急ぐように飛び込んだボーダー本部のラウンジは今日も騒めいていた。
目に入る人々は知らない人達なのは変わらないのに、その喧騒に安心を覚えた。

そういえば、と鞄から携帯端末を取り出すと数件の着信とメッセージが入っていた。
待ち合わせていた時間はとうに過ぎていたし、ここに来るまでに連絡をするというのを忘れていた。
とにかく早く知っている場所に行きたくて。

荒船達のことだきっともうブースに入っているだろう。
とにかく遅れてしまった事は連絡しておこうと端末を操作していると、ぽんと肩に衝撃があった。

「鋼が遅れるなんてめずらしいな」

振り返るとペットボトルのお茶を持った荒船だった。
反射的にごくりと喉がなり、急に何か飲みたくなった。
喉が渇いている事にも気がつかないくらいには、緊張していたらしい。

「人に捕まって遅くなった。悪い」

荒船に謝りながら先ほどの出来事を思い出す。
本部へ向かう途中にネイバーの被害にあった人達に囲まれうまく話せなくて困っていた事。
そしてボーダー職員だという女性に助けてもらった事。
自分よりそんなに年上には見えなかったが、堂々と大人達に向かう姿がかっこ良かった。
無意識にポケットに手を入れると、貰ったチョコレートの袋がくしゃりと潰れた。

「捕まってただァ?」

柄の悪い声が聞こえて、身体が針金の様に細く尖った男が現れた。

「カゲ、今日は早いな」

前から歩いてきた友人に声をかけると、遅刻してくるとかいい度胸じゃねーの、と軽く足を蹴られた。
いつもは人目を気にする彼の方が遅れて来る事の方が多いから、自分が来ない事を心配していてくれたのだろう。
自分はいい友人に恵まれた、と思った。
ひとまず遅れた理由を説明しようとしていると、穂刈とゾエもやってきた。

「もしかして告白か、それは」
「えー?!告白?!鋼くんはうちの隊長と違ってモテそうだもんねぇ」

影浦の回し蹴りが北添のお尻にクリーンヒットして思わず回ってしまう。
ジロリと睨まれたので、慌てて笑いを堪えた。

「いや、この前の侵攻で建物に被害を受けた人達に囲まれてしまって」

なんだか、有名人になった気分だったと笑う。
今思えば地味な自分には人だかりなんて無縁だったなと振り返れる。

「チッ、クズどもが」

影浦がさっきとは反対の足を蹴ってきた。
待たされて機嫌が悪いのか今日は足がすぐ出る。

「災難だったな」
「いや、途中で本部の人が代わりに話をしてくれたから助かったよ」

貰った名刺を見せると、影浦が苦虫を潰したような顔をした。
まあ、普段から他人に対する反応はこんなものだが。

「巫条霧絵…?」
「あとチョコもくれた」
「わー、いいなあ!ガルボっていちご味が一番美味しいんだよねえ」

そうなのか、と感心する。
きっと美味しいからくれたのだろう。
改めて優しい人だと思う。
別れ際に笑って手を振ってくれた姿を思い出して、何かお礼がしたいなと思った。
大人だと思った彼女の手は、白くて小さかったから。

「んな事より、鋼来たんだからさっさと模擬戦やろーぜ」

カゲが首の後ろらへんをガシガシと掻き毟る。
人の多いこの場所は彼のサイドエフェクトと相性が悪い。

「すまない報告に来いと呼ばれている」
「チッ」
「先にやっててくれるか?」
「終わったら連絡しろ」

会話の途中で歩き出してしまったカゲの後姿を眺めながら荒船の言葉に頷き、ラウンジを出た。


          ◇


普段あまり通らない廊下を歩く。
指定された部屋が分かるか不安があったが、開発室へと向かう廊下を進むと先ほどの女性が立っていた。
外で待っててくれたのかもしれない。

「あー!よかったー!村上くん、だったよね?見送ってから君が鈴鳴支部の子だったのを思い出したんだ。今迎えに行くべきか悩んでたところ」

そういって彼女は隣と歩いてくれる。

「さっきはありがとうございました。」
「いいのいいの、ああゆうの大人の仕事だもん。あ、今更だけど、私本部で事務職員をしております、巫条霧絵と申します。よろしくね。」

助けてくれた女性はにっこりと自己紹介をしてくれた。

「申し訳ないけど、あとちょっとだけ付き合ってね。報告書作らないといけなくて」

と書類を持った手でドアを開けてくれたので、先に部屋にはいる。
机とパソコンが何人分もあり、想像通りの事務所といった感じだ。
電話がひっきりなしになり、コピーをするために人が横切って行く。

「机汚くてごめんね。隣のイス座って待ってて。あとこれオレンジジュースだけどよかったらどうぞ」

すみません、と断ってキャスター付きの椅子に座る。
スーツの大人がたくさんいるのが珍しくてついきょろきょろしてしまう。

「職員室に呼び出された生徒みたいな顔してるよ」

ふふふ、と笑いながら紙を1枚渡される。

「これ一応書いて貰わなくちゃいけなくて、こことここに名前と連絡先書いてくれる?
あと、内容はこっちで書くんだけど、私が来る前に言われた事とか覚えてたら簡単でいいから書いてくれると助かるな」

ボールペンと用紙を貰い上から順に埋めていく。
チラリと彼女の様子を覗き見ると、パソコンのモニタから目を話さずキーボードを叩いている。

「最近こう言うの多くてちょっと困ってるんだよね。ちゃんと記者会見で説明したり、ホームページにも載せたり、住民説明会もやったりしてるんだけどねー、中々って、ああもうこれ言い訳だ」

くるりとこちらを向いた彼女の瞳は、薄い茶色でゆらゆらと光が揺れているみたいに見えた。

「今日は本当にごめんね」

彼女が俯いて、さらりと艶々した黒い髪が一房前に垂れた。
しゅん、と言う効果音が見えそうなほど申し訳なさそうにしている。

「いえ、一応ボーダー隊員なので当然の義務だと思っています」
「うー、本当いい子だね君。あ、あの後話を聞いていたら君の事しっかりした子だって褒めてたよ!それと守ってくれたのに文句言って悪かったって」

さっきまでしゅんしていたのに、にっこり笑って言った。
誇らしげに微笑むのでこちらまで嬉しくなる。
感情を表に出すところが大人っぽくなくて可愛いと思う。

「今度もし何か言われたら、その名刺を渡して本部に連絡して下さいで大丈夫だからね!お友達にも広めてくれると嬉しいな。」
「わかりました」

先ほど貰った名刺と同じ必要最低限の情報が記載されているやつを数枚貰った。
受け取った後、記入し終わった書類を渡す。

「霧絵さん」

書類のチェックをしてる彼女の名前を呼ぶと、優しい声が返ってきた。

「困ったことがあったらまた来てもいいですか?」
「もちろん!遊びに来てくれてもいいよ」

霧絵さんは大人なのに近しくて、でもやっぱり大人で不思議な人だと思った。
ラウンジに戻ることを伝えると、自分も用事があるからと一緒に歩く事になった。
荒船の携帯にメッセージを入れてラウンジに向かう。

「最初声掛けてくれた時霧絵さんって本部のオペレーターかと思いました」
「えへへ。それはうれしい褒め言葉だ〜」

そんなたわいもない事を話していたらすぐにラウンジについた。
何となくもう少し話して見たいと思った。
あまり社交的ではないので、そんな風に思う自分に驚いた。

「あ!影浦くん!!」

きょろきょろと荒船を探していると、隣で霧絵さんが叫んだ。

「げ、」

影浦がびくっと肩を揺らして嫌そうに振り返った。

「鋼なんでこいつも連れて来てんだよ」
「やっぱりカゲも霧絵さんと知り合いだったのか?」

なんとなくさっき名刺を見せた時の反応が変だと思ったのだ。

「久しぶりだね、今日は体調大丈夫?」
「うるせえな、その事誰かに言ってねえだろうな?」

カゲがマスクをとって威嚇している。
なんとなく猫みたいだなと思った。

「村上くんはこんなにいい子なのに、影浦くんはつれないなあ」

よしよしと霧絵さんに頭を撫でられてびっくりした。
カゲは余計眉間に皺を寄せている。

「もー、言ってないからそんなに睨まないでよ」

そんなにツンツンしてたら女の子にモテないぞーと言って霧絵さんはカゲにお尻を蹴られていた。
影浦は男女平等だなと思う。

「じゃあ、私仕事あるから行くね。村上くん模擬戦がんばってね」

彼女に習って手を振っていると、カゲが気まずそうにしている。

「大丈夫だ、カゲ」

荒船には黙っててやるからと言うと

「勘違いすんなボケッ」

本日3回目の蹴りがはいった。