私の家は何代か続く魔術師の家系だった。
でもそれは影の部分から出られない私にはあまり関わりのない事で、別の世界だった。
冷たく湿った私の居場所は、私の思考を邪魔したりしない。
舌の先で舐めとった蜘蛛の糸は少し苦かった。

当時私には兄と妹がいて、どうやら血が繋がっているらしかった。
魔術師の祖父と有能な魔術師の親戚がすこし離れた所に住んでいて、非凡な両親、兄と妹がこの家に居た。
今ならわかる、その時に私と言う人間は存在していなかったのだ。

私は暗く湿ったその場所で、ずっと見ていた。
家族と言うものを、人間の営みを、魔術師の在り方を。
おそらく最も非効率なやり方でしか生み出せないものがあるんだろうと思った。
私に与えられる侮蔑の言葉も、鈍い痛みもきっと意味がある。
生と死の間にはこんなにもたくさんのものが詰まっているのだから。





祖父の後継者を決める日。
真夏の太陽が焼けそうなほど降り注いた。
あまりにも強いその光に私には世界が白黒に見えた。
誰もいない家で、王様になった。
裸足で立ち上がる。
痛いほどに焼けたアスファルトに足を乗せると、空が青く光った。
白い雲が線の様に横切っていて、黄色い花が風で揺れた。

私はひとり途方にくれた。

はじめての自由に身体中がぐでんぐでんに骨抜きにされてた頃、血相を変えた家族が玄関を壊さんばかりに慌しく帰ってきた。
私は一瞬硬直した。
予定では二、三日の間戻って来ないはずであったのだ。
しかし酔った頭には、私の名を呼ぶ雷鳴のような叫び声も遠く子守唄のようであった。

「お前が霧絵か。」

それが遠い昔に自分の名前だったと、思い出すのは難しかった。

「誰だ。」

久方ぶりに喉から音を出す作業を行ったので、獣の様な音が出た。
人語を話す私を見て、家族はぎょっとした顔でそれまで喚いていた声を止めた。
目の前の男は表情を変えずに言葉を続けた。

「お前には俺のすべてをやる。だが、俺が与えるもの以外を持とうとするのは諦めろ。」

その男が喋ってから私の家族は膝まずき俯いていた。
父よりも若く見えるこの男がどうやら祖父であるらしい。

「意味が欲しい。」

いくぶん冷静になった頭で私は言った。

「そうか、お前はそれを選ぶか。」

ふん、と見下すようにこちらを一瞥した後言葉を続けた。

「相分かった。これからひと月の間に用意しよう。それまでお前はその入れ物から出るな。」

男は私の体を指差して言った。
伏せたままの家族が何も言葉を発しないまま男は帰った。
それから私の生活は変化した。
両親や兄妹は表立っては私にかしずくような態度をとったが、その反面いままでとは違って本当に私を殺そうとした。
予測不能な暴力から急所を狙う一撃になった。
おかげで防御するのは容易になったが、こちらが死ぬまでやめる気のない殺意に辟易した。
その内勢い余って何人か殺してしまった。

そうすると、家族以外の同じ血の匂いが混じっている奴らがやって来た。
私は私の周りに現れる人間を手に掛けながら、はじめて外に出た時の高揚感を思い出した。
じりじりと肌を焼く感覚と、所々赤く錆びたガードレール。
額に伝う液体が不快に滴り落ちる中、地面に横たわるものをぼんやりと眺める。
生きている時は腐らないのに、死んだ途端にそれらは腐りだした。






一月後、祖父が我が家に再び現れその屍の山を見て嘆いた。

「この術式ではあまりにも無駄が多い。」と。

それに私は自分の入れ物を無傷にしておく事が出来なかった。
それもまた祖父を失望させたみたいだった。
四肢は捥がれ壁に磔の様になっている私を一瞥した後、屍の山から適当に切り出した四肢を私の体に接着するように並べた。
それでこれから何が起こるのか覚った。
蛆が湧いたそれらが私の身体の一部になるなんて正直嫌だったが、選択肢はひとつしかなかった。

祖父が私の知らない何かを唱えると、身を焦がされる痛みとともに自由に動かせる四肢が手に入った。
彼が与えてくれたものはすべて私のものである。
殺したいと思わせるほど憎まれること、身体を貫く様々な痛み、人間の生命を停止させただの肉塊にする事、憎悪と殺人の快楽を私は自分のものとする事が出来た。
しかし、新しい手足はすぐに腐って落ちるので、定期的に取り替えねばならなかった。

彼は私に新しい人生をくれた。
目的のある生は素晴らしく私はずっと満足していた。

欲しいものはなんでも手に入るのだと思っていた。

あの日までは。