青い空に照る太陽を遮るものは何もなくて、立っているだけでクラクラした。入道雲と焼けるアスファルトの間がゆらゆらと揺れる。吹き出す汗が背中を流れて気持ち悪いけど、止まりそうもなくてもう諦めるしかなかった。お気に入りのレースのノースリーブのシャツの胸元を掴んで風を送る。

「ねえ、もう帰りたいんだけど」

前を歩いていた葉子ちゃんが顔を顰めながら言った。

「髪がべばりついて気持ち悪い」

それでもそんなに機嫌が悪そうに見えないのはやっぱりこんなに天気がいいからだろうか。

「ろっくん遅いねえ」

葉子ちゃんは気怠そうに歩いている。Tシャツとショートパンツのラフな格好だ。ショーパンから伸びる白い足がえっちだなあと思う。スタイルがいいので、葉子ちゃんはなにもしなくてもとびっきり可愛い。

「あ、オレ飲み物買ってくるよ!」

雄太くんがパッと前に見えた小さい自動販売機の方へ駆けていった。声を掛ける間もなくあっという間に後ろ姿が小さくなった。

「アタシ向こうで座ってる」

シャッターの降りた商店の前にほんの少しだけあった日影に葉子ちゃんが座る。雄太くんを追いかけるか少し迷って、結局葉子ちゃんの隣に座ることにした。

「あんまり涼しくないねえ」

むしろお尻の下のコンクリートが熱くてじわじわとプールサイドにいるみたいにあったかい。日影だと思ってたそこは座ってもギラギラとした日差しが眩しかった。葉子ちゃんが寄りかかってくるのでちょっとドキッとした。

「あんたあっつい」

眠そうに瞼を閉じた葉子ちゃんの首筋に汗が伝うのが見えた。太陽の光が反射して景色が白く霞んで見える。

「なんか神様がそこにいそう」

天国にでもいるみたい、とそう思った。風が吹くと汗が冷えて気持ちがいい。深呼吸をすると土の匂いがして遠くから蝉の鳴き声が聞こえる。寝ているのかと思った葉子ちゃんがパッと目を開いた。なんとなくいつもの葉子ちゃんとは違うどこか遠いところを見ている瞳をしていた。もう一度目を瞑った葉子ちゃんの胸が呼吸で上下する。

「霧絵」

いつもの葉子ちゃんの声なのに私の身体がギシリと固まった。葉子ちゃんの右手が私の左手に触れている。何故か死んだ人みたいに冷たかった。私の知らない感情をのせて葉子ちゃんの声帯がふるえる。

「宿題は後回しにしちゃだめよ。あと人様に迷惑をかけないようにしなさい」

葉子ちゃんどうしたの、と声を出そうとしたのに喉がカラカラに乾いて声を出すことができなかった。そんな訳ないってわかってるのに、死んだお母さんがそこにいるみたいで鳥肌がたった。驚きすぎて葉子ちゃんが怖かった。

「それと誕生日お祝いできなくてごめんね。でも、いつも見てる」

胸から喉に迫り上がるこの気持ちはなに?息を吸おうとしたらヒッとしゃくり上げるような音が出た。葉子ちゃんはまだ目を瞑っている。繋いだ手は徐々に温まってきて普通の葉子ちゃんの手に戻ったみたいに思えた。それでも今隣にいる人が誰なのかわからない。

「……お、かあさん?」

掠れた小さい声で呟いた時じわじわとこみ上げていた涙がこぼれた。振り向いた葉子ちゃんはいつもの強い瞳をしていた。

「あんた、泣いてるの?」

葉子ちゃんのせいじゃないよって大丈夫だよって言いたいのに涙が止まらなくて言えない。

「びっくりしちゃったね」

いつの間にか戻ってきていた雄太くんにぎゅっと抱き寄せられる。Tシャツが雄太くんのお家の匂いと雄太くんの汗の匂いがした。懐かしいような安心する匂いだ。熱い涙がぼろぼろと溢れてシャツに吸い込まれていく。背中をとんとんと規則正しく打つ手はとても優しい。

「ヨーコちゃんも大丈夫だよ。ね、ちょっと驚いちゃっただけだもんね」
「う、ああ、ひっく、」

こくこくと頷けば葉子ちゃんも隣に来て三人でぎゅっとかたまる。もしかしたら葉子ちゃんも泣いているのかもしれない。

「わあああ、ああ、うあ」

雄太くんの首に手を回してしがみつく。子どもみたいに声を出して泣いた。私のほっぺたに雄太くんのほっぺたがくっついて熱い。風が吹いて埃っぽい匂いがした。草の匂いに混じって影がくっきりと浮かび上がる。葉子ちゃんの手がぎゅうと痛いくらいに私の手を握った。

「アタシはあんたが選んだ生き方を後悔させたりしない」

葉子ちゃんの美しい顔の輪郭を涙が伝っていく。

冷えた缶ジュースからしたたり落ちた水滴がじわじわとコンクリートに染み込んでいった。シャッターが揺れる音は遠い喧騒に混ざり合って、そして溶けていった。それは暑い夏の午後だった。