おサノおたおめSS

「私るいちゃんみたいになりたい」
そうやって真剣な顔をして机に頬杖をついてる霧絵に一瞬胸が高鳴って、でもそうじゃないってすぐに気がついた。
「む〜〜〜り」
がくっと机に突っ伏す霧絵の髪が波のように広がった。多分その辺に売ってる普通のシャンプーで洗ってるから毛先がすこしパサついている。細くてふにゃふにゃの髪の毛を手ですくって、また落とした。本人は嫌がっているにゃんこの毛。
「だよね、友子ちゃん……も無理か」
「急にどしたん?」
霧絵が腕に顔を乗せるようにして顔を上げた。瞬きをぱちぱちと二回繰り返してため息を吐く。アーモンド型の目の中に大きい黒目がくりっと光った。
「かわいくなりたいんだもん」
「じゅーぶんかわいいじゃん」
ぷくっと膨らんだ頬を指で突いて中に詰まった空気を追い出す。そのままむにむにと摘んで引っ張って遊ぶ。
「そう言うのじゃなくて〜〜!」
別に子ども扱いをしたわけじゃなかったんだけど、霧絵は癇癪を起こした子どもみたいにばたばたと暴れた。こら隣の人にぶつかるから暴れるのはやめなさい。
「ごめんて」
ポケットに入っていたキャンディの包み紙を剥がして目の前の小さな口に差し出す。本当はリップもぬられてないのに赤いその唇を摘んでみたかったんだよ。彼女は一度右の頬に飴を含ませてから今度は左に移した。そしてぎゅっと眉を寄せた。
「すごい甘い」
「プリンはプリンでも駄菓子のプリン味だよね、それ」
「髪の毛切ろうかな」
「え〜、霧絵は長い方が似合うよ」
「本当?じゃあ伸ばそ!」
今の会話のどこでそんなに笑顔になれるのかわからなかったけど、楽しそうなのでなりよりだ。
「じゃーん!るいちゃんお誕生日おめでとう〜!お昼は友子ちゃんとおうどん食べに行こうね」
「学食焼きうどんないじゃん……やだよ」
「えー?!あ、まだ開けちゃダメ!」
受け取ったプレゼントを袋から出していると、慌てた様子で取り上げられた。そのかわりぽろりと落ちてきたメッセージカードを開く。どうやらプレゼントはヘアピンで霧絵と色違いらしい。
「なるほど、結構センスいーじゃん」
彼女の耳の上で髪を止めているヘアピンを指でなぞる。霧絵の顔がぼあっと赤くなって瞼が伏せられた。短いまつ毛が震えるように揺れた。
「お揃い嫌じゃない?」
そんなことを気にしてたのか、かわいいやつめ!目の前にある柔らかい髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜて抱きしめた。
「さいっこーのプレゼントだよ!」





レイジさんはぴばSS

a cry in the night.
昼間は出てこない、夜になると心の中から絞り出すように出てくるもの。

「木崎くん〜、お誕生日おめでとう〜♪」
霧絵が軽く揺れながら聞いたこともない節をつけながら歌った。どうやら自分の誕生日を祝ってくれているらしいのは理解できたが、大学の教室での祝われ方としてはあまり嬉しくない。ちらちらとこちらを見る視線を感じた。いつも手ぶらみたいな格好で大学に来る霧絵が大きな荷物を持っているのに気になってつい声をかけた。
「なんだそれ」
「ひとりフラッシュモブ?わかんないけど、はいこれプレゼント」
プロテインの袋にリボンがかかっているものを渡された。そうかプレゼントを持っていたのかと思い、そう言えばストックが切れそうだったのを思い出し素直に有難いなと思った。あとフラッシュモブがなんなのか説明は出来ないけどさっきのは絶対違うと思う。
「あれ?なんか不満そう?本当はお米にしようと思ったけど重たすぎて諦めたわ」
「いや……助かる、ありがとう」
米はいくらあってもうれしいが、さすがに俺も大学の授業を米袋を抱いて受けるのは嫌だ。思いとどまってくれて良かった。
「それに気の利いた小物とか残るものは他の人があげるかなあって思って」
Tシャツと短パンにビーチサンダルの近所のコンビニ参拝スタイルの彼女を眺める。ここに来るまでにかぶっていたのかキャップを手で持っている。すらりと伸びた足にスタイルが良いが筋肉が少し足りないと思う。
「ん、じゃあ目的は果たしたし帰るわ」
「この後授業ないのか?」
彼女は「ない」と眠そうに目を擦りながら言った。
「それなら行くか?」
荷物を鞄に入れて立ち上がる。どこへとは言わなかったが多分わかっているのだろう「ビールか悪くないな」というひとり言が聞こえた。外に出ると日が沈みかけているがまだ空は明るい。不愉快な蒸し暑さも夏が来ると思うと少し楽しい気持ちになる。霧絵が帽子をかぶって前を歩いている。またさっきの歌を歌っているらしい。空いた両手をぶらぶらと振っている。眺めるでもなく見ながら歩いていたらつい掴んでしまった。掴んでからあまりに細いので驚いた。彼女も何事かとキョトンとした顔でこちらを見上げた。
「来年は残るものでも良いぞ」
それだけ言って手を離した。まあ今日くらいこういう事を言っても良いだろう。行き交う人のざわめきが波のように寄せては返しそうやって夜がやってきた。






さとけんはぴばSS

この声って?!

「佐鳥ってさあ〜、ボーダーなんでしょ?」
「そ〜だよ〜!」
「ふうん」
自分から聞いたのだが、返事もそこそこに見ていた雑誌のページをめくる。たまたま嵐山隊の特集があったから暇つぶしに見えるだけだ。そう、決してボーダーの佐鳥が気になったわけじゃない。
「霧絵ちゃんもボーダー興味ある系?!」
前の席の佐鳥がくるっとこちらを向く。次の授業が始まるまであと5分くらいか。席が近いと話す機会は自然と増えるけど込み入った話はしないので、佐鳥の事はよく知らない。それは多分向こうも同じだと思う。
「そりゃあ、お世話になってるわけだしね」
雑誌の中でボーダー制服?を着て知らない美男美女に囲まれてる佐鳥はなんか、すごい人に見える。というか、すごい人なのか。改めて考えてみると目の前にいるのにちょっと遠い人みたいに感じた。
「ボーダーNGなのかと思ってました」
真顔で言うのでびっくりした。しかも敬語だったので思わず突っ込んだ。もしかしたら、私の変な心の距離の動きが伝わってしまったのかも知れない。ええと、違う世界の人だって思ったわけじゃなくてと、佐鳥の寝癖をじっと見ながら心の中で言い訳をする。
「NGってなによ、NGって。普通にすごいんだなあって噛みしめてたところだよ」
そうそう、それが言いたかっただけだから。高校生なのにもう仕事してるようなもんだもんね。しかも、人を守る仕事とそれを人に伝える仕事の2種類もだ。クラスメイトとして尊敬するなって思ったんだ。私なんか感心してため息も出ちゃうわ。
「うんうん、嵐山さんってマジですごいよ」
「いや、この嵐山隊?みんな大人っぽくてすごいけど佐鳥もだからね」
なんだか自分は違うみたいな口ぶりだったので、一応付け加えておく。普段なら五月蝿いくらいアピールしてくるタイプなのに。
「え!オレ格好いい?!」
急にいつもの様に元気になった佐鳥が隣でスマホを見ている半崎くんの肩をすごい勢いでゆすっている。半崎くんが無言でこちらを睨んでくる。しかし、君がゆさぶられてるのは私のせいではない。
「格好いいけどさあ〜」
私はかっこよくない佐鳥が好きなんだけどなあ。そう思って持っていた雑誌は半崎くんにあげた。






唯我はぴばSS

ラウンジで飲み物を買って隊室に戻るに途中に廊下で叫び声が聞こえる。どうかウチの隊室からじゃありませんようにと願うけれど、
「出水先輩!!!助けてくださいぃ〜!」
部屋から上半身を出して叫ぶ唯我と目が合ってしまった。エビ固めをしているのはどうみても霧絵だ。無視したい気持ちは山々だが二人が邪魔で部屋に入れそうもないので仕方なく声をかける。
「お前らなにやってんの?」
「今日が唯我の誕生日だって言うからお祝いしてるのになんか嫌がる」
「先輩はお祝いってなんだか知ってますか?!」
「むしろお祝いとしては合ってたと思う!」
あー、そう言えばこいつ誕生日だったな……。しかしおれも忘れてたのによく霧絵が覚えてたな。
「よーし、いっぱい説明して貰おうか」
「入ってくるなりすごい音がなるものを爆発させてきたんですぅう」
クラッカーか?と思うが、泣き喚く唯我を見てパーティグッズのバズーカくらいぶっ放したのかなと想像する。こいつならやりかねん。
「と言ってますが?」
「それはねえ、蓮さんにさっき廊下で会った時に花火が好きって言ってたからポケットに入ってた爆竹をクラッカーがわりにしました!!」
「なに機転利かせたみたいな顔してんの?!太刀川隊巻き込むのやめてくんね?!」
「太刀川さんは責任を問われてさっき沢村さんに連れて行かれました!」
「おれらの隊長を……」
しかしなんで唯我はエビ固めされてるんだろう。
「それでやっぱり誕生日には生クリームかなって思って」
「おまたせ〜、加古さんに生クリームと紙皿貰ってきたよ〜」
ボウルにたっぷりと泡立てた生クリームをいれた柚宇さんが笑顔で向かってくる。なるほど。
「よっしゃ!全力で祝ってやるか」
「嫌だぁあぁああ」
しばらく必死に争っていた唯我は引きずられるようにして隊室に入っていった。

Happy birthday!





米屋陽介生誕祭SS


 十一月の月曜日、昼間は太陽が照っていて日差しが暖かいけれど、風が吹くとセーターを羽織っていても少し肌寒い。バタバタとはためくお弁当の包みを抑えながら卵焼きを口に入れる。
 例のごとく早弁をした米屋が、購買で追加購入したパンをほお張りながらおもむろに立ち上がった。
おかずを盗まれると困るので、メインの唐揚げを隠すように手で覆ってから米屋を見上げる。そんな事を知ってかしらずか米屋は高らかに宣言した。
「いまから焼肉食べに行こうぜ!」


「いや、弁当食ったばっかりだろ」
 出水が呆れたように突っ込んでからお弁当のエビフライを箸で掴む。秀次はちまちまとご飯を口に運んでいて、会話に参加する気はなさそうだ。
 全く、答えはもう決まっているだろう。なんてたって今日は一年に一度のお祭りなのだ!お弁当の残りをかきこんで、飲み下す。
「行くっきゃない!!!!」
 大きく叫んで、米屋と無言で頷きあいハイタッチをする。
「お前ら馬鹿なの?!知ってたけどね?!って、三輪もなんか言ってやれよ!!」
「…俺はたん塩しか食べないぞ」
「バカだ!バカしかいない!!」
 全く、出水くんはノリが悪いんだから。私は首を左右に振りながらワイシャツの第二ボタンまで開けた。米屋より一歩前に出て出水をじっと凝視する。
「出水くんは、毎日同じお弁当をいつまでも、いつまでも、食べ続けますか?!」
 秀次はいつも通り我関せずと、お弁当を食べ続けているので、仕方なく米屋の首に手を絡めて太ももに軽く腰掛けるフリをした。
「……焼肉、食べたくない?」
「ッッ、ネタが古い!!!」
 良い子の出水クンが学校をサボりやすい様にわざわざ一席ぶったのに、ダメ出しとはやれやれだぜ。
「えー、じゃあ三人で食べいこっか?」
きちんとお弁当を食べ終えた秀次の手を引いて立ち上がらせると、駄々こね公平クンに反対の手を掴まれた。
「ごめんなさい!俺も行きたいです!!!」

ハッピーバースデー!米屋!!






古寺くんとラッキースケベ


「そろそろ帰ろっかな」
 真面目に訓練するC級の子たちももうひとり残らず帰ってしまった。B級以上で隊を組んでいるスナイパーは合同訓練以外ではあまりここは使わないので割と閑散としている。合同訓練の時の賑やかさを知っていると誰もいないのが心細い。仕切りの向こうに影が見えた気がしてドキッとした。
「うわ〜〜、やっちゃった」
慌てて持ち上げたせいで、鞄にパックのジュースが引っかかって中身が溢れる。ワイシャツにコーヒー牛乳色の染みがじわじわの広がっていく。これは不味いぞ。
「スカートは拭けばイケるか??」
 学校帰りなので体操服があるから着替えよう。いくらなんでも茶色に濡れたワイシャツで家まで帰る気にはならない。スナイパー用の、といっても他の人が使えない訳でない、シャワー室へ向かうと女子の方には使用禁止の張り紙が貼ってある。トイレまで行くの面倒臭いなあと横目で男子用のシャワー室を除く。物音はしない。おそらくこのフロアには私しかいないはず。ダッシュで着替えて出てくるくらいならば許されるのではないか。
「おじゃましま〜す」
 なんとなく手前の方に入るのは気が引けて奥の個室へ入る。べったりと張り付いたシャツを脱いでタオルで手早く拭く。匂いが気になるのでシャワーでシャツを濯いで絞る。よし!体操服着て出ようと思ったところで誰かの足音が聞こえた。



 古寺は誰もいないと思ってシャワー室へ入ったが、どうやら奥の個室に人が居たようだ。この時間に珍しいな、と思ったが特に気にせず手前から3番目の個室のドアを開いた。熱いくらいの温度にしてシャワーを浴びる。思わずほうっとため息が漏れた。ギィっと扉の開く音がして、ああ奥の個室の人が帰るのだなと思った。
「きゃあ!!」
 ちょうど自身のドアの前あたりから、何かがぶつかるような大きな音がして声が上がる。確かに女の子の声だったのに特に気にせず扉を開けた。シャワールームで転ぶ人は多いのだ。危ないから注意書きもあるが、あまり効果はみられない。大きな怪我をしてなければいいけれど。
「大丈夫ですか?」
 シャワーのコックを捻ってお湯を止める。その濡れた手で眼鏡を掛けて、扉から半身を覗かせると見覚えのある女の子が尻もちをついていた。こちらから流れ出るシャワーの所為でスカートまで濡れてしまっているようだ。と、そこまで状況を把握してから女の子が真っ赤な顔を逸らした。なんで女の子がここにいるんだろう?
「み、見てないから!!!!」
 びしょ濡れの鞄を抱きかかえるようにして古寺の横を走り抜けた彼女がまたその先で転んだのを、廊下に響くがこーんと言う音で理解した。
古寺は己の裸体を一度確認してから小さく悲鳴をあげた。






にれいさんとみうらくん


「今日の体育サッカーだってよ〜」
「まじ?こんなクソ寒いのに外かよ!!」
「男子ずるくない?」
「いや、夏外よりマシっしょ」
「てか、マラソンじゃなくてよかった〜」
「それな」
 クラスメイトの女の子たちの会話を聞きながら手早く着替える。上下ジャージでも浮かない冬の体育はそんなに嫌いじゃない。1番最後に教室を出てみんなについていく。校庭にはもう2-Dの女子が集まっていた。
「霧絵キーパー任せていい?」
 うちのクラスは他クラスと試合をするときはかなり本気になる。いや、クラスをシャッフルしても白熱した試合をするからみんな負けず嫌いなだけかもしれない。たしかに本気でやった方がスポーツは楽しいと思うけれど、後々の授業まで禍根を残すのはやめて欲しい。と、夏のバレーボールを思い出しながら頷いた。反射神経が買われたのだろう。
 試合がはじまってすぐに2-Cがゴールを決めたが、さっきからこちらがずっと押されている。ボールの位置と敵の配置を意識しながらじりじりとしていたら、ジャージを腰に巻いた女の子が飛び出してきた。横からパスが飛んでくるのが見えたのでこちらもぶつかる地点へ飛び出す。やばいと思った時にはもう相手の女の子もボールを蹴り出していて、私と彼女の間にはほとんど距離がなかった。ボールは絵に描いたようなスローモーションで顔面に向かって来ていて、私はこれが走馬灯か……と思った。
 その後大きな乾いた音がして、顔が火傷したように熱くなった。
「いった〜〜」
痛すぎて目が開けられないので、手探りでボールを確保する。これが取られたら何のために身体を張ったのかわからなくなってしまう。
「ボールより血拭けって!」
ポケットに入れたまま洗濯したからくしゃくしゃだけど、キレーだから!!と女の子がハンカチを握らせてくれた。血?鼻水じゃなくて?と思ったら思いっきり鼻血が出てきた。
「う〜〜〜」
不味い、血は洗濯しても中々落ちない。そう思ってハンカチを返そうと思ったけれど、ぽたぽたと流れ出る鼻血を手のひらだけで受け止めるのは中々難しかった。
「やる、半分アタシのせいだろ〜」
「あの、ありがとう」
名前を覚えようと思ったのに見たことない漢字だった。なんて読むんだろう。
「髪くっついてるから勝手に結ぶぞ?」
もたもたしてるうちに女の子が自分のシュシュで髪まで結んでくれた。ふわっと甘い香りがしてなんだかクラクラした。
「保健室まで歩けるか〜??」
「仁礼連れてってやれ」
「おう!アタシに任せな!」
ひとりで大丈夫だと伝えたかったのに、先生の声の前に私の台詞はむにゃむにゃとした寝言みたいにかき消された。そうか、にれいさんって言うんだ。
手のひらは血がついてたので腕を引かれてにれいさんとゆっくり廊下を歩く。結んだ髪のせいで首がいつもよりすうすうした。
扉を開けてもらって保健室に入ろうとしたら、中から男の子が出てきた。
「わあ?!ご、ごめんね?!」
知らない男の子の汗の匂いと、熱くて堅い身体。白い体操服を着ているので同じく体育の途中だったらしい。怪我をしているのか胸のあたりに赤い染みがついている。血?
「あ、血が」
「あちゃ〜、三浦ついてね〜な〜」
「あ、あ、ごめんなさい。あの、弁償します」
ぎゅうと体操服を掴むと目を逸らすようにして大丈夫だと言われた。
「じ、ジャージ!羽織れば見えないから!!大丈夫!」
 わたわたと手を振って保健室を出て行ってしまった。どうしようと、男の子と知り合いのように見えたにれいさんを見るとガサゴソと救急箱の中身を探っていた。
「鼻血って消毒液いるもん??」
「た、ぶんいらない?と思う。あ、もう止まったかも」
ジャバジャバと水道で顔を手を洗う。うん、もう大丈夫そうだ。
「にれいさん?もごめんね」
私が飛び出さなかったら、怪我をしなかったらこんな面倒なことにならなかったのに。
「気にすんなって!助けるのも仕事のうちだし」
にかっと笑うにれいさんは綺麗だった。
「しごと?」
頭の巡りの悪い私はきっと間抜けな顔をしている。
「そ、アタシもさっきのやつもボーダーだから」
汗の匂いのする男の子の赤い顔を思い出そうとして、やっぱりやめた。なんだか胸が苦しくなりそうだったから。





奈良坂透爆誕!!!


「おはよ〜」
「はよ」
「今日は奈良坂の誕生日ね」
「あ〜、やべ忘れてたわ。まあ本部行く前に買えばいいっしょ」
「どっちだっけ?きのこ?たけのこ?」
「吉田沙保里さんと同じ党よ」
「逆にわからんわ」
「霧絵はなに渡すん?チョコあ〜んぱん?」
「ちょっと!それは私の推しチョコ菓子でしょ!」
「正直にあいつの好きなもん渡すヤツじゃないじゃん?お前」
「まあね、奈良坂って手作りとか嫌いそうじゃない?」
「わからんでもないけど、それって偏見では?」
「うっさいわね、だから作ったの」
「なにを?カカオから?」
「馬鹿なの?そんなのTOKIOじゃないんだから出来るわけないでしょ」
「TOKIOを信頼し過ぎでは?」
「たけのこの里に決まってるでしょーが!」
「「は?」」
「はい、と言う事でこれが実は霧絵ちゃん特製びっくりたけのこの里"で〜す」
「おお〜?」
「見た目まじでたけのこの里じゃん」
「頑張りました!」
「お前のなにがそう駆り立てるんだ……」
「あいつは一度ギャフンと言わせねば……」
「言わせ方はそれで合ってんのか?」
「しょうがないでしょ!勉強も運動もモテでも勝てないんだから!!!たけのこの里愛を脅かしてやるわ……ふふふ」

普通に二秒でバレたし、逆に鼻で笑われた。終





蝉しぐれ墓地にしみいる(辻くん)


 警戒区域内にあるもう誰も来ない墓地は陽射しを遮るようなものはなかった。そこにあったはずの境界線を見つけることは難しく、むき出しの墓石が太陽に焼かれている。もちろん遺骨などは新しい場所に移動されていてここはかつて墓地だった場所に過ぎない。それもここに墓があったと知っている者だけの。風が吹くと黄色い砂埃が舞い、蝉しぐれが蜃気楼にゆらめいた。夏の熱された空気が吹きつけて額に汗が流れる。崩れた枕石の前に一人六頴館の男子用の制服を着ている人が立っているのは見間違いではなくて、でもあまりにも場違いなので一瞬幽霊かと思ったくらいだ。その小さな背中に見え覚えがあったので近づくと足音に気がついた人影が振り返った。

「辻くんは送り火?」
「ぃや…えっと…それはもう家族が」
「あ、そうだよね」

学校でも特に話した事はないけれど、昨日も一緒にいたみたいに話しかけられて戸惑う。

「僕はさぁ」
「僕がここにいて姉さんが死んじゃったのに僕が僕のお墓の前で出来ることって、特になくて……それでここまで来ちゃった」

 彼女の弟とは一年の同じクラスだったので友達とは言えない程度に話した事がある。彼について知っているのは双子の姉がいて彼女も六頴館に通っている事、二卵性なのであまり似ていない事、夏に生まれた事、今年の梅雨に事故に遭って亡くなった事、それくらいだ。

「そういえば辻くんって女の子苦手なんだっけ。君も僕を姉さんだと思う?」

 双子だから制服のサイズも一緒なのかと思ったけれど、彼女が来ている彼の制服は肩も裾も大分余っているように見えた。彼みたいにベリーショートにした髪が汗ではりついているのに彼女は拭おうともしなかった。青白い顔をしている彼女を見ながら、ここでネイバーが出て来ちゃったら彼女の記憶は消さなきゃいけないんだなと思った。

「巫条さんの中にはふたりともいるんだと思う」

 彼女の弟の真似は彼をそんなに知らない僕でさえも似てないと思ったし、彼をよく知っている人間からしたら痛ましくてとても直視できないものだろう。俺は彼女をお姉さんの方だと認識していてもそんなに緊張しなかった。女性らしい部分をすべて隠してあるせいなのか、弟がそこにいると思ったからなのかは分からないけれど。

「っ、会いたいよ」

彼女は弟の名前を呼んで俺の腕の中で泣いた。





仲良し2年D組


「え〜〜〜!ひかりちゃんってボーダーなの?!」
2年D組の教室に女子生徒の悲鳴のような声が響く。割といつものことなので特に気にする生徒はいない。
「今更すぎだろぉ」
仁礼は椅子を背後向きにだらりと座りながらお菓子の箱を開ける。もちろん仁礼のものではない。
「お、ワニだ。がお〜」
赤いキャラメルの入った箱とは別の箱からおまけのおもちゃを出して満足そうに笑った。
「えっ、えっ、魔法とか使えるの?」
叫んだ方の女子の頬っぺたに木で作られたワニが噛みつく。それも気にならないのか彼女は興奮したように大きく目を見開いて会話を続けた。
「なんだそりゃ、アタシはオペだから」
「オペ?をはじめます?」
ワニに噛み付かれたまま首を傾げながら、手の甲を外側に向けて両手を胸のあたりに掲げた。
「メス!じゃなくて、オペレーター」
ノリツッコミをしてからキャラメルの包みを開けてハート形のそれを頬張る。
「そんな……、ひかりちゃん。オペレーターって頭良くないといけないんだよ?」
「今悪口を言ったのはこの口か〜?!」
「いひゃいよ〜、ひかいちゃあん」
「おい、三輪!こいつなんとかしてくれ!」
自分の席へ戻ろうと通りがかったところで三輪は仁礼に捕まった。なんとかしてくれと言われても状況が全く判らない。どちらかと言うと仁礼に思いっきり頰を引っ張られている彼女の方が助けを求めるべきなのでは。
「あ!三輪くん!!ひかりちゃんってボーダーなんだよ!知ってた??」
目が合ったタイミングで彼女がパッと笑った。そんなことも知らなかったのかと呆れるより驚きが勝った。
「三浦もボーダーだぞ」
なんと返答するのが正解か分からず隣にいた三浦の名前をあげる。
「え〜〜〜っ?!私この前三浦くんにうで相撲勝ったよ!!」
「うっ、それは……、三輪くんがオレの仇を取るよ!ねっ」
「よおし、負っけないよお!!」
どうやったらそんな話になるのか全くもって理解出来ないし断りたかったが、仁礼と三浦がにこにこと笑顔でプレッシャーをかけてくるので面倒なので出された手を握った。一度やれば三人とも気が済むだろう。そのひと回り小さい掌を握る手にぎゅっと力を入れたところで霧絵の手がパタンと机に倒れた。
「おい、」
「さすが三輪くん!やっぱりA級は違うんだね」
 A級は関係なくないかと心の中で突っ込んだ。まだはじまってすらいなかったと思うのだが、オレが勝ったことになっているらしい。確かに彼女の手が机についたのだからそれで良いのだろう。
目の前で真っ赤になっている少女が、何を考えているのかなんて三輪には想像もつかなかった。





ゾエさんと委員会2


乾いた土の匂い。雑草を抜いて新しい土を入れたからまだふかふかだ。
「この種ってそのまま埋めればいいの?」
「ん〜、ちょっと待ってね。うん、そうみたいだよ」
本当は今日は当番じゃなかったんだけど、北添くんが新しい花を植えると言うのでついて来た。もちろんお花を植えるのも楽しそうだったんだけど、北添くんとお喋りしたかったのもちょっとある。
「ちょうど休む人がいたから助かっちゃった」
北添くんからシャベルを受け取って、かわりに種を渡した。
「私もお花植えてみたかったから」
「霧絵ちゃんは良い子だねえ」
北添くんがにこにこしながら褒めてくれるけど、心の中で謝る。ごめんなさい、下心があるのです。サクッと軽く土を掘って種を一粒ずつ置く。土は軽く被せるだけで良いらしい。あっと言うまに作業が終わってしまう。北添くんが種を植えたところにジョウロでたっぷりお水を撒いた。
「今日はあっついねえ」
「うん、日差しが夏みたい」
水がキラキラして綺麗だなと思う。水を吸い込んで土の匂いが強くなる。ワイシャツの袖で汗を拭う北添くんが格好よくてドキっとした。
「今日はバイトじゃないの?」
北添くんが花壇の横にあるコンクリートに座ったのを見ていそいそと自分も隣に腰掛ける。
「うん。でも明日から苺のフェアがはじまるからちょっと憂鬱」
たくさんの苺を使ったパフェはとても美味しいんだけど、作るのはちょっと難しい。去年も苺のフェアは人気だったので今年も忙しそうだ。働く人間として忙しいのは喜ばなくてはいけないのだけれど、ため息が出ちゃう。
「え?!ゾエさん苺大好き!!ケーキ屋さんなの?」
「あ、ううん、ファミレスで働いてるんだ」
そう言えばどこでバイトしているかはこの前言わなかった気がする。苺が好きと言った北添くんの笑顔が胸に刺さる。甘いもの好きなのかな?北添くんの事を知るたびに胸の中がぽかぽかする。そうだ、これはチャンスかも知れない。鞄の中を引っ掻き回して数日前にバイト先で貰ったものを探す。
「あ!あった!もし良かったらお友達と一緒に食べに来て」
店長に学校の友達に配ってと言われて渡されたクーポンを渡す。すっかり忘れて鞄の底で眠ってたけど、思い出して良かった。
「良いの?この苺のパフェ美味しそうだねえ」
「うん、クーポン配れって言われてたの忘れてたからいっぱいあげるね」
「ふふふ、じゃあたくさん行かないと」
「本当?そしたら腕によりをかけて作るよ!!」
両手で力瘤を作ってアピールする。本当に来てくれたらやる気がモリモリ湧いてくると思う。ふと校庭を横切っていく人を北添くんが呼びとめる。マスクをしてすごい猫背で歩いて来るのは影浦くんだと思う。
「影浦くんと知り合いなの?」
「カゲはゾエさん達の隊長だよ」
なるほど、影浦くんもボーダーだったのか。本当にうちの学校にはたくさんいるんだな。
「あ"?鈍臭女と一緒なのかよ」
「いつもお世話になってすみません」
影浦くんは普段喋ったりするわけじゃないけど、ひとりで途方に暮れていると影浦くんが救世主のように現れるのでその都度お世話になっている。この前も日直で授業の後片付けをしていたら両手に荷物を持ちすぎて準備室のドアが開けられなくて困っていたらどこからともなく現れた影浦くんがドアを開けてくれた。怖い人なのかなと思っていたけど、言動が過激なだけで優しい人だった。
「あ、良かったら影浦くんもパフェ食べに来てね」
せっかくなのでクーポンを渡したけれどすごく嬉しくなさそうな顔をした。さすが影浦くん。繕ったりしない。
「オメェ、ユズルかヒカリと行けよ」
「え〜?みんなで行こうよ」
二人の仲の良さそうなやりとりほっこりしていた私は北添くんが2年生の女の子とお店に来店することまだ知らないのであった。






東とマエストロ

「こんばんわ」

 夜研修室のある棟に戻ると見知らぬ女性が居た。Tシャツにショートパンツビーチサンダルは彼女の足元に散らばっている。ラフな格好の学生もいるけれどここまでリラックスした格好の生徒はあまり居ない。それに夏でも常に空調が入っているので女性の研究員はだいたい長袖の上に白衣を着ていることが多いような気がする。共用のソファーに胡坐をかくように座っていて目の前の机の上には白い紙の束が置かれている。どうやら結構な時間ここにいるらしい。
「ええ、こんばんは」
 彼女はチラリとこちらに目線をやるとすぐに興味を失ったように手元の紙へと視線を戻す。少し考えるように天井を睨んで、それで白い紙に何かを書き込んでいく。まあ、ここの学生に見えなくもないが明らかに外部の人間だ。俺が研究室の責任者ではないとは言え不審者を見逃すほど怠惰ではない。
「ここ関係者以外立ち入り禁止なはずなんだけどな」
「そう、でもあそこから入れたわ。それにいまちょっと忙しいから後にしてくれる?」
 一応不法侵入について注意するつもりで言ったはずなのだが、彼女には近づいてきた猫を追い払うかのようにあっさりと拒絶される。彼女の部外者の割に悪びれないその振る舞いがおかしくて気に入った。あの様子だと暫くかかりそうだなと思って先に自分の用事をキリのいいところまで済ませてから、給湯室まで行って珈琲を二人分淹れると彼女の座っているソファーの向かいに腰を下ろした。
「良い香り」
 彼女がカップに口をつけると腹の虫が大声を上げた。笑いをこらえつつ、引き出しに入れっぱなしになっていた簡易栄養食を渡すと喜んで食べた。色々と気にならないタチらしい。
「ここ静かで涼しくて重宝してるの。ついでにグランドピアノがあれば最高なんだけど」
 全くもって出て行く気は無いらしい。むしろこの縄張りを見つけたのは私が先だと言わんばかりの態度である。
「ピアニストなのか」
「いいえ、私が振るのよ」
「これは?」
「スコア。オーケストラ用の」
ふうん、通りで普通の楽譜とは違うわけだ。詳しくはわからないが、オーケストラ用の楽譜なんてものははじめて見た。
「いくら時間があっても足りないわ。それにお金もないの」
「でもやるんだ」
「ええ、この世界には音楽があるから」
彼女はゆったりと微笑んだ。慈愛に満ちたそれは俺の質問がどんなに愚問であったとしても許すという意思を感じた。
「ピアノは弾ける?」
「もちろんよ、ここにピアノがあればの話だけれど」
実物を置くのは難しいが、トリオンを使ったものならばと思考する。それならば彼女にも実験を手伝って貰えるかもしれない。
「英語は出来るの?」
「あんまりね」
「それって、大丈夫なのか」
「私の神様は大丈夫だったみたい」
「神様?」
「小澤征爾」
「まだ生きてるじゃないか」
「生きてたって神様にはなれるのよ」





「おいしいココアの作り方」春限定いちごタルト事件・米澤穂信 パロ
古寺くんお誕生日おめでとう!not夢

 十一月にもなるとぐっと気温が下がって吹きつける風が冬のそれだった。びゅううと首すじをさすような冷気に古寺は首をすくめた。明日からは防寒具を用意しようと心の中にメモをしてからボーダー本部へと早足で向かった。

「あら、章平くんほっぺたが真っ赤よ」
作戦室は暖房が入っているのか暖かく思わずため息を吐くと月見先輩に見つかった。
「いま陽介くんがココアを作ってくれているからこっちで待っていましょう」
給湯室に立っているなぜか半袖の米屋先輩の後ろを通って和室に入る。いくら室内だからってTシャツ一枚で鼻歌を歌っている米屋先輩は寒くないのだろうか?と疑問を抱きつつ先に和室に入った月見先輩の向かいに座る。どうやら三輪先輩と奈良坂先輩はまだ来ていないらしい。
電子レンジが加熱完了を伝える音とかちゃかちゃと陶器がぶつかる音をぼんやりと聞いているうちに、マグカップを三つ持った米屋先輩が和室に現れた。
白いカップにチョコレート色の液体がたっぷりとはいっている。冷えた手には痛いほどの熱を感じていると米屋先輩がこっちをじっと見つめていた。何だろうと思いつつもカップに口をつけた。
「……!おいしいです!!」
「本当、さすが宇佐美さんね」
突然出てきた名前にドキッとしながらも得意げな米屋先輩の表情はこれの事だったのかと納得した。月見先輩によると米屋先輩が宇佐美先輩に”おいしいココアの作り方”を聞いたという話をおれが来る前にしていたらしい。本格的な味なのでいつも大雑把な米屋先輩が作ったとは思えないほどだ。
「どうやって作るんですか?」
「すげ〜簡単だぞ?ココアパウダーをカップにいれたら温めた牛乳を少量いれる。これがポイント。それからかき混ぜるとペースト状になるからその後に砂糖とか蜂蜜とか加えて飲みたい量のホットミルクを注いで混ぜればOK」
宇佐美先輩の家に行った時に教えてもらったという先輩に羨望の気持ちを持ちつつ、家に帰ったら家族にも作ってあげようと思った。
「あ、片付けはおれがやりますよ」
「マジか、サンキューな」
個人ランク戦に行くという先輩からマグカップを受け取って給湯室の流しへ持って行くと違和感がした。
「……」
「章平くんどうかした?」
「あ、いえ。洗い物をしようかと思ったんですが、なにか変だなと思って」
月見さんからも飲み終えたカップを受け取る。一瞬感じた違和感はただの気のせいに違いない。
「そうね、確かに陽介くんが言っていた凝った作り方の割に洗い物が少ないかしら?」
流しにはマグカップが三つとスプーンが一本あるだけだった。シンクは乾いているし、他に洗い終わったものがあるわけでもない。
「先輩はどうやってココアを作ったんでしょう」
作戦室にはコンロはないし、電子レンジも一度しか使用している様子はなかった。そもそも先輩は面倒くさがりだしあったとしても他の道具を使うなんてしないだろう。
「……まさか」
後ろにある冷蔵庫をがぱりと開けて牛乳のパックを取り出す。コンビニなどにも売っているひとまわり小さいそれは米屋先輩がココアをいれるために買ってきてくれたものだろう。
「まだ温かいわね」
牛乳パックごと電子レンジで加熱したらしい先輩に思わず脱力した。
「こんなこと弟だってしませんよ」
月見と笑いながら古寺は早く他の二人の先輩にもこの話をしてココアを作ってあげたいなと思った。