朝、目が覚めると見慣れない天井が見えた。
ああ、そうだ今はここが私の家になったんだ。
MANKAIカンパニーと出会ってからまだ四日目の朝がやってきた。
手さぐりで枕元においたスマホを掴んで時間を確認する。
目覚ましをかけていた時間よりちょっと早かったが、二度寝をすると起きられないような気がしたのでえいやっと気合いをいれて起き上がった。
「朝ごはん作るか…」
キッチンはまだ朝のシンとした空気が充満している。
ばこっと開けた冷蔵庫には卵と牛乳くらいしか入ってない。
「目玉焼きとスクランブルエッグとトースト…?」
折角早く起きたけれど、作るものがなかった。
今日は買い物がっつりしないとダメだな。劇団員を集める事ばかり気にしていたけれど、これからは舞台を成功させるために走り切らないといけない。
まず、身体は基本だ。
献立と筋トレのメニューを考えて、それから発声や演技についてやっていこう。
しかし来月にお客さんに見せられるようなものが作れるのだろうか。
演技について私は何も知らないのと変わらない。
本やシナリオが好きなだけな一般人だ。
プロじゃないなら、技術で勝負出来ないのなら気持ちだけでも届くようにしたい。
三日前はじめて咲也くんを見て感じた事、それを大切にしたい。
いまのメンバーにしか出来ないことをしたい。
「まずはみんなが打ち解ける事かなあ」
普通に心を通わせようと思ったって一ヶ月じゃ無理だ。
とにかく無理矢理にでも密度を濃くしないと…。
でも、年齢も違うしシトロンくんなんて海外の人だしなあ。
胸の中にある海の中でぱちぱちと泡が弾けていく。
カーテンを開けると朝日が眩しくてすこし苦しくなった。
◇
「まさか支配人を起こすのがこんなに大変だと思いませんでした」
「いやあ、こんな早起きしたの久しぶりです」
寝癖のついたぼさぼさの頭のまま支配人が食卓へと顔を出した。
「大人がしっかりしないとダメだと思います」
じろりと目線を送っても支配人は気がつかないまま牛乳の入ったコップに手を伸ばす。
「わあー、卵づくしですねえ」
「うっ、それはすいません。今日買い物行ってきますね」
何か買ってくるものあったらメモ作っておいてくださいと話していると足音が三人分聞こえてくる。
「おはようございます」
「おはようダヨー」
「…すう」
咲也くんシトロンくん真澄くんの順でテーブルにつく。
「あれ?綴くんは??」
「真澄くんを呼びに行った時はパソコンに向かってました。一応声は掛けたんですが…」
(脚本を一週間で書き上げろって言ったのは私なんだけど…ご飯は食べて欲しいな…)
「私もちょっと様子見てくるね、みんなは先に食べてて。コーヒー飲む人は淹れてあるから各自で注いでね」
部屋を出る時に背中で三人が会話しているのが聞こえた。
「わあ、卵がたくさんですね!」
「タマゴは煩悩食品ネー」
「…万能?」
真澄くんと綴くんの部屋のまで立ち止まる。
なんとなく緊張して深呼吸してからドアをノックした。
「綴くん、良かったら朝ごはんみんなで食べない?」
「ああ、今行きます!」
バタバタと音がして綴くんが出てくる。
「呼びに来て貰っちゃってすみません。キリがいいところでって思ったら手が離せなくて」
「いや、私も無茶振りしてるのわかってるから。でもご飯はなるべくみんなで食べようよ」
「っす!」
「…?」
ふたりで談話室に戻ると何やら騒がしい。
「あ、綴さん!」
「みんなどうしたの?」
「シトロンさんに聞かれて目玉焼きになにをかけるかを話してたんですが、意見が割れちゃって…」
「目玉焼きには醤油以外かけるものなんてあったっけ?」
「レイさん過激派っすね?」
「ええー?そう??」
「ちなみにオレはケチャップ派で真澄くんが塩と胡椒、支配人はマヨネーズ派だそうです!」
「俺はソースかなあ」
「みんな邪道すぎない??」
私たちは他人同士だ。
当たり前だと思っている事が相手にとっては全く思いも寄らないものだったりする。
まずは知ることからはじめないといけないんだなと思う。
「今日の夜には至さんも入寮するし、これからご飯の時にみんなでちょっとづつ自己紹介するのはどうかな?」
「自己紹介?」
「そう、なんでもいいから同じ話題についてみんなで教え合おうよ。好きな色とか好きな食べ物とか。苦手なものでもいいし、お題は順番で決めていくってのはどうかな?」
「いいですね!少しずつでもみんなのこと知りたいです」
「まあ、確かに。目玉焼きだけでこんだけ盛り上がれるとは思わなかったな」
「ワタシも早くみんなと討ち入りたいヨ!」
「打ち解けたい、かな?」
「じゃあ、まず監督からお願いします」
急に支配人にふられる。う、たしかに言い出しっぺからやるべきか。
(学生が多いから合わせたものがいいよね、うんあれかな)
「えっと、じゃあ最初のお題は好きな文房具について!うーん、私はロケットエンピツが好きだったなー」
「ロケット?」
「鉛筆??」
「ってなんですか?」
「えっ?!ちょっと待って!!!知らないの!!!?」
若い子たちがぽかんとしているのを見てもの凄くびっくりした。
嘘でしょ…。これがジェネレーションギャップ…?
「流行りましたよねえ、これくらいの小さい動物の形した消しゴムとか」
支配人の言葉で我に帰る。良かった話が通じている!
「懐かしい!!ビンに入ってたり、塾の勧誘のチラシと一緒に配ってたり!」
「鉛筆のキャップに入れられるのもありましたねー」
「夢中になってるアンタも可愛い」
つい支配人と盛り上がってしまった。
ふと時計を見ると随分と時間が経っていた。
「みんなもう出ないと遅刻しちゃう!」
「本当だ、行ってきます!」
「片付けはやっておくから!みんな気をつけてね」
バタバタと出て行く咲也くんと真澄くんを玄関まで見送る。
綴くんは一度部屋に戻ってから大学へ行くようだ。
「ロケットエンピツってもう売ってないのかなあ」
誰もいなくなった玄関にひとり言が吸い込まれて消えた。