三人が出掛けるのを見送ったあとでキッチンに戻る。
シトロンくんがダイニングテーブルに座ったままぼんやりとしているのをお皿を洗いながら盗み見る。
明るく笑ってる姿だとついその言動に意識が向いてしまうけれど、静かに座っているシトロンくんは整った顔立ちと凛とした佇まいをしているのがわかる。
アンニュイな表情のまま頬杖をついている姿は高貴な雰囲気すら感じる。
(留学って言っていたけれど、お金持ちのお家なのかな…)

洗い物を終えて蛇口をぎゅっとしめる。
買い物リストは早起きして作ってあるからあとはスーパーに向かうだけだ。

「シトロンくん、これから買い物に行くんだけどよかったら一緒にいく?」

買い物が多くなりそうだから荷物を持つのを手伝って貰いたいのという下心が半分、日本に不慣れならば最初は誰かと一緒の方がいいのでは?という善意が半分といったところだ。

シトロンくんは声をかけるとニコッと笑って快く承諾してくれた。




ふたりで寮を出て駅の方へ向かって歩く。
支配人の描いてくれた地図を見ながら進んでいるのだが、どうもざっくりしすぎていてわかりにくい。
土地勘のないふたりであーでもないこーでもないと言いながら歩き回ってから、スマホで地図を確認すればよかったんだと気が付いた。来た道を大分戻ってスーパーの前についた時には、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

カートをシトロンくんに押してもらってメモを見ながら商品をカゴに入れていく。
野菜中心でタンパク質もしっかり取れるようにしないとなあ。
そうすると、うーん、やっぱりカレーは優秀だな!!

「カントク!これも買ってほしいヨ!!」

いつの間にかシトロンくんが食玩を持って立っていた。
うーん、お菓子ならまだましも食玩て経費になるのかな?でも手伝って貰ったし私のポケットマネーから出せばいっか。

「じゃあ、手伝ってくれたお礼にするね。…他の人には内緒だよ?」

ぱああっと音がしそうな程の笑顔を見せてからシトロンくんが言う。

「オー、マスミに見つかったら大変ネ!」



帰り道ぱんぱんに膨れた買い物袋を両手で持ちながら歩く。
シトロンくんがいなかったら持ちきれなかったなと思い改めて感謝する。
シトロンくんは紳士として当然の務めだと言ったあとで(日本語が間違っていたので正解はわからないが大体合っていると思う)、ちょっと考えるようにしてから続けた。

「カントクはなんでカントクになったネ?」

演劇経験がないことは事前に伝えてあった。じゃないと騙すことになる。
なのにただの素人がなんで監督なんて責任のある立場に立っているのか当然の疑問だろう。

「私はね本が好きなんだけど、物語っていう点で小説と演劇は似ていると思うの。他人の人生を生きることが出来る。それって生きていくために必要だと私は思ってる。ううん、言葉にするのって難しいね。
みんなを引っ張って行ったり、まとめたりしないといけないのにこんなこといくのは申し訳ないんだけど…
私は咲也くんに連れて行って欲しい。あの子が見つめる光の、その先を知りたいの」

自分なりに精一杯説明したつもりだけど、私なりの覚悟は伝わっただろうか?
シトロンくんの方を伺うと薄い寒色の瞳がじっとこちらを見据えていた。
真剣な表情にどきりと心臓が脈打つ。

「(貴方の美しい誠意に誓う、私もまた貴方をその光へ連れていくと)」
「え?ごめん私日本語しかわからなくて…いまなんて言ったの??」
「ンー、一緒にガンバロー言ったネ」
「あ、うん!本番まで時間は少ないけど、みんなで頑張っていこうね」

何となく引っかかるものがあったが寮の前に戻ってくると至さんの姿があった。

そうだ今日の夜から全員揃っての稽古がはじまる。
気合いを入れ直して至さんに声をかけた。