穂刈・村上誕SS


「 霧絵、おい」

名前を呼ばれた気がして顔を上げると男の子がいた。机に伏せって寝ていたせいで腕と肩と首が痛い。ついでにコンタクトが乾いてしぱしぱする。しばらく瞬きを繰り返していると、男の子の後ろにもう一人男の子がいるのに気がついた。

「もうホームルーム終わったぞ。帰らなくていいのか?」

今日は六月なのに雨が降ってなくて、湿度低い過ごしやすい日だった(のでほぼ一日中寝てしまったんだなあ)
身体を伸ばしながらあたりを見回すと教室の中にいるのは私たち三人だけだった。う〜ん、見事に放置されてるなこれは。別にいいけどさ、友よせめて起こしてくれよ。

「起こしてくれてありがとう、えっと?」
「名前覚えてないのか?まさか」
「ごめん、もしてかして同じクラス?」
「……」

絶句してるところを見ると同じクラスで間違いないようだ。そう言われると見たことある気がしてきた。とりあえず帰るかと、机の横に下げていたぺらぺらの鞄の中にノートと筆記用具をしまった。
男の子二人は待っててくれたようで、そのまま流れで三人で下駄箱まで一緒に歩いた。

「え〜、二人とも誕生日が一緒なの?すごくない?」

二人は穂刈くんと村上くんと言って六月十五日(まさしく今日だ)が誕生日らしい。ポケットに手を突っ込んでみたが入ってるのは十円玉とスマホと家の鍵だけだった。お祝いしたくても、飴玉のひとつも持っていない。

「じゃあこれからパーティだ?」
「ああ、18時に本部集合だ」
「ふうん本部ってなんの本部?」
「ボーダー」
「えっ?!二人はボーダーなの?」
「知らないのか、それも」

びっくりして脱いだ上履きをもう一度履いてしまった。うちのクラスにボーダーがいたなんて知らなかったと言うと二人は怪訝な顔をしてもう一人いるだろと言った。まったくわからん。

「え〜、ボーダーってあれでしょ?プリキュアみたいなやつでしょ?すご〜!」
「ぷりきゅあ?」
「変身して戦う的な?」
「まあそうだな」
「プリキュアじゃん!」
「俺たちがプリキュア……」

今は老若男女誰でもプリキュアになれる時代だからね、と妹の受け売りをドヤ顔でつげる。

「あ、私家こっちだから」
「おう気をつけて帰れよ」
「うん、ありがとね〜」
「明日な、また」

警戒区域の中に歩いていく二人の後ろにまだ大切なことを言ってないのを思い出した。目の前にあるフェンスに近づいて、思いっきり息を吸う。

「お誕生日おめでとう〜!!!!!」

二人が手をあげてくれたのに応えて手をふり返す。なんだか私まで楽しくなって、家までスキップしながら帰った。





3-C SS

「ねむいわ〜〜」

学校のお昼休みってご飯を食べるには長くて、ご飯を食べた後何かをするには短い。
大体みんなスマホを見てるんだけど、ひとり違う事をしている人を見つけた。

「穂刈くん何してんの?」

いや、筋トレしてるのは見ればわかるんだけどね。なんて言うか昼休みすることかね?それは。

「育つぞ、筋肉が」
「わ、すごい!!!」

ベランダで筋トレをしてる穂刈くんを見るために窓際の空いてる席に来たらわざわざシャツをめくって腹筋を見せてくれた。いや、本当にすごいわその筋肉。

「全力で抱きしめて欲しい」

思わず心の声が漏れると穂刈くんが腕を広げてくれた。わーい、やさぴい!!

「ぐえ」
「潰れたな、カエルが」

あまりの強さに息が止まるかと思った。ゲホゲホと咽せる私をよそに穂刈くんは笑っている。

「お前ら何やってんだよ」

どうやら窓際のこの席は影浦くんの席だったようだ。嫌そうな顔をしながら戻ってきた影浦くんに逆効果だぞ!と思う。

「影浦くんもやってよ」
「気色悪りィ」

せっかくなので頼むと、秒で断られた。そんな事言うなよ!!!泣いちゃうぞ!!!

「穂刈くんやっておしまい」
「っざけんな」
「いだだだ、私はやらなくていいんだけど!いたっ骨が刺さる!!!」

影浦くんも穂刈くんの筋肉プレスの餌食にしてやろうと思ったのに二人まとめて抱えられてしまった。

「影浦くんの骨のせいで痣になりそう」

特に骨盤がぶつかって痛かった。さすりながら影浦くんを見ると呪詛を吐いていたので見なかった事にした。

「ごめんて」

影浦くんが舌打ちするので、穂刈くんの三角筋をぷにぷにしながら謝る。うーんどうしよ、細かすぎて伝わらないモノマネしたら許してくれるかなあ?

「ぼぇあ"あぁあ"う"ぅあ"」
「狂ったのかついに」
「違う違う一発芸、背骨を折られた時に出る音のまねだよ」
「あれか」
「あれかじゃねぇんだよ!怖ェわ!!」
「はやく村上くん戻って来ないかなあ〜」





那須誕SS

自分のことはそんなに好きじゃない。癖毛で扱いづらい髪もぺったんこな胸も、つり目がちな目もどれもこれもかわいくない。だから精一杯できることをする。と言ってももうそんなに時間はない。寝て起きたら学校だ。いつまでお風呂に入ってるの?!とお母さんに怒られながら、念入りにお風呂に浸かって全身にクリームをぬりこんだ。薔薇の匂いがするちょっと高いやつ。それから学校の先生に見つからないくらいの透明な紫のネイルを指の先に薄く塗ってすこしでもあの人に近づけるように祈る。そうしたらちょっとだけ勇気が出た。

「明日那須さん学校来るといいなあ〜」

机の上に用意した誕生日プレゼントをもう一度確認してからベッドにはいる。う〜、ドキドキして眠れない……。




「寝坊した!!!!!」

早起きして髪をブローするつもりだったのに、昨日中々寝付けなかったせいでアラームを切った後また寝ていた。顔だけ洗って慌てて支度をする。朝ごはんなんて食べてる暇がない。通学路を全力疾走したら予想以上に早く着いてちょっとびっくりしてる。髪の毛くらいチェックしようと、スマホ出してぼさぼさの頭を手櫛で整えた。よし!意気込んで扉に手を掛けるものの、いつもよりドアが重く感じる。手に持ったプレゼントのせいでなけなしの乙女心が暴れてやがるぜ。

「おまえ…このオレに…『覚悟』があんのか…と…言ったが、見してやるぜ。ええ…おい。見せてやるよ」
「どうしたの?」
「んにゃッ?!那須さん!!!?」
「?」

まさか那須さんが後ろから来るとは思わず、教室のドアにミスタ風に凄んでしまった。まずいぞ、せっかく昨日の夜に那須さんに誕生日プレゼントを渡すための完全シュミレーションしたのになにひとつ思い出せない!と言うか、那須さんに変なところ見られた(泣)時を戻したい(ぴえん)

「あ、あのこれ」

よかったら、とか今日誕生日だったよね、とかお友達と食べて下さいとか、順番も何もかも無視してごにゃごにゃと伝える。

「えっと、お誕生日おめでとう!この前助けてくれてありがとう!あの時の那須さんすごく格好良くてきれいでした!!その、大好きです?!」

緊張し過ぎて声量を間違えちゃった(叫んだ)けど、伝えたかった事は言えたはずだ。
顔が熱くなっていくのを感じながら那須さんの表情を伺うとびっくりしていた。いや、そうだよね話した事もあんまりなかったしね。

「愛の告白はもっと人のいないところでやりなさい」
「いたぁ?!」

ぺしんと頭を何かで叩かれたと思ったら担任だった。貴様いつの間に?!先生が教室の中に入るとドアからクラスメイトが全員しっかりこっちを見てた。わ〜あ、黒歴史爆☆誕だあ〜!!!那須さんがくすくすと笑ってくれてるのが救いだ。天使、いや女神だ。

「とっとと席に着く。出席とるぞ〜」

項垂れながら教室に入ろうとしたら、那須さんの指がきゅっと私の手を掴んだ。

「スピードワゴンはクールに去るぜ」

マ?那須さんジョジョ履修済み……?そんなことあるの?尊みが極まり過ぎてもうムリ結婚しょ……
あまりに衝撃的だったので、六月十六日を国民の祝日にするなどした。
〜fin〜





3-Aの可能性

朝は曇りだったのに午後になったら夏みたいに晴れてきた。日差しが強くて熱いけど、気持ちがいい。
たぶん寝たら日焼けするな……寝なくてもするか。
「この前お好み焼き食べに行ってさあ〜」
国近はご飯もそこそこにずっとゲームしてる。スマホじゃなくて携帯ゲーム機持ってきてるからガチなやつだな〜。
「お?カゲんとこか?」
目を瞑ってるから当真は寝てるのかと思ってたけど、お喋りに付き合ってくれるようだ。それは嬉しいんだけど、そのご自慢の長い足邪魔。当真が足置きにしていた椅子を引っ張ってそこに座る。
「ううん、なんだっけ……たぬきいるとこ」
「え〜?鬼怒田さんってお好み焼き屋さんもやってんだ〜ウケる〜」
ゲーム機から目線を逸らさずに国近が喋った。イヤホンしてるから声聞こえてないかと思ったけど、聞こえてるのか。
「きぬたさんて誰?名前すごくない?」
「あ〜、ボーダーの?」
「ボーダーか〜。お好み焼きでバイトしてんの?ダブルワークすごくね?それはまあいいんだけど、お好み焼き屋さ、あれ言ってくれるじゃん。"お客様ご来店でーす!"の後にさ、従業員みんなで」
「「ぽんぽこ〜!」」
「あ、そう、それ言ってくれてたじゃん?でももう言ってくれないんだよ」
この二人無駄に仲良いんだよなあ、とぴったり息のあったぽんぽこを聞いてそう思った。今ちゃんは絶対言ってくれないやつ〜。
「俺たちが言ってやるよ」
沈黙をどう解釈したのか当真が私の肩に手を回しながら言った。全然落ち込んでないし、ぽんぽこして欲しい高校生ってなんだよ。
「いや、そういんじゃないんだけど。全然本題に入れんのなに?でさ〜、なんか壁に紙が貼ってあってそれにさ、ねえ当真重い!」
不必要にいい身体をした当真が寄り掛かってくるから苦しいし重くて邪魔だ。
「え、やば〜い」
国近が変なところで相槌をうつ。もしかしたらゲームの中の話かもしれん。やばいのは胸が机に乗ってる君のスタイルだわ!羨ましいわ!自慢か!
「ねえ!!!全然話聞く気ないじゃん!!!」
「ごめんごめん、聞いてるよ〜」
「君たちはボーダーでもそんな感じなの?!それとも学校とボーダーは別なの?!」
「なんか怒ってる〜」
「ウケる〜」
「いや、怒ってるわけじゃないんだけどね?なんだっけ?君たち偉い?んじゃなかったっけ?」
前にボーダーの中で上から1番と2番って言ってた気がする。
「偉いのは鬼怒田さんかな〜」
「えっ、お好み焼き屋さん凄いんだ?」
「ブフォッ」
「汚っ!!!バナジュー飛んできたんだけど!!」
飛んできた当真の口から出てきたジュースを当真のYシャツで拭う。花の女子高生になにさらしとんじゃ。
「貴方達なにやってるのよ」
「あ、今ちゃん〜!」
国近が今ちゃんに抱きつく。それも羨ましい。女子高生×女子高生とか尊みの極み。二人ともいい匂いしそう。そこではたと気がついた。
「ねえ当真めっちゃいい匂いする!!!」
割と真面目に言ったし二人にも確認して欲しかったのに今ちゃんは呆れて次の英語の予習し始めるし、国近は爆笑しながら写真撮ってくるし、当真はじゃれついて来るので私は昼休みの残りを無我の境地について考えることにした。






1-Cの可能性

黒板にチョークで書かれた"自習"と言う文字がなんとなく斜めっているので気になる。それはそれとして、せっかく手に入れた時間なので有意義に使いたい。真っ白なプリントを持って席を移動する。
「義人〜、プリントみ〜せて♡」
後ろから首に手を回しつつ可愛くお願いしたら、いつものダルいの台詞もなしに無視された。日佐人が隣で苦笑いしている。いいんだ笑ってくれ、渾身のお色気も通じない私を……。
「昨日学校帰る途中に川で花火したらさぁ〜」
「うわ、勝手に喋りだした」
「俺も花火したかった〜〜」
「太一に渡したら花火もダイナマイトだよ」
太一が椅子を半分分けてくれたのでありがたく座る。狭いけど文句は言うまい。
「でね、花火したんだけど地面に置くタイプのシュワ〜ってなる花火だと思って橋の下でやったら
パンッ(花火発射)パンッ(花火橋の天井にぶつかる)
ってなって。こうパンッパンッって」
手を上下に振って花火の様子を伝えようとしたら太一の顎に手がヒットしてしまった。ごめんね。
「は?」
「打ち上げ花火だったぽい。しかも急に雨が降ってきてさ〜そのままそこで雨宿りしてたら、そこにいたオジサンも雨宿りしてて"さっき花火パンッパンッてなってたね笑"って言われたからめっちゃ恥ずかしかった!!!」
太一の顎をなでなでしながら話していたらついその時の事を思い出して自分で笑ってしまう。
「そもそもなんで花火?買ったの?」
「家にあったから湿気ってないかな〜と思って持ってきた」
「学校に?」
「学校に、んで帰り道にやった」
「ひとりで?」
「ひとりで」
オジサンも見てたからひとりじゃないかな?まあいいか。日佐人が微妙な表情をしている。
「しかもね〜、川見てたらでっかい魚の死体が連続で3匹も流れてきたの!凄くない?」
「なんでいつも俺だけ仲間はずれなの?!」
うわ、野生のさとけんが現れた。
「にげる!」
「にげることができなかった!」
体当たりのせいで太一はひんしだ!てか椅子に3人は無理だからね。義人には近寄る前に睨まれたので日佐人の椅子に出張する。よおし、久しぶりの出張だから張り切っちゃうぞ。でもお姉さん頑張ってる子の邪魔はしたくないんだけどな。いっぱい応援するね♡日佐人♡がんばれ♡がんばれ♡
「さとけんプリント終わった?」
「今日紹介するのはこちら、全問記入済みのプリントです」
「わあ〜!どの問題も解答済みですね〜〜」
「どんな方にもばっちり使用して頂けます」
「でもお高いんでしょ〜?」
「そう思いますよね、ですが!!いまならなんとこの白紙のプリントもおつけして!!!花火一回分です!!!!」
「やすーい!!!」
二枚セットで義人の机に叩きつけたらアナコンダ・バイスを食らった。
「女子に力一杯プロレス技をかけるな!!!」






三雲修の可能性

ぱた、ぱたたっ。
灰色の空から水滴がこぼれ落ちてきた。
「あちゃ〜、降りそうだとは思ってたんだけどねぇ」
生憎折り畳み傘を鞄に入れているような勤勉さはない。顔を顰めてみるも特に雨を凌げそうな場所はない。なんてたって看板があるだけの通学路のバス停なのだから。
「次のバスまであと10分ちょいか〜」
どんどん強くなっていく雨足にため息がもれる。ホームルームダッシュを決めてたら一本前のバスに間に合ったかもなあ。衣替えをしたばかりでむき出しの腕が寒い。
「何してるんだ?」
「あ、三雲くん」
駅とは反対方面なのであまり人が来ないので、声をかけられてびっくりした。
「何って言われても……この通りバスを待ってる」
やれやれだぜって感じのリアクションをしながら言った。本当やれやれだぜ。
「いや、傘は持ってきてないのか?」
「持ってたらさしてるよ〜」
「それもそうか」
バスの時刻表を確認した三雲くんに傘を渡される。
「これすこし持っててくれないか?」
「?」
そういえば三雲くんもバス乗るのかな?めずらしいなあと考えていると、三雲くんが目の前で脱いだブレザーを渡された。
「着てたので悪いけど」
寒いんじゃないのか?と言われてなるほど貸してくれるのかと思い当たった。申し訳ないけど、受け取ってしまってるしありがたくお借りしよう。知らないお家の匂いと三雲くんの体温を感じてなんだか胸がドギマギする。
「今日は空閑くんと一緒じゃないんだね?」
「いつも一緒な訳じゃない」
「それもそうか」
なんとなく三雲くんの傘に一緒にはいってしまっているけど、これって相合傘じゃないのかなあ。隣の三雲くんは眼鏡に雨粒がついてしまったのを見て眉を顰めていた。眼鏡の人は大変だなと思う。よくみると三雲くんの左腕が傘からはみ出ていて、傘から垂れた水滴で濡れてしまっている。私はもう半歩分三雲くんに近づいた。左側の腕が三雲くんにほんの少し触れている。雨が傘にぶつかる音、時折通り過ぎて行く車の音。
「……I'm singing in the rain just singing in the rain」
小さく鼻歌を歌う。古いアメリカの映画の歌だ。雨に濡れた革靴ほど最低なものはないけれど、私の足はリズムを刻む。
「What a glorious feelin' I'm happy again」
私のよりすこし高い位置にある三雲くんの瞳は閉じられている。こんなに近くで見たのははじめてだけれど、なんていうか、思ってたより……
「おとこっぽい」
「ん?何か言ったか?」
「あ、いや!えっと、バス!来たね!!」
ちょうど来たバスが目の前に止まって扉が開く。雨でも中はがらがらだ。定期を鞄のポケットから出してバスに乗りこむと三雲くんがじゃあ、と歩き出した。
「あれ?バス乗らないの?!」
びっくりして大きな声が出てしまったが、数名いた他の乗客はあまり気にしてないようだった。返事を聞く前にバスの扉が音を立てて閉まった。バスの進行方向と逆に三雲くんは歩いて行く。自分は乗らないのにわざわざ待っててくれたってこと?
「なんで」
急に熱くなる体温に、いやでも彼はそういう男だったと思い出す。誰にだってそれが当たり前だって顔して手を差し伸べるのだ。
「これが面倒見のおに……」
それが誰かの未来を変えるなんて気が付きもしないで。
I'm laughing at clouds So dark up above
The sun's in my heart And I'm ready for love






陽太郎と夏の午後

午後二時。一日で一番暑い時間だ。初夏の太陽が容赦なくジリジリと肌を焼く。日焼け止め塗り忘れたなぁと今頃思い出しても後の祭りだった。日陰を探すけれど真上にある太陽のせいで成果は芳しくない。あんまり歩くのも億劫で、Tシャツの袖を限界まで捲り上げそのへんの川岸の石に腰掛けた。浅く流れる川の水は絶えず流れてキラキラと光っている。「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」だらりとこめかみを伝う汗をシャツで拭った。このデートに誘ってくれた彼はいま夢中になって川底を眺めている。
「ヨータローあんまり遠く行くと危ないよー」
雷神丸に乗った陽太郎は片手をあげて応えた。仕草ばっかり一丁前なんだから。ええと、続きはなんだっけ?最近授業でやったばかりなんだけどな。割と現代と一緒じゃんって思った事だけ覚えている。いまだって流行り病も自然災害もあるし近界民侵攻もあるし戦争だってなくなってないし。大切な人が幸せに暮らせるようにと願うと生きるのは結構難しい。
「ねぇヨータロー、もう暑いよ〜、かき氷食べたいよ〜コンビニ行こうよ〜〜」
帽子をかぶって来なかったせいで熱くなった頭がくらくらする。陽太郎をかき氷で釣ろうとしたけれど、まだ動く気がないらしい。仕方がないので強硬手段に出るしかない。よいしょっと気合を入れて立ち上がる。サンダルだからと川の中にそのままジャブジャブと入ると思ったよりも冷たくて気持ちよかった。
「陽太郎さっきからそこで何してるの?」
「かわのみずはながれるのがはやいな」
「ん?まあ、そうかもね。でもこの辺は水の量も少ないしゆっくりなんじゃない?」
雷神丸が川の水を飲んでいるので、背中を撫でる。あ〜、お日様をいっぱい浴びた雷神丸の背中気持ちいいなあ。足首を流れる水がくすぐったい。
「つめがまっかだな」
水面が絶えず波打っていてもペディキュアの赤は良く目立つ。普段は見えないところのおしゃれって言うのがみそなんだな。
「陽太郎がデートするっていうから可愛くしたんだよ」
「さすがはおれのおよめさんこうほだ」
陽太郎がドヤ顔で言うので笑ってしまう。雷神丸は呆れたようにぶふっと鳴いた。
「陽太郎、急にいなくならないでね」
シリアスな気持ちになった訳じゃなかったけど、言葉を声に出したら急に不安になった。たまに君が大人びた顔しているとなんだかとても苦しくなる。君が成長するのはあっという間で私なんか置いて行かれて忘れられちゃうんだろうなって。それが君の幸せの為だったとしても、私の心が叫び出すんだ"君が好きだ"って。
「だいじょうぶだ霧絵ちゃん」
ぎゅっと手を引かれ陽太郎の目線に自分の目線合わせる。陽太郎の手は夏に負けないくらい熱い。
「いまには、かことみらいがまざってるんだぞ」
私たちは未来と過去が混じり合った時間の中でたったひとつだけ約束をした。夏の暑い午後の日差しの中で。





三輪くんと宿題

「ひ〜かりちゃん」
1時間目の授業が終わってすぐに後ろへ振り返る。大好きなひかりちゃんが後ろの席になってから毎日が楽しい。別に授業中に喋れるわけじゃないから席が遠くても良いはずなんだけど、やっぱり近くにいるのといないのとでは全然違うのだ。
「お、そういや数学のノート写したから返すな」
ぽんと頭に置かれたノートを受け取る。今日はもう返って来ないと思ってたのにすぐに返ってきた。今日は数学ないから急いでなかったんだけどな。
「え〜、授業中にやったの?」
「まあな!それよか答えなかったぞ〜」
「そこ威張るとこかなあ〜?だってわかんなかったんだもん。後でやるよ……たぶん」
正直いつも数学は赤点スレスレの点数しか取れないほど苦手なので、帰ってからじっくり格闘しても正解を導き出せる気はしないのだが。
「あれだ、三輪にも貸してやれば?」
「三輪くん?いいよ〜、2人ともいなかったたもんね」
「なぁ〜英語も貸してくれよ〜」
急に頭をわしゃわしゃと撫でくりまわされたので、やめれ〜と抵抗しようと思ったけどなんか楽しくなってきてしまって結局されるがままだった。にこにこしてるひかりちゃんに当初の目的(と言うほどのものではないが)を思い出した。
「それは寝てただけでしょ〜!ね、あめたべる?」
「あじなに?」
聞いておきながらパカっと口をあけたので、包みから出してお口の中に入れてあげた。ふふ鳥の雛みたいでかわいい。目をつぶって口の中で飴を転がしてるひかりちゃんに、サルミアッキって答えようと思ったけど瞬殺で嘘がバレるのでやめた。
「いちごみるく」
「一瞬でなくなるやつじゃねーか!」
カッと目を見開いたひかりちゃんがガリガリと飴を齧る。たしかにサクサクした食感がくせになるけど
「こら、噛んだら虫歯になるよ!」



「三輪くん!これ数学のノート」
はいっと渡すと不思議そうにしていた。
「あれ?もう誰かに借りた?」
「いや、借りる」
「よかった〜、それでここからここが宿題でね、あ三輪くん頭いいと思うからあれだけど、私の答え多分間違ってるから写さないほうがいいよ」
「わかった、悪いな」
シャツを捲り上げた腕がノートを受け取るのを見て、意外と筋肉質なんだなと思う。なんとなくクールなインテリ系かなあって思ってたけど、よく別のクラスの米屋くんとかと一緒にいるから肉体派なのかもしれない。
「なんだ」
「あ、いや三輪くんって好きな食べ物なに?」
「……姉さんが焼いたクッキー」
「おお!意外に甘いの好きなんだ、じゃあこれもあげるね」
まだたくさんあったので飴をわしっと一掴みして渡す。迷惑そうな顔をしながらも受け取ってくれたので、面白くて笑った。三輪くんはますます変な顔になる。
「これは明日返す」
「うん、じゃあまたね〜」
教室から出て行く三輪くんを見送ると廊下から元気な米屋くんの声が聞こえてきた。う〜ん、本当に仲良いの謎だなぁ。



次の日学校に行くと机の上に数学のノートが置いてあった。あら〜、三輪くんって来るのはやいんだ。せっかくお話出来る機会だったのにと思って後ろを向くとひかりちゃんが抱きついてきた。
「宿題答え合わせしよ〜ぜ!」
「いいよ〜」
ぱかりとノートを開くと小さい紙が挟まっていた。ひかりちゃんが紙をつまんで持ち上げる。そのメモには几帳面そうな少し角張った字で
問一:途中で計算ミスをしている
問二:なんでこうなったのかわからない
問三:公式を使え
と書かれていた。私の字でもひかりちゃんの字でもないからこれはたぶん
「三輪くんに直されてる……」
「三輪っていいやつだよな〜」
ひかりちゃんにバシバシと背中を叩かれながら全問間違えっているらしい宿題を見てため息を吐いた。鞄に入れてきたクッキーを渡したら三輪くん勉強教えてくれるかなあ。





北添くんと委員会

じゃんけんは好きじゃない。ここぞって言う時に勝てた覚えがないから。どうでもいいような時は勝つこともあるんだけれど、大体欲しいものがある時はだめだ。高校最後の年の委員会決めで私は一番不人気の美化委員会になってしまったのだった。がーん。放課後の自由タイムが減ってしまう。
「えっと説明してもいいかな?」
「あ!はい、ごめんなさい!」
委員会が始まったばかりなのに既に意識が遠のいてしまった。いけないいけない、決まったからには真面目にやらないと。手元に配られたプリントをしっかり見る。
「いま配ったのが委員会で回るゴミ拾いのシフトと花壇の植え替えのスケジュールです。出席が難しい場合はなるべく同じ学年で交換をして下さい。必ずクラスでひとりは出席をお願いします。変更があったら北添まで連絡して下さい。裏はお花の注意事項です。なにか質問、あるかな?」
同じクラスになったことのない人だった。きたぞえくん。大きい人だなと思った。体積的に。質問が特になかったので、今日はここまでだ。役職にはならずに済んだし、今日の作業は3-Aと3-Bみたいだからコンビニに寄って帰ろう。プリントを手帳に挟んでからしまっていると誰かが隣に立ち止まる気配がした。
「ごめんなさい、急で申し訳ないんだけれど、今日の当番変わって貰える?」
加賀美さんだった。美人だし、しょっちゅう美術で賞を取ってるので全校集会で賞状を受け取っているのを何度も見たことがあるので覚えていた。
「あ、はい。大丈夫です」
一瞬ついてない(ぴえん)と思ったが、当番を交換してくれとのことだったので別に損はしていない。慌てて笑顔を付け足す。
「本当にありがとう!穂刈くん急がないと間に合わないわ」
加賀美さんの笑顔が眩しすぎて固まっていると隣でぼんやりしていた穂刈くんをバシバシと叩き出したのでさらにびっくりして固まった。穂刈くんは怖い人じゃないって知ってはいるんだけど、なんとなく強そうなので敬語で喋ってしまう。穂刈くんは加賀美さんと仲が良いのか、叩かれるのが日常茶飯事なのか、あの筋肉にはあれくらい刺激を与えないといけないのか表情を変えずに立ち上がった。
「巫条さんまたね」
「はい、また」
ひらひらと片手を振る加賀美さんに、手を振りかえす。正直名前を呼ばれたことに感動して自分がちゃんと日本語で挨拶できたのかはわからない。はわわわ、と知能ゼロになっていると穂刈くんの手がぽんと頭に乗せられた。
「悪かったな」
2人はぱたぱたと小走りで教室を出て行く。なんだ、これは。イマジナリーハム太郎がちゅきリーナと叫んでいる。そうだ、少女漫画で出てくるやつだ。美少女に名前を呼ばれてイケメンに頭ポンポンされるなんて、美化委員会ってすごい。



ふんっ、ぐぎぎ。結構重いな。とういうか、大きくて持ちにくいから余計に重く感じる。今日の美化委員会の仕事は花壇の雑草を抜いて土が流れてしまったところに園芸用の土を盛ること。必要な道具と土を取りに来たのだけれど、土が重すぎてひとりで持ち上げるのに難儀している。でもさっきのファンサで元気100倍だから多分大丈夫!唸れバイトで鍛えたわたしの筋肉!それよいしょー!
「わあ、それ持ち上げられるの〜?」
「き、たぞえくん」
両手で抱えるようにして持ち上げたところで北添くんが土を受け取ってくれた。変な掛け声を聞かれたのが恥ずかしいやら助けに来てくれたのがうれしいやらで顔が熱い。北添くんは特に気にした様子もなくにこにこしている。ちょっとどもりながらも、お礼を言うと「ゾエさんこういうの得意だから」と言われた。たしかに北添くんが持つとなんだか軽そうに見える。私はジョウロやらスコップやらの小物を持って既に草むしりを始めているA組の人たちのところへ急いだ。
「これ全部抜いちゃっていいんだよね?」
チューリップの球根が植えてある花壇はそんなに雑草が生えてなかったので、隣の雑草だらけの花壇の草をむしる事にした。
「たぶん全部雑草じゃないかな?」
北添くんが顎に手を当てて首を傾げながら言った。そうか、別に詳しいわけじゃないのか。まだ膝下のセイタカアワダチソウを掴んで引っこ抜く。昔は猛威を奮ってたのにいまじゃ全然セイタカじゃないな。隣のエノコログサも問答無用でむしってゴミ袋へ入れる。ふと北添くんを見ると抜くスピードが速いというか、一気に抜いて行くのであっという間に領地が広がっている。視線に気が付いたのか下を向いていた北添くんが顔を上げた。
「そういえば、今日用事とかなかった?大丈夫?」
「バイトもなにも予定ない日だったから全然平気だよ。そういえば穂刈くんと加賀美さんって付き合ってるのかなあ?」
二人が帰っていく親密そうな後ろ姿を思い出した。あれはデートの予定があったとかそう言う感じなのだろうか。うー、学校帰りにデートとかとても憧れる。
「ん、ん?!いやあ、あの二人は付き合ってないんじゃないかなあ〜?」
「そうなの?なんか仲良さそうだったから羨ましいなあって思って」
北添くんがきょとんとした顔をしたから本当に付き合ってるわけじゃないんだろう。しかし、大きな男の子の驚く顔はかわいいんだなあと思った。
「同じ隊だからかな?」
「たい?」
「あれ?ボーダーなの知らないんだっけ?」
「わ、ボーダーなんだ!どうりで顔面偏差値が高い訳だね……」
私は二万回納得した。うちの高校やたらボーダーの人が多いけど、なぜかボーダーに入ってる人って頭が良かったり運動できたりお顔が整ってたりする人が多いのだ。はあ〜、同じクラスにもいたとは盲点だったな。
「そう言われると実はゾエさんもなんだ〜って言い出しづらいね……って言っちゃった」
あははと北添くんが笑うから私もつられて笑ってしまう。
「北添くんもかっこいいのに」
再び北添くんが驚くので無茶苦茶恥ずかしい事を口走ったのに気がついた。居ても立っても居られなくなって意味もなく立ち上がってしまう。
「あっ、あ、あー!そうだ北添くんって去年も美化委員だったの?」
「そうそう、意外に楽しくない?」
苦し紛れの話題転換だったはずなのに、北添くんはすぐに乗ってくれた。美化委員会は放課後作業が多いからやりたくないって人が多くて私も勝手になりたくないな〜って思ってたけれど、隣の花壇で作業してる人たちも楽しそうに水やりをしている。雑草とりなんて手は汚れるし汗かくし身体も痛いけど綺麗になった花壇を見ると達成感がある。なんて言うか普段やらない事だからかな?結構楽しい。それににこにこして優しい北添くんと一緒にいるのが居心地がいいのかもしれない。
「こっちは何を植えるの?」
「う〜ん、なにがいい?」
お互いが抜いた雑草をひとつにまとめる。これで作業は終わりかな。でももうすこし喋っていたいなあ。
「夏に咲くやつだったら朝顔がいいな、濃い青色のやつ。北添くんは?」
「そうだね〜向日葵とか?」
「それもいいねえ」
すでに向日葵みたいな笑顔の北添くんともっと仲良くなりたくて心の中でこっそり次も当番が一緒になったらいいなぁなんて思った。



「うまくいったか?作戦は」
委員会が終わってから本部に向かうとすぐに穂刈くんと倫ちゃんに捕まった。
「えっと二人が美男美女だって言ってたよ」
「あるな、見る目が」
「まあ!それで?」
「あとゾエさんもかっこいいって」
「「きゃ〜〜〜!」からの?」
「おしまい」
「おしまい……?」
(北添くん満足そうだけれど?)
(次もサポートしてやろう、オレたちが)  to be continued……?





夏天   (城戸司令←夢主←唐沢さん)

テレビをつけるとニュースで台風が日本に近づいているとキャスターが言っていた。ちょっとだけわくわくしながら待っていたけれど、台風は私の前に現れる前に温帯低気圧になってしまった。それでも夕方にしとしとと降り出した雨が真夜中にはざあざあと音を立てて降るようになっていた。
そろそろ寝ようと、部屋の明かりを消してベッドへもぐりこんだ。しばらく瞬きをしていると真っ暗だった室内にカーテンの隙間から漏れる光でほんの少し輪郭が現れる。ガラスの向こう側には照電線と街灯とアスファルトに水たまり。私はカーテンの向こうの風景を一生懸命想像した。警戒区域の中には誰かいるだろうか?ボーダー本部には?私は雨の音を聞きながらいつの間にか眠りに落ちていった。






午前中いっぱい陰鬱な空模様だったが、本部に戻ってきて昼を食べている間に雨が上がっていた。これなら外回りは午後からにすれば良かったなと思った。腕時計を確認し煙草を持って食堂を後にした。
「あ、唐沢さんじゃーん」
非常口から外に出ると先客がいた。私服を着た女性だったので職員ではないだろう。彼女はこちらを知っているようだったが生憎彼女の顔を見ても名前が出てこなかった。見たことがある気がするものの思い出せそうにない。万が一、スポンサー先のご令嬢だったらまずいなと思うが、それならこんなところには居ないはずだ。
「こんにちは〜」
そうやって挨拶した後に名乗ってくれた彼女にようやく合点がいく。そうだボーダー隊員ではなかったか。ランク戦かなにかで見た時と髪の長さが違うようで、なるほど気がつかないはずだ。未成年ではなかったはずだが喫煙者ではなさそうなので、手に持った煙草を持て余す。それが逆に彼女の目を引いてしまったようで「気にしないで吸って大丈夫ですよ」と気を使わせてしまった。しかし食後の一服の魅力には抗えずお言葉に甘えて煙草に火をつけた。真っ青な空に向かって煙をはきだす。しばらくお互いが無言で急に夏っぽくなった景色を眺める。夏至を過ぎると夏になるんだったっけなと思い出す。
「城戸さんって夏の太陽の下で見ても城戸さんなのかな?」
彼女が向こうを向いたままで言った。ひとりごとだったのかもしれない。彼女は眩しいのかそれ以外の理由か眉を顰めて前を睨みつけるようにしている。
「なにを言いたいかはなんとなくわかった。きみは城戸司令に恋をしているのだな」
はじめて交わす会話にしてはかなり個人の内側に踏み込んだ話題だったが、知らないからこそ話せる場合もあるのだろう。彼女は特に気を悪くしたような素振りもなく会話を続けた。
「恋って言うか、憧れ?かな。たぶん」
「随分と大人っぽい事を言うね」
暗にきみが子どもだと言ったにも関わらず、言う前から彼女はそれを承知していたらしい。素知らぬ顔をしている。
「そうかなあ。普通だと思うけど」
会話をはじめた時は場を持たせるくらいのつもりで返事をしていたが、彼女反応を見ているうちに段々と彼女の見ている城戸正宗に興味が出てきた。
「どこが好きなの?」
煙草の吸殻を携帯灰皿に捨てる。もう一本吸うかどうか悩んで結局火をつけた。
「う〜ん、かろうじて生きてる感じ?大人だし色々考えてちゃんとしてるんだろうけど、なんか死にそうな雰囲気がするところ」
憧れと言った割にしっかり見ているんだなと思った。自分の妄想を押しつけているわけでないところに好感を持った。人間とは相手のどこに惹かれるのかわからないものだなと、この年になってはじめて思った。コントラストの強くなった風景の中で、まだ愛を知らぬだろうきみをこの腕で抱きしめてみたくなった。