっっっっと、待って。話についていけないってか、私トリガー使ってるのなんでみんなにバレてるの?!」

ガタン、興奮して思わず足を机にぶつけてしまった。危ない、私の今日のランチ(すだちおろしうどんプラスミニ牛丼)がひっくり返るところだった。

「あー、やべ。これ機密だったわ。」

太刀川くんが急に遠くを見だした。
今更なかった事には出来ない。
肩を掴んで激しく揺さぶる。遠慮はした方が負けだ。

「いやいやいや、目の前にいるの本人だから。大丈夫、怖くないよ。で?」

ほぼ棒読みの台詞に、ほぼ睨みつけるような視線で続きを促す。

「いやー、この前ちょっと鬼怒田さんに会いに言ったら冬島さんとなんか話し込んでたから暇だったんで、勝手にパソコン漁ってたら霧絵さんのデータがあったからつい。」

えへへ、と照れ笑いしているのは成人済み男性、髭ありだ。
可愛くはない。

「つい、って他人のパソコン勝手に見ちゃだめでしょう。ってか、それじゃあ見たのは太刀川くんだけなんじゃないの?」

太刀川くんにバレたのはちょっと面倒だけど、まあ良いや。

「C級の隊服着た霧絵さんが可愛かったからその辺にいた奴集めてみんなで鑑賞会したんだけど、予想外にスプラッタ系だった。いちいち痛そうな顔するんだもん。うーん、唯我と対戦するところからやってみる?」

ガクッと全身から力が抜ける。だもんってなんだだもんって…。

「突っ込みどころ満載なのは置いておくとして、みんなって?」

「ん、んー。飲み会か麻雀の前か後だったからいつものメンバーだったような?んで、見てるのが鬼怒田さんにバレて何故か俺だけ怒られた。ひどくね?」

鬼怒田さん注意が理解するところまで言ってませんよ!と心の中で念を送る。

「秘密って訳じゃないんだけど、一応まだ経過観察中だからあんまりみんなに言わないでおいてくれると嬉しいかな。」

またトリガーを握れなくなる日が来るかもしれない。
それは、体質的なものかもしれないし、私が弱いからからもしれない。
その時私に対して幻滅する人はなるべく少ない方がいい。
そう、ただの逃げだ。途中で挫ける可能性を考えて、傷が少ない道を用意しておきたいだけ。
逃げても、それを黙って大人のふりをしたいだけ。

太刀川くんに見透かされるのが嫌で、ぬるくなったうどんに向き直る。
彼は抜けてるところがあるけど、勘は悪くない。
そして強いものには興味を示すけれど、弱いものはばっさりと切り捨てる。
ぬるくなってもうどんは美味しい。
こんな風に他人の反応に怯えてなければ。

「じゃあさ、俺とだけにしようよ。」
「…話聞いてた?」
「ドMなのは俺たち二人の秘密なのはわかった。」
「ぜんっぜん話聞いてないじゃん!!!」

思わず肩をグーでパンチしてしまった。
思いっきり力を入れたのにビクともしなかったけど。

「冗談だって。」
「どこから?!」
「まあまあ、うどんでも食べて落ち着きなさい。」

完全に馬鹿にされている。

「昔って痛覚設定と感覚設定が高い方が良いみたいな風潮あったじゃない?だから、そっちの方が慣れてるし、痛い方が嫌だから避けようって気になるでしょ。…太刀川くんはならないかもだけど、私はなるの。だから痛いのは好きじゃないです。以上おしまい。」

そうやって一方的に話を終わらせて残りのうどんをかき込んだ。
そろそろ戻らないと、休憩時間が終わってしまう。

「なんで霧絵さんは戦うの。」

瞬きをして、そのまま固まってしまう。

「別にもうトリガーを握る必要はないと思うけど。後方支援だって戦いじゃん。」

太刀川くんが言っている事は正しいと理解している。
彼は敵を倒す事だけがボーダーの役割じゃないのを知っている。
私だってそう思う。

でも彼は、他の女性隊員に同じ事言うだろうか。
それよりは自分と戦うのを楽しみにするだろう。

私だって、みんなの力になりたいのに。
前線で戦えない分その他のところで頑張ろうって思ってたけど、実際にみんなを知っていけばいくほど無力なのを実感する。

戦いたいと思う私と、戦うのは怖いと思う私と。

どっちつかずの私はただの偽善者なのだろうか。