朝、太陽の光がまだ白くて世界の輪郭が曖昧な時間
昼、太陽が強く光景色をはっきりと鮮やかに映し出す時間

いつもの場所に寄ってみるけれど叶はいない。
誰かと一緒にいるならそれでいい、笑っていてくれるならうれしい。

自分で夜は逢わないって決めたのに気になってしまって夜も師匠の執務室を出てから遠回りになってしまうのに見に行ってしまう。
もしひとりで深い青の空を見上げているならば隣にいてあげたいのだ。

誰もいない廊下を確認してから私は自室へと帰る。
帝さんもちゃんと自分のお布団で寝てるかな。











「元譲さんどうでしょうか?」
「ん、野菜が増えたんだな。うまい」
「はい!元譲さんのアドバイスを元に改良してみました!!」
「この麺見たいのがうまいな」
「あ、本当ですか?甘辛に合うかなって思って春雨入れてみたんです」

元譲さんの希望でお庭にある東屋で、恒例になりつつある試食会だ。

この前初めてお料理対決と言う名の玄徳さん達みんなとご飯を食べた。
そこに師匠がいてなんだか偉い人らしかった。
いや、偉い人なのは知っていたのだけれど年が近いので一緒に働いているときはつい気楽に接してしまっていた。
…そもそもここにいるみんなすごい人で別の場所から来たと言っても庶民の私じゃあ話す事も出来なかったかもしれない人たちなんだよね。
玄徳さん達の軍は皆仲が良くて、私にも優しくしてくれるからすぐ忘れてしまう。
この場内には元々敵対していた三つの軍が力を合わせて帝を支えているらしい。
玄徳さん率いる玄徳軍と会ったことがない孟徳さんの軍と仲謀さんの軍。
芙蓉姫が玄徳さんが一番器が大きくて優しくて人望があるんだって言っていた。
あんまりにも熱心に語るので玄徳さんが羨ましくなってしまった。
身分も弁えず「私ももっと芙蓉姫と仲良くなりたい」と言ったら、
一瞬ポカンとしたあとぎゅうぎゅう抱きしめられた。
あったかくて良い匂いがしてすこし恥ずかしかったけどすごく嬉しかった。
みんなでわいわいご飯を食べるのって楽しいな、と思った。
会社の飲み会はお酒があまり飲めないのでぼんやり早く終わらないかなと思って過ごすのが多かったので、自分がそんな風に思うのにびっくりだ。

お料理対決の結果はどうだったかと言うと、芙蓉姫と雲長さんの二人の料理のレパートリィの多さ(品数の多さ)にただただ平伏すだけの公開処刑と言っても過言ではない有様だった。
雲長さんは甘いものや軽いものが得意で、芙蓉姫は辛いものやお肉!みたいなものが得意なのだと教えて貰った。
確かに芙蓉姫のご飯は中華料理って感じで美味しかったし、雲長さんは意外にも現代ぽい味付けで正直毎日食べたいくらいだった。(翼徳さんにそれを言ったら、二人の個室に貰いに行けばいつでも食べられるらしい)
私は二人が作らないような料理じゃないと勝負にはならないと思い、牛肉のチャプチェもどきを使ったライスバーガーを試作しているところだ。
みんな美味しいと言ってくれたけれど、普段から作り慣れているだろう二人とはレベルが違った。
勝てなくても、驚かせたいし、喜ばせたい。
自分の中でやる気がメラメラと燃え上がるのを感じた。


「おい、レイ」

元譲さんの低い声に我に帰る。

「すみません、ちょっと考え事しちゃってました」

顔をあげて元譲さんに謝る。
ふと二人組の女性がこちらを見ているのに気が付いた。
目が合うとふっと奥へ消えてしまった。
私の知らない人だったので元譲さんに用事だったのかな?悪い事をしたかもしれない。

「あー、その玄徳はなにか言わないのか?」
「?玄徳さんですか?にこにこ笑ってなんでも美味しいって言ってくれるんですよね。だからこそ失敗は許されないんです!」
「そうか」
「あ、元譲さんなら失敗してもいいってわけじゃないですよ?ちゃんと自分で形になったなと思ってから作ってますので!!」
「ああ、大丈夫だ。いつもうまい」

慌てて付け足すと元譲さんの大きい手が頭の上に乗せられる。
撫でてもらえるほどもう若くはないのだけれど、やっぱりうれしい。

「元譲さんって玄徳さんみたいです」

元譲さんは困ったような顔をした。
ポジティブな意味で伝えたかったのだけど失敗してしまったようだ。
次回までにちゃんと褒められるような言葉を探しておこうを誓った。










「君が例の玄徳様のお客さんだったんだ」
「え?あー、そうなんですよ実は。怪我してるところを翼徳さんに助けてもらったんです」
「ふうん。ボクはってきり士元の…」
「ああ、師匠いちにはのっぴきならない事情で捕まってしまって」
「…」
「まさか師匠がふたりもできるとは思いませんでした」

師匠の執務室で書簡を仕分けていると書き物をしている師匠から話しかけられた。
この前身分の差を自覚したばかりだったのに、つい軽口を叩いてしまう。

「あ、失礼しました。書簡の整理してきます」

初対面の時に素を出してしまったのでビジネスモードに上手く切り替えられない。
棚でも整理しながら反省会をしようと思ったのに、数歩歩いたところで師匠の手に捕まった。

「…!ど、どうしたんですか?!」
「あー、いや…なんだろうね?」
「それはわたしが聞いてるんですけど」

掴んだ手を驚いた顔で凝視している師匠につい突っ込みを入れてしまう。
またやってしまった!と思わず顔を背ける。

「君ってさあ、何者なの?」
「え?」

ぎゅっと掴まれた手首が痛い。

「なんでここにいるの?なにが目的なの?」
「…」

そんなことわたしだって知らない。
確かに今は元の場所に帰りたいって思ってないけど、自分で望んで来たわけじゃない。
目的だって人に言えるような立派なものはない。
誰かに必要とされたい、優しくされたい、だなんて。

師匠がこんな怖い声を出すなんて知らなかった。
ここへ来てみんなが優しく受け入れてくれたのが特別だったのに、甘えてたから傷ついてるんだ。
わたしが不要な人間だってちゃんと覚えてなきゃダメじゃない。
よく考えたら士元さんがわたしを師匠につけたのも厄介払いなんだろう。
厨房だってちょっと手伝いが欲しかっただけなのに、お世辞を受けて働こうをしたから邪魔になったんだ。
ぐるぐるとみんなの責める声が聞こえる。
わたしは怪我が治った時点で帰らなきゃ行けなかったんだ。
息がひゅっと詰まってじわりと汗が出てくる。

「わた、わたし…」」

謝って今すぐここから逃げ出したい。
神様。
もう高望みはしません、自分のつまらない日常に戻ってなにも感じないように毎日をこなします。
だから、だから、嫌いにならないで。

師匠の顔を見るのが怖くて下を向いたら、堪えていた涙がぽろりとこぼれた。