「で、こいつはなんだ」

金髪の華奢そうな眼鏡の男の人は声を一言発するだけで、部屋の中を凍らせてしまった。
思わず正した姿勢から指一本も動かせないような重苦しい雰囲気だ。
こんなの反社会勢力か氷属性じゃないと出来ない。

しかし息をするのも許可が入りそうな空気の中、慣れっこなのか一斉にみんなが話し出す。

「さきょー、ちゃんとお世話するからいいでしょ〜?」
「左京さん!カンパニーに必要な人材を見つけました!!」
「左京サン不純異性交遊っスー!!」
「銭ゲバヤクザ言い方がウザい」

「だあああ!うるせえ!言いたい事があるならひとりずつ順番に話せ!!」

完全にビビってしまった私は成り行きを見守る事しか出来ない。
と言うか、今すぐにでもお暇した方がいいんじゃないか。

勇気を振り絞って、私のスパイス兄弟(さっき盃を交わした)のいづみさんと
眼鏡さんが話しているところに声をかける。

「あの、今日は本当にお世話になりました。このお礼はまたさせて頂くとして、もう遅いですしそろそろお暇させていただきますね」

「…お前今日寝るところあんのか」
「え、っとどこか漫喫か何かに泊まろうかなって思ってますが」

氷属性の眼鏡さんの眉間にシワがよる。こ、怖い。

「レイさんって前職は事務をされてんですよね?!」
「ああ、はい。そうですね、営業事務だったので総務や経理をちょこっと齧った感じでしょうか」

(左京さん経理経験者欲しいって言ってたじゃないですか!)
(…)
(しかもカレーへの情熱がすごい!)
(それ喜ぶのカレー星人だけじゃん)
(もう部屋ねえだろ)
(お世話する〜!)
(ほら、三角くんもこう言っている事ですし左京さんも運営ばかりに時間を取られて大変じゃないですか)
(そこは松川にしっかりして貰いてぇんだがな)
(今年は全組もう一人団員を増やしてもっとすごいお芝居をお客さんに見てもらいたいんです!)


「お前名前はなんて言う」
「えっと綾波レイです…」
「古市左京だ。こっちがこの劇団の主宰兼総監督だ」

古市さんといづみさんが並んでその後ろに三角くんたちが並んでる。
なんて言うか、すっぴんで人様の服を着て相対するにはかなり荷が重いぞ。

「食と住は与えてやる、労働で返せ」
「えっと…?」
「去年まではみんなで協力して運営をしてたんだけど、劇団の規模も大きくなってきたし兼任するのは大変になってきてて。もし良かったらレイさんの次の住むところやお仕事が決まるまで手伝って欲しいなって思っています。
お給料は出せないんだけど、住むところとご飯は保証します!どうでしょうか?」

多分この先生きていく場合にお金が必要だからそしたら断るべきなんだと思う。
でも、正直将来については一旦白紙に戻ってしまったんだ。
一度ゆっくり考えても良いのかもしれない。

それに、どうせならキラキラと光る美しいものを見ていたい。
いづみさんの眼差しも、その先にいる団員の皆さんも
私が今まで見たことがないくらい鮮やかに色がついている。

少しだけ、その風景を一緒に見させてもらってもバチは当たるまい。


「料理や掃除などなんでも手伝います。なのでよろしくお願いします」

「わあい!よろしくね〜」

頭を下げると三角くんに持ち上げられる。
なんと言うか小さい子にやる高い高いみたいな感じだ。

「わ、危ないよ!!」

「三角下ろしてやれ。綾波団員への紹介は明日の朝やる。寝坊するなよ」
「あ、はい。わかりました」

「レイさん、お布団用意するのでついてきて貰っても良いですか?」
「いま行きます!」


失恋して仕事も住む所も無くした私は、
三角くんという男の子に拾われてMANKAIカンパニーと言う劇団の敷居を跨いだのだった。


押さえつけたせいで変な風に傷ついた胸の痛みにはまだ気がつかない。
人間はもう大丈夫になったと思った時に傷に気がつくのだ。

知らないお風呂に入った日、私は知らない天井の下で眠りについた。
不安と仄かに瞬く希望を抱いて。